除酵祭の法理 第4回:食後の祝福(Birkat HaMazon:ビルカト・ハマゾン)と「第4の杯」に込められたメシア時代の展望
*ユダヤ教の最高権威であるトーラ(モーセ五書)と口伝律法『ミシュナ』の記述から「除酵祭」の真の姿を解き明かすシリーズ4回目。
今回は過越祭(Pesah:ペサ)の食事「seder:セデル」の掉尾を飾る第3・第4の杯の法理を、ミシュナ「Pesachim」10章7節に基づき解明する。
食後の祈り(Birkat HaMazon:ビルカト・ハマゾン)が持つモーセ、ヨシュアからダビデ、そしてローマ時代へ至る四重の構造と、ハレルの詩編が指し示すメシア時代の救済、そして「過越のいけにえ」を食す際の厳格な禁忌――骨を折ることの禁止や睡眠による登録の失効――について網羅。
既存の情緒的解釈を排し、徹底した律法(halachah:ハラハー)の視点から「聖書学の掃除」を試みる。
前回の振り返り:祭儀の記憶と「未来の救い」
前回は以下の内容を確認した。
【1】matzah(マッツァ)の分割とafikoman(アフィコマン)の法理
安息日と祭日では通常2枚用意するが、ここで3枚準備するのはその内の1枚を「苦しみのパン」として割る為である。
割った内の大きい方は「afikoman(アフィコマン:デザートの意)」として隠しておき、食事の最後に食べる。
神殿がない現在、afikomanは「過越のいけにえ」の代わりとみなされる。いけにえの聖なる味を上書きしないよう、afikomanを食べた後は何も食べてはならない。
【2】教育の掟(父から子への継承)
2番目の杯が注がれた際、子供が「今夜は他の夜と何が違うのか」と質問し、父親がそれに答える形式でHaggadah(ハガダー:物語)が始まる。
父親は、先祖がエジプトで奴隷であったあったという屈辱の過去から説き起こし、神による救出されたという歴史を教える。
これは「主が自分の為に行われたこと」として、出エジプトの出来事を現在にも及ぶこととして伝える掟である。
【3】ハレル(賛歌)と未来への展望
食事の前に唱えるハレルの詩編の範囲を巡っては、Beit Shammai(シャマイ派)とBeit Hillel(ヒレル派)で意見が分かれている。
どちらにしても、sederは単なる過去の回想ではない。「未来の祭りと巡礼(神殿再建とメシア時代の到来)」への祈りが込められている。
以上の通り、前回扱った内容は、神殿を失ったユダヤ教がいかにして「食事」を通じて祭儀の記憶を保存し、未来への希望へと昇華させたかを法理的に解き明かしている。
◉除酵祭の法理 第3回:seder(セデル)の構造的変容と「未来の救い」への祈り
https://note.com/mishnah/n/n32b5d4704ed8
今回はその続きである。「Pesachim」10章7節から引用する。
第3の杯と食後の祈り:Birkat HaMazon(ビルカト・ハマゾン)の四重構造
彼らは彼に3つ目の杯を満たす。彼は食事の為に祝福する。
4杯目の杯。彼はそれにハレルを唱え 、「歌の祝福」を唱える。
これらの杯の間、もし誰かが飲みたいなら、飲んでよい。3番目と4番目の間には、飲んではならない。
これは食後の場面である。3杯目の杯が注がれた後、食後の祈りが唱えられる。食後の祈りについては、トーラ次元での命令がある。
あなたは食べて満足し、良い土地を与えてくださったことを思って、あなたの神、主をたたえなさい。
この食後の祈りはBirkat HaMazon(ビルカト・ハマゾン)と呼ばれる。Birkat HaMazonは4つの部分から成っている。
①マナが天から降った時、モーセが作成したパート。
②ヨシュアがイスラエルの土地について作成したパート。
③ダビデがエルサレムの為に作成したパート。
④ローマ時代に作成したパート。
このBirkat HaMazonを唱えた後、4杯目の杯が注がれる。上記引用の「Pesachim」10章7節を再掲する。
第4の杯とハレルの詩編:メシア時代と死者の復活への賛歌
4杯目の杯。彼はそれにハレルを唱え、「歌の祝福」を唱える。
食前にハレルの詩編(詩編113編から118編)の一部を唱えたが、ここで残りが唱えられる。それはメシア時代、死者の復活、来るべき世について讃えるものである。次である。
飲酒の制限:セデルの締め括りにおける厳粛性
これらの杯の間、もし誰かが飲みたいなら、飲んでよい。3番目と4番目の間には、飲んではならない。
食事中、特に第2杯と第3杯の間であれば、追加でぶどう酒や飲み物を飲むことが許される。これは食を楽しむための一部と見なされる。
しかし3杯目と4杯目の間はsederの締め括りで厳粛な祈りにあたる。ここで別のものを飲んではならない。
