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角笛(shofar:ショーファール)の律法的定義――口伝律法ミシュナに基づく音響と意図

*本稿では角笛の象徴性や精神論を排除し、旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)と、口伝律法『ミシュナ』の厳格な記述に基づき、角笛が鳴り響くべき「時」と「作法」を徹底的に解明する。

 tekiah(テキア)、teruah(テルア)、quaver(クウェーバー)という音の相対的長さの比率から、角笛に用いる「野生の山羊」と「雄羊」の状況による使い分け、掟の遵守の成立条件として反響音の不適格性や聞き手の内面的な集中など、規定を網羅。

 2,000年前の「律法の現場」における真実を、手加減抜きの専門性で描き出します。


トーラ(モーセ五書)における角笛の三箇所の命令とヨベルの年


 角笛を吹くことについて、トーラ(モーセ五書)では3つの箇所で命令している。

 第七の月の一日は安息の日として守り、角笛を吹き鳴らして記念し、聖なる集会の日としなさい。

(レビ23:24)

 第七の月の一日はRosh HaShanah(ローシュ・ハシャナー)と呼ばれ、ユダヤ暦の新年最初の日にあたる。この日に角笛を吹くこととされている。

 なお、角笛は原語でshofar(ショーファール)と言われる。2つ目の箇所は次の通りである。

 第七の月の一日には聖なる集会を開く。いかなる仕事もしてはならない。角笛を吹き鳴らす日である。

(民29:1)

 同じようにRosh HaShanahに角笛を吹くように命令している。3番目はやや趣がことなる。

 その年の第七の月の十日の贖罪日に、雄羊の角笛を鳴り響かせる。あなたたちは国中に角笛を吹き鳴らして、この五十年目の年を聖別し、全住民に解放の宣言をする。

(レビ25:9)

 これはヨベルの年の始めに、角笛を吹くことを定めたものである。ヨベルの年は第七の月の一日のRosh HaShanah(ローシュ・ハシャナー)ではなく、贖罪日に始まるものとされる。

 ヨベルの年の特徴は、簡単に言うと次のようにまとめられる。

①7年の安息年を7回繰り返した翌年である。

②耕作しない。

③奴隷が解放される。犯罪や不作などで経済的に苦しくなり、身を売ったイスラエル人は、すべて自由の身に戻る。

④土地が返還される。

土地が元の所有者に戻り、奴隷が解放される規定の理由として言われているのは、土地と自由は神から付与されるものという事である。

 現代では考えられないことであるが、このように50年ごとに人々の身分と、土地の所有関係が神の定めた秩序に一気に、強制的に戻される。

それは如何なることも自分だけで成し遂げるものではなく、全能の神がいることを理解する機会になる。

 おそらくヨベルの年のこの性格により、それは第七の月の1日ではなく10日(贖罪日)に始まる。ここではこれ以上は立ち入らない。

 話を戻すが、トーラでは2箇所でrosh hashanahについて角笛を吹くように命令し、1箇所で50年ごとの贖罪日に吹くように規定している。全部で3箇所であるので、Rosh HaShanahに角笛を吹く基本形も3回繰り返すこととされている。

ミシュナ『Rosh HaShanah』に規定された音の相対的長さと単位


 この基本形については、口伝律法ミシュナ「Rosh HaShanah」4章9節にまとめられている。

 以上を前提に、実際に「Rosh HaShanah」4章を見てみよう。

 shofar(角笛)を吹く順序は3つの音を3セットである。tekiah(テキア)の長さは3つのteruah(テルア)である。teruahの長さは3つのquaver(クウェーバー)である。
 もし誰かが最初のtekiahを吹き、2番目のtekiahを2つのteruahの長さで吹くならば、それは1つと見なされる。
 もし誰かが祝福を唱え、後にshofarを使えるようになったなら、彼はtekiah-teruah-tekiahを3回吹くべきである。

(Rosh HaShanah 4:9)

 まず「shofar(角笛)を吹く順序は3つの音を3セットである」と述べ、角笛を吹く基本セットは3つの音から成っていることが分かる。

 その基本セットは「tekiah、teruah、tekiah」であり、以下「tekiah」とはどのような吹き方か、「teruah」はどのような吹き方かを記している。

「tekiahの長さは3つのteruahである。teruahの長さは3つのquaverである」という箇所は音の「相対的な長さ」を規定している。以下のようになる。

1 tekiah(テキア)= 3 teruah(テルア)
1 teruah(テルア)= 3 quaver(クウェーバー)

 つまり音の長さで言うと、

tekiah >> teruah >> quaver

 となる。広く受け入れられている見解は、3つのquaverはそれぞれ同じ仕方の吹き方ではないという事である。そこで、1つのteruahは非常に短い、異なる音色で構成される1つのユニットという事になる。

 それはすすり泣きを表現しているものと言われる。

 次である。

 「もし誰かが最初のtekiahを吹き、2番目のtekiahを2つのteruahの長さで吹くならば、それは1つと見なされる」とは、次の状況を言っている。

①最初のtekiahを普通に吹いた。

②普通にteruahを吹いた。

③最後のtekiahを普通のtekiahの2倍の長さで吹いた。

④こうすることで、2回目の「tekiah、teruah、tekiah」の最初のtekiahを吹いたことにしようとした。

⑤しかし「それは1つと見なされる」ので、またtekiahを吹かなくてはならない。

 次である。「もし誰かが祝福を唱え、後にshofarを使えるようになったなら、彼はtekiah-teruah-tekiahを3回吹くべきである」とあるのは、祭儀の中で角笛を吹くタイミングになった時、それが何らかの事情で使えなかった状況を言っている。

