王家の書【共鳴編】 第82話 オウマ
前回「第81話 包囲」のあらすじ
サイラスたちはアシャを村へ送り届けるため、サンを先頭に樹海へ足を踏み入れる。歩きながらアシャは、病に倒れた母のため薬草を探しに森へ入ったこと、親友のロム馬・リトとは地震をきっかけにはぐれたこと、そしてソノマ族の暮らしぶりなどを語る。
森のなかを歩き続ける一行は、日に日に減っていく食料と水に焦りを募らせていく。
ある夜、彼らを追い続けていた獣の群れが姿を現す。狼によく似た獣を見たアシャは、震える声でその名を口にしたーー「オウマ」。
オウマは、間合いを測るようにじりじりと距離を詰めてくる。
サイラスは子どもたちを背に庇うように立つと、剣を抜き構えた。オスカーとケイレブは、背中を預け合い、四方へ鋭い視線を巡らせる。
突然、一匹がケイレブへ向かって大きく跳びかかった。ケイレブは大きく後ずさり、腰を落として剣を斬り上げる。
次の瞬間、オウマの首が宙を舞う。その体は二、三歩もつれるように進むと、そのまま地面へ崩れ落ちた。
軽い。
思い描いていた軌道を、寸分違わず刃がなぞる。
ーーノルディアの剣。
その真価を、ケイレブはこの一振りで理解した。
だが、それを皮切りに、オウマたちが四方から襲いかかってきた。低い唸り声が、夜の森を震わせる。
オスカーは大剣を振り抜き、正面から飛びかかってきた一匹を真っ二つに断つ。まるで空を斬ったかのように、大剣は何の抵抗もなくオウマの体を裂いた。
「……さすがだな」
小さく呟くと、その勢いのまま身を翻し、背後から迫っていたもう一匹を肩口から叩き伏せた。しかし、その亡骸を飛び越えるように次の一匹が牙を剥いた。オスカーは大剣を横薙ぎに振るい、オウマの体を弾き飛ばした。
一方、ケイレブは最小限の動きで牙をかわし、一歩踏み込んでは刃を走らせる。喉を裂かれたオウマが次々に落ちていく。
しかし、群れは二人の剣にも怯む様子はない。倒れた仲間など最初から存在しなかったかのように、新たなオウマが闇から姿を現す。
闇の向こうには、無数の黄金色の目が揺れていた。
群れは二人を足止めするように間断なく襲いかかり、その隙を縫って数匹が子どもたちの方へ駆け出した。
サンは低く唸りながら、サイラスたちの前で牙を剥いてオウマを牽制する。飛びかかろうとする一匹へ吠え立てると、その足は一瞬止まった。
サイラスは剣を構えたまま、子どもたちを背中に庇い、迫る影を見据える。
「大丈夫だ!離れるな」
震える子どもたちは必死に頷いた。群れは確実に包囲を狭めていく。
右から一匹。
左から二匹。
さらに背後の木々の間からも、新たな影が姿を現した。
(……このままでは囲まれる)
サイラスは深く息を吐いた。
「ーー呼べ」
彼の足元から、ふわりと風が生まれた。
最初はそよ風ほどだった風は、たちまち渦となり、地面に積もった無数の木の葉を巻き上げる。舞い上がった葉は、渦を描きながらサイラスと子どもたちの周囲を包み込み、幾重もの壁となって立ち昇る。外から中の姿は見えない。
アシャが息を呑んだ。
葉の壁は優しく揺れながらも、近づこうとするオウマを容赦なく押し返す。サイラスは子どもたちの横で、意識を集中させた。
「今のうちだ!」
オスカーが吠える。
それを合図に、二人は駆け出した。守るべきものを気にする必要はもうない。それぞれが、群れの奥深くへ斬り込んでいく。
オスカーの豪剣が唸るたびにオウマが宙を舞い、ケイレブの刃が閃くたびに鮮血が夜気を染めた。
それでも。
一匹倒せば二匹。
二匹倒せば三匹。
オウマの群れは、尽きることなく闇から溢れ出してくる。
「くそっ……!」
オスカーが大剣を振り抜く。だが、その骸が地に落ちるより早く、新たなオウマが牙を剥いて飛びかかる。
