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仮庵祭(Succot:スコット)の本質(3回目)――lulav(ルーラヴ)の掟と神殿における柳の掟の法学的構造:ミシュナ『Succah』が記す「喜び」の現場

*本稿は、現代の日本において形骸化している「仮庵の祭り」の解釈を根底から覆す、徹底的な律法学的解析のシリーズ3回目。

 前回の四種の植物(lulav等)の適格性議論を土台とし、今回はレビ記23章40節に記された「神の前での七日間の喜び」がいかにして具体化されるのかを、口伝律法ミシュナ「Succah」の記述から解説します。

 ハレルの詩編における動作のタイミングを巡る学派間の論争から、安息日における神殿での混乱、そして祭壇を彩る巨大な柳の掟まで網羅。

 2,000年前の「律法の現場」に流れていた真実の熱量を鮮やかに再現します。


前回の振り返り:四種の植物と神殿儀式の連続性


 前回は以下の内容を確認した。

【1】4種類の植物の規定
 レビ記23章40節に基づき、祭りで用いられる4つの植物には厳格な適格条件がある。共通して「盗んだもの」「乾燥したもの」「偶像崇拝に供されたもの」等は無効とされる。

 4種類の植物は以下の通りである。

①lulav(なつめやしの葉)

②hadas(茂った木の枝)

③aravah(川柳の枝)

④etrog(立派な木の実)

 この内、①~③は1つに束ねる。以下、ミシュナの語法に倣い、かつ誤解を避ける為、これは「lulav等の束」と呼ぶことにする。

【2】儀式の執行と安息日の特例

 lulav等の束を用いるのはトーラの掟であるが、それとは別に、神殿の祭壇の傍らに巨大な柳の枝を立てかける儀式がある。これは口伝律法として継承されてきたものである。

 原則的に安息日には持ち運びが制限される。しかし祭りの初日が安息日に重なる場合、レビ記23章の「初日には立派な木の実、なつめやしの葉、茂った木の枝、川柳の枝を取って来て、あなたたちの神、主の御前に七日の間、喜び祝う」(レビ23:40)に基づき、lulavの掟は実行される。

 他方、柳の掟については7日目が最高潮に達する運びであるので、7日目が安息日の場合、実行される。逆に初日が安息日の場合は行われない。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉仮庵祭(Succot:スコット)の本質(2回目)――四種の植物(lulav[ルラヴ]・hadas[ハダス]・aravah[アラヴァ]・etrog[エトログ])の適格性と、祭壇を彩る巨大な柳の掟

https://note.com/mishnah/n/n03da7024fa11

 今回はその続きである。まずlulavの掟の内容について解説する。度々引用したレビ記の箇所を再掲する。

lulavの掟:レビ記23章40節の多層的解釈

 初日には立派な木の実、なつめやしの葉、茂った木の枝、川柳の枝を取って来て、あなたたちの神、主の御前に七日の間、喜び祝う。

(レビ23:40)

 この箇所が混乱を招くのは「初日に・・」という指示を出し、そして「7日間喜び祝う」と締めているからである。何をいつするのかが不明確になっている。

 これは次のように解釈する。

①lulav等の束で祝うのは、初日においては全ての人が遵守するべき掟である。

②神殿においては、仮庵祭の期間の7日間毎日lulav等の束で祝う。

 しかし神殿崩壊以降、ラッバン・ヨハナン・ベン・ザッカイというラビは、神殿の記憶を留める為に7日間毎日祝うことに定めたものである。

 彼らはshacharit(シャハリート)と呼ばれる朝の祈りをする。特に仮庵祭の期間には、その中でハレルの詩編(詩編113~詩編118)を毎日唱える。その中の特定の箇所を唱える時、lulav等の束を振ることになる。次のように書かれている。