 この時適切に吹くことが出来なかったなら、それは「仕方ない」こととして済ませてはならない。「後にshofarを使えるようになったなら、彼はtekiah-teruah-tekiahを3回吹くべきである」とされている。

 ここで「tekiah-teruah-tekiahを3回吹くべきである」というのは、後になって補足として吹くような形になっても、基本的な形式は崩してはならないという事である。

 角笛の吹き方は以上であるが、Rosh HaShanahの吹き方として、幾つかの点をミシュナから補足しておこうと思う。まず「Rosh HaShanah」3章3節から。

野生の山羊の角と金のマウスピース――祈りの直截性と神殿祭儀の格

 Rosh HaShanahの角笛は野生の山羊のものでなくてはならない。真っ直ぐなもの。そして金のマウスピースを付け、2人のトランペットを脇に立たせる。
 shofarは長く鳴らし、トランペットは短く鳴らす。というのも、その律法はshofarによるからである。

(Rosh HaShanah 3:3)

 Rosh HaShanahに用いる角笛(shofar:ショーファール)は野生の山羊の角を用いると規定されている。

 これは本文では羊の角に比べて、比較的真っ直ぐであるからと説明される。

 角笛は祈りの時に吹かれる。「真っ直ぐなもの」が選ばれるのは、祈りが簡潔で、ストレートなものが好ましいからとされている。

 「金のマウスピースを付け」とあり、新年の祭儀の視覚的な格調を高めている。

しかし金で音が出る内側まで覆うと、角笛本来の音ではなく「金の楽器の音」になってしまうため、あくまで外装の装飾に留めなくてはならない。

 角笛の口を金で覆うのは、神殿におけるものだけである。地方の会堂においては、そのような意匠は施されない。

 「2人のトランペットを脇に立たせる」のは、詩編98に拠っている。次のように歌われている。

ラッパを吹き、角笛を響かせて
王なる主の御前に喜びの叫びをあげよ。

(詩98:6)

 これも神殿における祭儀のみの規則である。

 「shofarは長く鳴らし、トランペットは短く鳴らす。というのも、その律法はshofarによるからである」とあるのは、角笛とトランペットを合わせて吹くのだが、トランペットの音を先に切ることを言っている。

 それはトランペットを吹く定めは詩編において言及されており、重要であるが、角笛を吹く義務は旧約聖書の最高権威であるモーセ五書で指示されているからである。角笛の音を聞かせなくてはならない。

 「Rosh HaShanah」の次の節はこの逆の状況について記録している。

断食の日における雄羊の角と銀の装飾――謙遜と従順、トランペットの優先性

 断食の日においては、それらは雄羊の角であり、銀のマウスピース、2人のトランペットが中央である。
 shofarは短く吹き、トランペットは長く吹く。なぜならその掟はトランペットによるから。

(Rosh HaShanah 3:4)


 ここでは祭日ではなく、断食する日について言っている。イスラエルにとって大きな不幸、災いの時には公の制度として断食を行う。これについては以前の記事で触れたので、興味のある方はそちらを参照して欲しい。

◉「なぜ弟子たちは断食しないのか」—ミシュナ『taanit(タアニート)』が明かすイエスの「婚礼」宣言

https://note.com/mishnah/n/na0767611f061

 「断食の日においては、それらは雄羊の角」で吹くとされる。雄羊の角は野生の山羊の角よりも曲がっている。なぜそれが選ばれるのか。

断食の日は、苦難の中で神に叫び、悔い改める日である。その為、謙遜と徹底的な従順を表すように、それが選ばれているのである。

 「2人のトランペットが中央である」とあるのは、トランペットを吹く者たちが中央で、その両側に角笛を吹く者たちが立つことを示している。

 この角笛にはRosh HaShanahの時のように金ではなく、銀で装飾される。

 「shofarは短く吹き、トランペットは長く吹く。なぜならその掟はトランペットによるから」という点は、Rosh HaShanahの時の真逆である。トーラの次の箇所を読んで欲しい。

 あなたたちの国に攻め込む敵を迎え撃つときは、出陣ラッパを吹きなさい。そうすれば、あなたたちは、あなたたちの神、主の御前に覚えられて、敵から救われるであろう。

(民10:9)

 これは直接的には戦争の時の掟であるが、戦争は国家存亡の危機である。他の窮状においても、トランペットを吹くのはトーラの教えであると解釈されている。

音響的純粋性と内面的意図の一致――「掟」を果たし得る条件の定義


 rosh hashanahに角笛を聞くことも、断食の日にトランペットを聞くことも、掟である以上「掟を果たしているか」という点が問われる。この点については次のように書かれている。

 もし誰かが穴に向かって、水槽に向かって、棺に向かってshofarを吹き鳴らし、確かにその音を聞くなら、彼はその務めを果たしている。もしその残響しか聞こえないなら務めを果たしていない。
 同様に、もしシナゴーグの裏を歩いていたり、家が近くてそこからshofarの音を聞いたり、・・・(中略)・・・もし彼が集中するなら、彼は務めを果たしている。そうでないなら、彼は務めを果たしていない。たとえ彼と誰かがいて、こちらは集中し、こちらは集中していないのであっても。

(Rosh HaShanah 3:7)

 1段落目は直接的に角笛の音を聞く点について指示している。反響して届いてきたような音では、掟を果たしたことにはならない。

 2段落目は聞き手の「集中」による自覚的受容の重要性を定めている。

 この規定により、角笛についての律法は、音響的な純粋性と聞き手の内面的な意図が一致して初めて成立すると定義される。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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