ケイレブもまた、次々と迫る牙を紙一重でかわし続ける。
一閃。
また一匹が崩れ落ちる。
しかし、背後から伸びた爪が肩口をかすめた。
「……っ!」
浅く裂けた傷から血が滲む。
二人はなおも剣を振るい続ける。
どれほど斬り伏せても、群れはその隙間を埋めるように押し寄せてくる。二人の足元には、幾重にもオウマの骸が積み重なっていた。それでもなお、闇の奥では無数の黄金色の瞳が揺れている。
「……きりがない」
オスカーが吐き捨てた。
疲労は確実に二人を追い詰め、剣筋から鋭さを奪っていく。
そのときだった。
森の奥から、地鳴りのような蹄の音が響いてきた。
ドドドドドドーー。
暗闇の彼方に、いくつもの炎が揺れている。やがて、その明かりに照らし出されたのは、数十騎もの騎影だった。
馬によく似ているが、一回り小さい。小柄な体躯には、しなやかな筋肉が浮かび、野生の獣を思わせる力強さがあった。
(……あれが、アシャの言っていたロム馬か)
その背には、弓や剣で武装した者たちが跨っていた。先頭を駆ける一頭が、天を仰ぐように首を高くもたげた。
ヒイイイイィン――!
空気を震わせるほどの嘶きが、樹海全体へ響き渡る。
刹那、オウマたちの動きがぴたりと止まった。黄金色の目が、一斉にロム馬へ向けられる。
一匹が低く唸りながら、じり、と後ずさった。
それを合図に、群れ全体が一歩、また一歩と距離を取り始めた。
「……怯えている?」
オスカーが信じられないものを見るように呟く。
一頭のロム馬が飛び出した。
迷いなくオウマの群れへ突っ込んでいく。鋭い蹄が地を蹴り、オウマを押し退けた。
だが、オウマたちもそう容易く引き下がらない。数歩後退したものの、背を低くし、牙をむき出しにして唸り声を上げ続けている。
森の闇には、まだいくつもの黄金色の瞳が浮かんでいた。
一匹が、地に伏せていた身体をゆっくりと起こす。ロム馬の動きを窺いながら、一歩、前へ出た。
だが、先頭のロム馬が、蹄で地を強く踏み鳴らした。
ヒィン――ッ!
短く鋭い威嚇の声。
呼応するように、周囲のロム馬たちも前へ出た。その圧に押されるように、オウマがふたたび身を低くする。
しばらくの間、両者は睨み合ったまま動かなかった。
やがてーー
水が引いていくように、オウマたちが一匹、また一匹と闇の奥へ退いていった。
最後までその場に残り、低い唸り声を上げていた一匹も、仲間を追うように身を翻した。
その光景を、オスカーとケイレブは呆気にとられて見つめていた。
サイラスは周囲へ意識を巡らせていた。
森を満たしていた殺気が、潮を引くように遠ざかっていく。
ーーオウマは、もうそこにいない。
サイラスは、張り詰めていた意識を解いた。渦巻いていた風は静まり、木の葉は音もなく地面へ降り積もる。
アシャは言葉もなく立ち尽くしていたが、先頭のロム馬を認めた瞬間、弾かれたように駆け出した。
「リト!!」
オウマの群れへ突っ込んでいったロム馬は、一直線にアシャのもとへ駆け寄り、嬉しそうに大きな鼻先を擦り寄せた。
「リト……」
アシャは、そのたくましい首へ両腕を回し、たてがみへ顔を深くうずめる。
「アシャ!!無事だったか!」
凛とした声が森に響く。アシャは声の主を見上げた。
「イーサ!」
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続きは8月16日(日)のお昼頃投稿予定です。
これまでのまとめです。
こちらもあわせてご覧くださいね!
第1話〜第60話までのあらすじ
第61話〜第70話までのあらすじ
第71話〜第80話までのあらすじ
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