次節へ移る。
「味の上書き」の禁止:afikoman(アフィコマン)と献げ物への敬意
pesachを食べた後、デザートで終えてはならない。
もし誰かが寝てしまったら、彼らは食べてもよい。もし全員なら、食べてはならない。
ラビ・ヨセは言う、「もし彼らがうたた寝したのなら、食べてよい。深く眠ってしまったなら、食べてはならない。」
最初の一文「pesach(過越のいけにえ)を食べた後、デザートで終えてはならない」は文字通りのものである。sederはいけにえの肉で終わらなくてはならない。神殿崩壊以降はafikomanで締め括り、別の味で上書きすることは禁止される。
幾つかの点で補足出来る。
前回解説した通り、献げ物の肉は空腹を満たすような仕方で食べてはならない。従ってもしいけにえの肉、afikomanの後に何かを食べるなら、それは献げ物を食べる時点で空腹であったことを示すことになる。
「献げ物の肉は、空腹を満たすような仕方で食べてはならない」という掟には、「過越のいけにえの骨は砕いてはならない」ことに関連する。
これは周知の掟である。読者の方々は次の箇所から知っているだろう。
骨を砕かざる法理:空腹の制御とヨハネ福音書への連続性
33イエスのところに来てみると、既に死んでおられたので、その足は折らなかった。 34しかし、兵士の一人が槍でイエスのわき腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。 35それを目撃した者が証ししており、その証しは真実である。その者は、あなたがたにも信じさせるために、自分が真実を語っていることを知っている。 36これらのことが起こったのは、「その骨は一つも砕かれない」という聖書の言葉が実現するためであった。
トーラでは次のように書かれている。
一匹の羊は一軒の家で食べ、肉の一部でも家から持ち出してはならない。また、その骨を折ってはならない。
空腹でいけにえの肉を食べるなら、がっついて骨を折ってしまう恐れがある。それを予防する為、事前に腹を満たしておく必要がある。
「睡眠」による集団の解散:登録制と食事の同一性
次の「もし誰かが寝てしまったら、彼らは食べてもよい。もし全員なら、食べてはならない」について解説する。
過越の食事は、そのいけにえが屠られる前に、どのいけにえを食べるのかを決め、登録しておかなくてはならない。これは以前の記事の中で詳しく解説した。確認したい方は下のリンクから辿って欲しい。
◉過越祭の法理第1回:エジプトと諸世代の過越を分かつ「登録」と「調理」の規定
https://note.com/mishnah/n/n61278eb42b58
たとえば、Aの家で過越の食事をする予定でいたものの、その後、いけにえが屠られてから、Bの家で食事をすることは出来ない。
逆に言うと、いけにえを屠る前であるなら、変更することが許される。
ここではこの原則が貫かれている。
グループの中で誰か1人でも起きているのなら、同じ食事が続いていると見なされる。しかし全員が寝てしまったら、その時点で一端解散したと見なさる。
この場合、同じ場所にいても「別の場所で食事する」と見なされる。そのまま過越のいけにえを続けて食べることは許されない。
この点、ラビ・ヨセの見解は厳しい。彼は「もし彼らがうたた寝したのなら、食べてよい。深く眠ってしまったなら、食べてはならない」と言う。
これは「全員が寝ていないのなら、食べてよいというのは、その寝ている者たちが、うたた寝程度のものである場合に限る。もしも熟睡しているなら、たとえ一部の者であっても、彼らは全員食べてはならない」という事になる。
以上で今回の解説は終わりにする。
結びに:切迫した祭儀から現代の食卓へ
最後に蛇足だが、出エジプトの出来事からも、主の晩餐の場面からも過越の食事について、私たちは切迫したイメージを持っている。
しかし検索すると、現代の彼らの過越の食事は楽しそうに見える。それが良いのか悪いのか分からないが、家族の食卓の楽しみと化している印象を受けたが、いかがであろうか。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉三大祭りの法理学全説:トーラとミシュナから復元する過越祭・除酵祭(Pesach:ペサハ)、七週祭(Shavuot:シャヴオット)、仮庵祭(Succot:スコット)(全18記事・完結)
https://note.com/mishnah/n/n8fa728c36e30
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
