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大戦の狭間での大騒動 帝の素顔と少女の救いと 松井優征『逃げ上手の若君』第20巻

 高師直をあと一歩というところまで追い詰めながら、信じられない逆転劇で北畠顕家を失った南朝方。悲しみを堪えつつ、ついに時行は後醍醐帝と対面します。そして次なる戦いに向かう時行たちの前に現れたのは佐々木道誉の娘・魅摩――時行に愛憎入り交じった想いを抱く彼女との対決の行方は……

前巻の紹介記事はこちら。

 石津での決戦で、雫の策によってついに師直に痛撃を与えた顕家軍。しかし、このまま師直を討ち取れる――というところに信じられないような形で現れた尊氏によって形勢は完全に逆転します。時行が尊氏に一矢報いたものの、奮闘虚しく顕家は力尽き、時行たちは多大な損害を出しつつ撤退することに……

 と、第二部完とも言いたくなるような展開を経て、この巻では次なる戦いへの間奏が描かれることになります。しかしこの時代において、そしてなによりも顕家の最期を経て、間奏だからといって何事もないはずもありません。
 かくしてこの巻では、時行と後醍醐帝との対面、そして時行と魅摩の最後の戦いという、大きな出来事が描かれることになります。

 本作で後醍醐帝といえば、常に御簾の中でシルエット状態で文字通り目を光らせている姿で描かれてきましたが――その後醍醐帝に、顕家が遺した上奏文を叩きつける時行。当然、ただで済むはずはなく、時行は思わぬ難題を突きつけられることになります。
 はたしてその答えとは――というその内容もさることながら、大事なのはその先です。時行の答えに対して、ついに御簾から姿を現した後醍醐帝の素顔は――正直なところ意外と普通でしたし、「あの」後醍醐帝にしては随分クリーンな描写に感じましたが、確かにあの顕家が心服したことを考えれば、本作ではこれでよいのでしょう。

 何よりも、時行にある綸旨を与えた時の、普通綸旨をこうは評さないよなと思わされつつ、しかし同時になるほどと思わされる表現には、本作の後醍醐帝像が凝縮されていたように感じます。
 おまけページに、身も蓋もない描かない理由が記されていましたが、吉野朝の描写をもっと見たかった――心からそう感じます。

 そして伊勢から関東と奥州に同時に船団を送り、手薄な敵地を奪い取るという奇策にして勇壮な作戦に参加する時行と逃若党。しかしその船団の前に立ち塞がったのは、佐々木道誉――というよりその娘・魅摩。雫同様、神力の持ち主であり、以前は尊氏が鎌倉を攻めた際に神風を起こして時行たちに大打撃を与えた彼女が、再び嵐とともに現れたのです。
 以前、京都で身分を偽って近づき、色々なんか雫がファ~した末に交誼を結んだ(?)時行と魅摩。しかしその後時行の正体を知った魅摩は、可愛さ余って憎さ百倍ということか、時行に尽く敵対してきたのですが――しかし今回彼女は、これまでになく強大な力を発揮することになります。

 その力の源こそは、尊氏の唾――その効力は以前から描かれていましたが、今回魅摩が唾を受ける、いや受けさせられる様は醜悪そのもの。ビジュアル的にも完全にアウトですが、さらに嫌悪感を掻き立てるのは、それが父・道誉の合意の上という点でしょう。
 自軍の大将だけでなく、自らの父にも裏切られ、自分の人格というものを否定、蹂躙されて生贄に供されることが、少女の心をどれだけ傷つけるか――それは言うまでもないでしょう。そして古今東西、そんな境遇から少女を救い出すのが、いかなる手段によるかも。

 これはこれでステロタイプではあるかもしれませんが、しかしそこからとんでもない方向に飛び火して、非常におもしろいことになることで、そこは中和しているというべきでしょうか。いきなりややこしくなった人間関係のその先行きは、この巻ではまだ描かれないのですが、納得というか意外というか――またいずれ。

 さて、結果として渡海作戦は失敗し、史実では消息を絶つこととなった時行ですが、本作においては再び諏訪に向かうことになります。
 いうまでもなく時行にとっては第二の故郷というべき地ですが、そこで彼の最初の宿敵が登場したことを忘れてはいけません。

 この巻のラストでは、その宿敵との最後の戦いが予告されますが、さてそれがいかなる形で始まり、決着するのか? 歴史の表舞台の大きな戦いは終わっても、いやそれだからこそ、目が離せない展開は続きます。

前巻の紹介記事はこちら。


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