カウンセリングを受けて、今思っていること💗
この記事は、ずっと前に書き始めながら、ずっと下書きに保存してあったもの・・。
記事の書き始めは、4月15日になっています💦
この記事を書き始めてすぐ、私を励ますかのように、お友達のchiyo ちゃんが、私へのメッセージを込めた記事を投稿してくださいました💗
ありがたいことに私の叔母との関係などがまとめてあり、私にとっても大切な記事となりました。
chiyoちゃん、ずっと見守ってくれていたこと、遠くから応援してくれていたこと、本当に感謝です💛
私のことまで、丁寧に紹介してくださったこと、泣けます。
記事を通して私を励ましてくれたんだよね。。(´;ω;`)ウゥゥ
chiyoちゃんの記事を読んで、
「あ~、私、頑張ってきたんだよね」って思えたし、そのころの私を否定する必要もないと思えました。
否定をするのではなく、大きな学びをいただいたと思えばよいのかな?と。。
本当にありがとう🧡
紹介は遅くなってしまったけど、私の下書きの中で温められていました💗
chiyoちゃんのこの記事には、私なりに頑張ってきたことが簡潔に紹介されているので、ぜひ読んでいただけるとありがたいです☆彡
もうひとつ、これからの記事を読む前に補足を書かせてください。
今回の記事を書く前に、一つ補足しておきたいことがある。
実は、私は、半年間コーチング講座というものを受講してきた。
私の強み(ストレングス)がマイナスに働いてしまうことに気が付いたて、強みと合わせて「私を知り、自分も否定せず、人も否定しない。傾聴すること」を学んでいきたいと思ったから。
自分がコーチとなるという思いより、コーチングを学びたかった。
こちらも「虹色どおり」に属していたときに有料記事にしていた。
コーチング講座は、半年間に及び、講座の最後に「自己基盤」について学んだ。この学びも、「自分を大切にする」ということだった。
シンクロ過ぎる。
この「コーチング講座」の半年の学びはとても深かった。そのことについては、また他の記事を書く中で振り返ってみたい。
ここからが、今回の「私の思いのアウトプット」になります。
この一か月、修正、削除、追加しながら仕上げました。投稿することにも葛藤もあります。なので、もしかしたら、いつか有料記事に変更するかもしれません。
長い記事になってしまいましたが、良かったら、お付き合いくださいませ(⋈◍>◡<◍)。✧♡

「あなたは悪魔だ❗」と叔母に指を指されて言われた。2年も前のこと。
叔母のため、叔母にとって良かれと思ってしてきたことを全て否定され、人生で最大のどん底の落ち込みを体験した。
そこから、ずっと胸の中に抱えながら、普段は見ないように、考えないようにして、暮らしてきた。
その傷を見ないように、その穴を埋めるかのように生きてきたと思う。
そして、自分なりの理解をして、前向きに考えることを受け止めようとしていた。
時間の経過と共に、頭の中では、どう受け止めたらいいのかは理解していたつもりだった。
そして、もちろん、いつもその事を思って辛いという気持ちに支配されているわけではなく、日常は楽しいことや嬉しいことに囲まれる日々だけれども、何かの機会に時々苦しさや辛さが甦ることがあった。
自分の本当の気持ち、何に対して一番辛いのか、苦しいのか、そしてなぜいつまでも癒されないのか、の答えが見えなかったのに、あることをきっかけに、その扉がバーンと開いてしまった。今年の2月のことだ。
根本は、小さい恵子ちゃん、いい子でいて我慢をしてきた少し寂しげな恵子ちゃんの存在に気が付いたこと。
つまり、私が辛いのは叔母との関係ではなくて、母との関係だと気づかされた感情に対して、どう向き合ったらよいのかわからなくなった。
叔母にも、そして従妹たちにも私の本当の気持ちはわかってもらえないと思っていたが、母にもわかってもらってなかった、大切にされてなかったと思ってしまったから。
その苦しいような思いは友達にも夫にも話せなかった。
だから、2月の中旬にふと「そうだ、私のことを知らない誰かからカウンセリングを受けよう」と思い立った。
それまでの過程は有料記事で投稿をした。
一年以上前のどん底の経験、そして、扉が開いてしまった2月の落ち込みは、どのように生きていけば良いのか、どう人と関わったら良いのか、がわからなくなり、自信を失い、自分自身が癒される答えが欲しかった。今すぐに救われたかった。
だから、2月の私の状態は、カウンセリングを受けるのが良いのではないかと直感的に思った。
私についてのイメージを何も持たない、私を知らない人に話を聞いてもらいたかった。