ハレル詩編における動作の規範:三つの学説と実証

 どの時点でlulavを振るのだろうか?「恵み深い主に感謝せよ」(詩118:1)の部分において。また「どうか主よ、わたしたちに救いを」(詩118:25)において。これはBeit Hillelの言葉である。Beit Shammaiは言う。「どうか主よ、わたしたちに栄えを」(詩118:25)においてもする。
 ラビ・アキバは言った。「私はラッバン・ガマリエルとラビ・ヨシュアを見ていた時、全ての人たちがlulavを振っていたが、次の箇所以外では振ってはいなかった。『どうか主よ、わたしたちに救いを 』

(Succah 3:9)

 Beit ShammaiとBeit Hillelという2つの学派がlulav等の束を振るタイミングについて異なる意見を主張し、ラビ・アキバは現場の証言をしているものである。

 以下のようにまとめられる。記号の「◯」は振ることを表し、「☓」は振らないことを表す。

①Beit Shammai
◯「恵み深い主に感謝せよ」(詩118:1)
◯「どうか主よ、わたしたちに救いを」(詩118:25)
◯「どうか主よ、わたしたちに栄えを」(詩118:25)

 Beit Shammaiはこれら3つの箇所全てで振るとする。

②Beit Hillel
◯「恵み深い主に感謝せよ」(詩118:1)
◯「どうか主よ、わたしたちに救いを」(詩118:25)
☓「どうか主よ、わたしたちに栄えを」(詩118:25)

 Beit Hillelは2箇所で振るとする。

③ラビ・アキバの証言
☓「恵み深い主に感謝せよ」(詩118:1)
◯「どうか主よ、わたしたちに救いを」(詩118:25)
☓「どうか主よ、わたしたちに栄えを」(詩118:25)

 ラビ・アキバは1箇所でしか振っていなかったと証言している。

 初日が安息日である場合でも、lulav等の束を振る掟は遵守されることは既に述べた。この日の状況について、「Succah」は興味深い状況を記録している。

安息日の運搬制限と神殿の群衆:法廷による危険回避の裁定

 lulavの掟はどのように守るのか?もし仮庵祭の初日が安息日にあたるなら、神殿の丘へlulavを持って行く。従者がそこでlulavを受け取り、ベンチの上に置く。しかし年長者たちは部屋の中に置く。彼らは彼らに言うように教えたものである、私のlulavはそれを取った者への贈り物になるようにと。
 翌朝、彼らは早い時間に起床して来る。従者はlulavを彼らの前に投げ、彼らはそれを取る。互いに殴りながら。法廷はここに危険を認めた後、皆lulavの掟を自宅で実行するように定めた。

(Succah 4:4)

 まず「仮庵祭の初日が安息日にあたるなら、神殿の丘へlulavを持って行く」とある。イスラエルの民は仮庵祭の初日が安息日なら、事前に自分のlulavの束を神殿に持って行くのである。

 安息日には物の運搬が制限される。以前の記事で述べた通り、halachah上場所はおおまかに言うと3つに分類される。

①私的な場所

②公的な場所

③半公共の場所(karmelit:カルメリット)

 この3つである。安息日にあっては、これら相互の間で物の持ち運びが出来ない。そこで仮庵祭の初日が安息日にあたった場合は、事前に自分のlulavを神殿に運んでおくのである。

 これらの空間について知識が不安な方は、以下のリンクから確認して欲しい。

◉「安息日の癒やし」の真実――ミシュナから読み解く、イエスと律法学者の攻防

https://note.com/mishnah/n/ndb103996ebde

 「従者がそこでlulavを受け取り、ベンチの上に置く」とある。神殿の丘には2つの大きなベンチがあり、人々がそこで休むことが出来るように屋根も付いているらしい。

 大量のlulav等の束は神殿の役人によって、そこに置かれる。

 「年長者たちは部屋の中に置く」とあるのは、後述の通り人々が殺到することが予想されるので、年長者の為のスペースは別に設けられていたことを示す。

 次の「彼らは彼らに言うように教えたものである、私のlulavはそれを取った者への贈り物になるようにと」は分かりにくいが、法廷が一般のイスラエルの民に、次のように教えていたことを言っている。

