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松井優征『逃げ上手の若君』第21巻 敵にして師、そして父との最終決戦!

 時は1340年まで進み、物語は再び始まりの地というべき信濃に移ります。そこで時行たちを待ち受けるのは、信濃最強の小笠原貞宗――伊那の大徳王寺城に依り、因縁の敵であり、同時に師ともいうべき貞宗の大軍に寡兵で挑む時行たちの運命は……

前巻の紹介記事はこちら。

 北畠顕家という大きすぎる犠牲を払った末に、撤退した吉野で後醍醐帝から心躍る綸旨を得た時行は、新たな戦いに船出することになります。そこで魅摩の神力の前に船団は大打撃を受けたものの、閉ざされていた魅摩の心を開き、救い出した時行は、香坂高宗の提案で信濃に帰還するのでした。

 かくして、全てを失った後の再起の地であった信濃に再び足を踏み入れた時行。しかし中先代の乱で敗れたことから信濃は足利方に蹂躙され、守護・小笠原貞宗に大半を奪われる状態となっていました。
 ゆえあって諏訪家を継いだ頼継は軍を上げるわけにはいかない状況で、時行は宗良親王保護のため、貞宗に戦いを挑みます。大徳王寺城に依る時行の軍は600、対する貞宗の軍は8000からさらに増えていくという、無茶にもほどがある状況で時行と逃若党の戦いの行方は……



 正直なところ、記録に残る時行の戦いはあとわずかという状況で、物語も終盤に近いという印象の本作ですが、この大徳王寺城の戦いは、籠城戦となります。

 どうしても地味になりがちな籠城戦ですが、そこに変化をつけるのが、幾度にも渡る援軍の参戦。その中には懐かしい顔ぶれあり、幼かったキャラクターの成長を感じさせるものあり――援軍の顔ぶれが、そのまま作中での時の流れを感じさせ、そして時行たちの歩んできた道を振り返るものとなっているのは巧みというべきでしょう。
 もちろんそれは、敵側の援軍にもいえることなのですが……

 しかしこの戦いで最も印象に残る「敵」が、小笠原貞宗であることはいうまでもないでしょう。
 この物語の冒頭、時行が諏訪に保護された直後から、彼の前に現れ、戦いのみならず様々な形で対決/対立してきた貞宗。いかにも本作らしい個性的でコミカルな造形と言動のキャラクターながら、その一方で武人にして文化人としての風格を持つ貞宗は、時行の高い壁であると同時に、彼の学ぶべき存在でもありました。
 だからこそ戦いの中で時行は「敵にして師であり、さらには父のように尊敬する」特別な存在と語ったわけですが――しかしそれは、老いてもなお続く戦いの人生に疲れを見せながらも、時行の名を聞いて再び目を爛々と輝かせる貞宗も同様であるとわかります。

 そんな二人が思わぬところで出会った末に始まるおにごっことは――本作では強敵との対峙の際に「南北朝鬼ごっこ」と表示されるのがお約束ですが、しかしこんな形があったとは! と一本取られて爽快な気分です。
(さらにその後、変則的な形で行われた「試験」の結末の見事さ!)

 しかし、時行に家族認定された者はその直後に死ぬと言って怯える貞宗ですが、嫌いでない奴はいつも不器用に生きて早く死ぬ彼も大概ではないでしょうか。そして今回も一人……


 さて、また一つの戦いが終わりましたが、人も出来事も、刻一刻と次の時代へと繋がっていくことになります。この巻のラストでは、1339年から1342年の間の足利の動きが描かれますが、特に注目すべきは、やはり高師直と足利直義の内紛(の序曲)でしょう。
 これがフィクションであれば、これが足利の終わりの始まりとなりそうなものですが――というのはさておき、その始まりが、先の大徳王寺城の戦いから続くだけでなく、そこに一つの時代の終わりをも感じさせる演出がまた巧みです。
 それにしても、とんでもないエピソードに事欠かないこの時代でも、飛び抜けてとんでもないあの事件をこう料理してみせるとは……

 しかし、時の流れが影響するのは足利方だけではありません。ここで時行にも大きな運命の転換点が訪れるのですが――これまで子供だから、でなんとなくすまされてきた問題にどう折り合いをつけるのか。戦とはまた別の意味でハラハラしながら次巻に続きます。


前巻の紹介記事はこちら。


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