家族でもなく、友達でもなく、繋がりのある人でもなく、私の過去も今も知らない専門家。
近くのカウンセリングルームを検索して、心惹かれるHPを見つけて申し込んだ。
それから、今までに5回のカウンセリングを受けている。
カウンセラーは、初めて行ったときに私の話を一つ一つ受け止めながら、
「恵子さんの子ども時代に育てられなかったと思われる「安心の領域」→「耐性領域」を少しずつ広げていきましょう」と言った。
本も紹介してもらった。
話を聞いてもらった。
自分を大切にするワークも一緒にしてもらった。
そして、何度も何度も
「恵子さんのどんな思いも、どれもダメなものはないですよ」
「どんな感情が湧き上がってきても、自分を責めなくていいし、無理に過去を癒してあげようとか辛いことを思い出そうとしなくてもいいのですよ」
そんな言葉に支えられながら、いっぱい語って、いっぱい泣いて、少しずつ、時を積み重ねてきた。
私が初めに求めていたことは、母や叔母とのつきあい方、ある意味距離の置き方を知りたかったのに、その答えではなく、私自身を大切にすること、私自身と丁寧に付き合っていくことを導いてくれている。
自分の心臓に手を置き、鼓動を聞き、
生まれてからずっと私がどんな時も鼓動を続けてくれている私の心臓を温め、どんな色をしているのかな、を感じて、そのつぎに
自分のお腹(胃や腸)に手を置き、
その色を感じてみるワーク。
どれが正解、ではなくて、ただ感じる。
そして、心がモヤモヤした時、怒りの気持ちが抑えられない時、頭の中でぐるぐる言葉が回ってしまう時には、
自分の手で優しく、頭から顔から胸から脇腹まで、タッピングをしていき、その時に、自分の気持ちをそのまま声に出していく。
「負の気持ちも、ダメではなくて、それを言っていい」
言った後は、深呼吸をして、「頑張ったね」と自分を癒してあげるワーク。
これらのワークもしなければならないではなくて、したいと思ったタイミングで、やりたい気持ちになった時にやってみるので良いと・・。
ただ聞いてもらえる体験。
ただ受け止めてもらえる体験。
良い人でなくても、正しい答えでなくても、そのままの私、を見せられる体験。
そして、自分で自分の身体に触れるワークを一緒にやってもらう体験。
その積み重ねで、「自分を大切にしたい」と思えるような、素直に私の心に感じてくる何かがあり、さまざまな日常の中でも自分の気持ちの心地よさを選択できるようにもなってきた。
さらには、一番の元である母や叔母との関係も、全てがスッキリしたわけではないけれども、
母が私の気持ちを受け止め、私のために動いてくれたこと、
叔母が「恵子ちゃんに会いたい❕恵子ちゃんにひどいことを言ったことを謝りたい!」と言うようになり、頑な気持ちが変わってきたこと、
そして、私も母を大好きと思えなくても、母を大切にしたいと思えるようになっていること、
叔母にも残りの人生を幸せに生きてほしいと思えるようになっていること、それだけでももう良いと思えてきた。
そして、今までなぜか私の深い傷を言えなかった夫にもカウンセリングを受けることにした理由を話せたことも、私が心の安心を広げられることに繋がったと思う。
夫はいつもなんでも私の話を聞いてくれる。でも、なぜかその時点で言えなかったけれど、夫は私の切なさを感じ取ってはいたようだ。
夫は、私の話す話を、私の目を見てしっかりと聞いてくれた。
その顔に夫の優しさと愛を感じた。
話して良かったと思った。
もっと前に話せば良かったとも思った。
母や叔母との間の環境の変化、夫への信頼、また半年に及ぶコーチング講座の学びや、5回のカウンセリングを通して、「自分を大切にする」感覚を感じられるようになったら、ずっと課題だった、自分が正しくて、相手が間違っている、愛せる私愛される私にならなければならない、といった完璧主義、ゼロヒャク思考を止めて、自分も相手もそのままを受け止める、否定しない方向にシフトできる時も増えてきた。
自分の中での正しさを主張するのではなく、相手の思いを受け止めて、それを受け入れることで、逆にその感覚が心地よく、楽になった経験も出来てきた。
拘りもなくなり、手放せた感覚も感じられた。
相手との距離感、境界線も取れるようになることも増えて、ちょっと遠くから、いろいろな人の思いを感じられるようにもなってきたし、自分や相手を少しずつ俯瞰してみられるようにもなりつつある。
いつもいつも出来るわけではないし、やってしまった後に気がつく場面もまだあるけれど、それでも、気がつくだけでも前の私とは確実に違うと思う。