 前回見た通り、自分のlulav等の束でないと掟を遵守したことにならない。しかし大量に預けてある束の中から、自分の物を取り分けておくのは現実的ではない。

 そこで、それぞれが「自分の束を取った人に、その束は贈る」ということで了解していたものである。

 2段落目は人々が殺到するのみならず、互いを押しのけて、殴り合いながらlulav等の束を取っている状況を伝えている。そこで法廷は危険を認め、仮庵祭の初日が安息日にあたる場合、lulavの掟は自宅で実行するように定めた。

 以上でlulavの掟に関する解説を終えた。

 続いて「柳の掟」についてである。

「柳の掟」と神殿の壮麗:祭壇を巡る救いの祈り

 どのように川柳の掟は守られるのか?エルサレムの下にモツァと呼ばれる場所がある。彼らはそこに下りていき、大きな川柳の枝を持って来る。それから祭壇の傍らに立たせ、祭壇の上から垂れるようにするのである 。彼らはtekiah、teruah、tekiahを吹く。毎日1回祭壇の回りを回り、「どうか主よ、わたしたちに救いを。どうか主よ、わたしたちに栄えを」(詩118:25)を唱える。

(Succah 4:5)

 一部は前回掲載した。確認の為、もう一度その解説を載せる。

 仮庵祭の期間、毎日モツァと呼ばれる所へ行き、そこで大きな柳の木を切る。なぜ大きいと言えるのかというと、それは「祭壇の傍らに立たせ、祭壇の上から垂れるようにするのである」とあるからである。

 神殿の祭壇は10キュビットであるから、約5メートル。それに立てかけて、更に祭壇の上に垂れるようにするのだから、巨大なものになる。

 「tekiah、teruah、tekiah」とは、トランペットの吹き方を言っている。ここでは角笛ではなく、トランペットを吹くらしい。

いずれにしても神の前における合図である。これは以前に詳しく解説したので、不安な方はそちらから確認して欲しい。

◉角笛(shofar:ショーファール)の律法的定義――口伝律法ミシュナに基づく音響と意図

https://note.com/mishnah/n/n61e9d73f7aea

 重要なのは、この「柳の掟」が同時に個人の「lulavの掟」を果たす機会にもなるという事である。

 lulavの掟はレビ記23章40節に基づき、初日に誰でも必ず行うべきものであった。柳の掟は同じくレビ記23章40節に基づき、「神殿においてはlulavの掟を毎日果たす」命令を補足的に体現しているものと言える。

 神殿においても、勿論ハレルの詩編は毎日唱えられ、上記の通りの箇所でlulav等の束は振られた。ここでは更に「祭壇の回りを1周回る」ことが付け加えられる。

 「どうか主よ、わたしたちに救いを。どうか主よ、わたしたちに栄えを」(詩118:25)の箇所は、Beit Shammaiの説でも、Beit Hillelの説でも束を振るところである。

 「Succah」4章5節の続きには、次のように書かれている。

【結論】七日目の最高潮:預言的成就への合図

その日祭壇の回りを7回回る。

(Succah 4:5)

 この「その日」とは7日目を指す。最終日には1周ではなく、7周回る。これはヨシュア記6章に記されているエリコの陥落が念頭に置かれている。

 14彼らは二日目も、町を一度回って宿営に戻った。同じことを、彼らは六日間繰り返したが、 15七日目は朝早く、夜明けとともに起き、同じようにして町を七度回った。

(ヨシュ6:14)

 そして角笛を吹くと、城壁が崩れ落ちたものである。7日目における7周は、全ての敵を制圧することを意図するものである。

 以上で今回の解説を終わりにする。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉三大祭りの法理学全説:トーラとミシュナから復元する過越祭・除酵祭(Pesach:ペサハ)、七週祭(Shavuot:シャヴオット)、仮庵祭(Succot:スコット)(全18記事・完結)

https://note.com/mishnah/n/n8fa728c36e30

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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