石津の戦い、その勝者は――こんなのってあり? 松井優征『逃げ上手の若君』第19巻
表紙からは全くそんな印象は受けませんが、長らく続いてきた北畠顕家軍と高師直軍の死闘も、ついにこの巻で決着となります。両軍の猛者たちが死力を尽くした末に、ついに秘策が炸裂し、師直を追い詰めた顕家。しかし、そこに現れたのは……
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新田義貞と合流できず、そして後醍醐帝からはろくな支援もないまま、疲れを残しつつも京に進軍してきた北畠顕家の軍。それでも士気は衰えない顕家軍は、楠木党の残党の助力もあり、堺を押さえ、ついに石津で師直軍との決戦を迎えます。
敵兵の数のみならず、高師泰・高師冬という将を擁し、そして何よりも大将の師直自身が戦いながら事務処理する(そんなまさか)ほどの能力の高さを誇る師直軍ですが、顕家軍の粘りはそれを上回ります。
そんな中、時行は一度は瀕死の重傷を負わされた相手である、かつての師・吹雪改め師冬相手に勝てないまでも負けない戦いで撃退。さらに師泰も傷を負い、尊氏の謎パワーで迫る敵兵は、まさかの人物が一蹴――と、さしもの師直も大将の顕家を狙うしかないと思い定め……
かくして、ついに最終局面に突入した石津の戦い。しかし、恐るべきはやはり師直の情報収集能力と処理能力、そして指揮能力です。その力の前に顕家軍の策も見破られ、絶体絶命――とはいえ、ここで終わる顕家軍ではありません。
ここからの展開は、これまで散々苦戦させられた師直相手に、ついに文字通りの一矢を報いる痛快な逆転劇。特に師直との緒戦で、執事対決に敗れた末に真の姿を表す羽目になった雫の活躍は、溜飲が下がるというほかありません。
しかし、この時代の歴史を知っている人間であれば、ここで疑問を抱くことでしょう。あれ、ここで師直が××していいんだっけ? 史実では師直が顕家を――と。
その疑問には、本作においてはとんでもない形で答えが示されることになります。いやいやいや、歴史ものでそれをやっちゃあ――あ、でもそれが正しいのか? しかし……
と、読んでいるこちらが混乱するような展開をもたらすのは、またもあの人物。幾らなんでもそれはやりすぎだろうと言いたくなるようなその行動は、自分こそが歴史の主人公と言わんばかりです。
(というより、この人物の力は、まさに自分自身が物語を自在に動かす主人公になってしまうものなのではないか、という気が……)
物語が、史実が敵に回ったようなこの展開に、それまでに既に死力を尽くしていた顕家軍は応じる術はあるのか? もはや敗者となる運命は避けられない顕家は、そして配下の将兵たちはいかに振る舞うのか?
その答えをここで明かすのは野暮というものでしょう。ただ一つ言えるのは、顕家はどこまでも顕家であった、ということのみです。
そして時行もまた、彼でなければできないやり方を貫いてみせます。それは痛快というよりも、むしろ感動的というべきでしょう。
(特に、それを成し遂げたのが彼一人の力だけでなく、既に物語から退場した人々の力も相まってというのがまた……)
そして奮い立った時行は、決意も新たに新たな戦いへ――最高の盛り上がりのまま、次巻に続きます。
――それにしても本作の場合、登場人物のほとんど完全にギャグのようなキャラクター付けが、思わぬところで胸を突くような形で意味を持つことがあるのが恐ろしい。
そして、この巻でのそれは、やはり南部師行でしょう。いや、完全にやられた! と天を仰ぐと同時に、グッと胸に刺さりました。あれはずるい。
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