他の人へ見返りを求めずに優しい目で見られている自分を感じられるときも増えた。
そうすることで、違った角度で母や従妹たちの思いを受け止められるようになりつつあると思う。
意識するだけで、わかってもらえないという切ない気持ちから変わってきているような気がする。
私はまだ母を「大好き!」とは言えない。
いまだに、母の言葉や母の態度で、ザワザワする。
でも私にとって「愛して欲しかった人」その意味で、私も「愛したい人」だと今は感じ始めた。
私は、子どもの頃の記憶があまりない。
ただ、私がイメージする私の表情は寂しそうな恵子ちゃん。
でもまだ思い出せない過去について、カウンセラーからは、
「思い出せないことに意味がある場合もある。」と言われている。
つまり、辛い過去、トラウマを感じたくなくて思い出せないこともあるし、思い出さなくても良いこともある。思い出すとしても思い出す時にはタイミングがあると・・。
だから、今は過去を深掘りしなくても良いのかもしれないと思っている。
と同時に、少し前のうぉんのすけさんの記事から、またコメントから受けたことから、また違った角度から、思い出せないことの意味も感じることができた。
私は今でも、記憶が残らないほうだ。
それは、「年齢の積み重ねと、「今」に集中しているから」とうぉんのすけさん視点。
うぉんのすけさんのコメントから、少しほんわりと考えてもいい、このまま思い出せないことは思い出さなくても良いと思えるようにもなった。
逆に今は、子どもの頃に受けていた父や祖母から沢山愛されてきたことをふと思い出す。
具体的な映像はないけれども、私に向けた言葉や笑顔が思い浮かび、なんとなくフワッと温かいものとして感じられるのだ。
そして、私のために良かれと思っての言動に、母なりの愛し方を感じられるようになってきた。
特に母の世代での母の立ち位置、そして働きながら子育てをしていた事実、余裕のない生活に加えて、母自身にも「承認欲求」が強かったのではないか、と今では少し距離を置いた受け止めも出来るようになった。
そして、4月に読んだ本を通して、
『すべての娘は、自分の母親に等しく傷つけられている』という言葉を知り、妙に納得できた。
この本はnoterのミルクさんの記事を読んだから。
とても惹き付けられてあっという間に読み終わりました。
本の中で印象に残った言葉は
『すべての娘は、自分の母親に等しく傷つけられている』
そうなんだ、私だけではないんだ、そして私も娘を傷つけていたのかもしれない、と思わされました。
その気持ちの中で、以前書いた母への思いを、もう一度思い出してみる。
この時の思いも嘘ではない。noteには、その時の思いが残されている。
でもこのころは、叔母との確執もなく、そのことを通して、母との関係の扉も空いていなかった時ではあるけれども・・。
2024年の後半から、目にはいるもの、体験したこと、その全てから様々なメッセージを感じるようになり、半年の間学び続けたコーチングや、偶然のように出会えたカウンセリングを通して、また日常的なnoteの中でのメッセージを通して、どんなことも、今の私に伝えたいから、私に必要だから起こっている、と感じる日々。
良いことも悲しいことも、どんな形にせよ、私に必要なものを与え、守ってくれ、導いてくれている大いなる存在と恵みに感謝💗
そして、その体験やメッセージをnoteに残しておきたいと思う。
だから、私にはnoteという場所が必要なのだ。
これからも時間をかけてゆっくりと、私自身を大事にして、私に「ありがとう」と伝えて、私をそして身近な人たちを心から愛することが出来るようになりたい、と思っている。
私が自分を愛することで、その愛は周りの人々へと自然に広がっていく。見返りを求めずに、純粋な喜びで他者に愛を与えることができるのは、まず自分が満たされているからこそである。

ここまでが1ヶ月近く温めてきた「思いのアウトプット」です。
付け足したり、削除したりしながら、自分自身に投稿しても良いという許可がやっと出た感じがします。
この記事を投稿しようとしていた時に、またまた不思議な出会いがありました。今までの自分を否定するのでもなく、今の私に必要なYouTubeに出会ったのです。
その紹介はまた違う記事で書きたいと思います。
今回も長くなってしまいました。
こんな個人的な「思いのアウトプット」の記事をここまで読んでくださり、本当に感謝です。
心から
ありがとうございます
m(_ _)m


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