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ミシュナ『Oholot』の法理 第7回――『Oholot』17章1節におけるbeit hapras(墓跡の汚れ)の法理:100キュビット(4セア)の汚れの範囲算定ロジックと、上下斜面・特殊農具による例外規定

*口伝律法ミシュナ「Oholot」17章1節を徹底解説。墓場の掘り起こしに起因する「beit hapras(ベイト・ハプラス)」の法的定義と、100キュビット(4セア)に及ぶ汚れの範囲の算定ロジックを網羅。更に下り斜面・上り斜面による伝播の差異、および特殊な種蒔き鋤を用いた境界規定のラビ的法理構造を厳密に詳解します。


前回の振り返り:『Oholot』9章16節の法理構造


 前回はミシュナ『Oholot(オホロット)』9章16節に基づき、「天幕(ohel:オヘル)」の構造的定義と、容器(樽)の状態によって生じる汚れ(tumah:トゥマ)の垂直無限照射の法理について解説した。

 主な内容は以下の通りである。

【1】「天幕(ohel:オヘル)」を形成する条件的寸法

 何かを覆うものが「天幕(ohel)」として機能し、汚れの伝播を遮断させるためには、以下の寸法を満たしている必要がある。

①屋根の広さ

 少なくとも1手幅(テファ:約8〜10cm)四方を覆っていること。

②内部空間

 その下に1手幅立方の空間があること。

【2】開いた樽と垂直照射の原則(9章16節)

 蓋の開いた樽の中に「オリーブの大きさ(kezayit:ケザイット)」の死体の肉がある場合、汚れの伝播は以下のようになる。

①無限照射

 垂直方向を遮る蓋がないため、汚れは上空および地中深くへと垂直に無限照射される。

②密閉容器の原則

 民数記19章に基づき、密閉された容器は汚れの出入りを遮断するが、蓋が開いている場合はこの遮蔽機能が働かない。

【3】樽の側面における空間の有無と法理の分岐

 肉片が樽の底ではなく、湾曲した側面部分にある場合、その空間の体積によって判断が分かれる。

①1手幅立方の空間がある場合

 側面部分が「天幕」として機能する。樽の中の側面部分は同じohelの下にあるものとして全て汚れるが、蓋の真下にあたる中央の垂直空間のみは「清い(tahor:タホル)」とされる。

②1手幅立法の空間がない場合

 「tumah retzuzah(トゥマ・レツツァー:潰された汚れ)」となり、側面の壁を突き抜けて上下に汚れが照射される。

【4】樽自体が汚れている(tamei:タメイ)場合の例外

 通常、「天幕」や「密閉容器」は汚れを遮蔽する役割を果たすが、容器(樽)そのものが既に汚れている状態では、その機能が失われる。

 樽がtameiである場合、たとえ蓋が閉まっていても、あるいは上下逆さまに置かれていても、汚れの垂直照射を妨げることが出来ない。

 この状態では、容器が物理的に存在していても、律法上は「存在しない(遮蔽しない)」ものとして扱われる。

 まとめると、物理的な「物」が特定の条件(寸法や自身の清浄性)を満たすことで初めて法理的な「天幕」として機能し、空間を支配するというミシュナ特有の論理を明らかにしていることになる。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Oholot』の法理 第6回――『Oholot』9章16節におけるohelの定義と、開いた樽・汚れた樽(tamei)による tumah 垂直無限照射のラビ的法理構造

https://note.com/mishnah/n/na5999f210eea


『Oholot』17章1節:beit hapras(ベイト・ハプラス)の定義と射程


 今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Oholot」17章1節を引用する。

 墓場を掘り起こした者によって、そこはbeit haprasになる。どのくらいの範囲がbeit haprasになるのであろうか?轍の長さであり、100キュビットである。4セアの範囲になる。
 ラビ・ヨセは言う、「5セアである。」

(Oholot 17:1)

 誰かが墓を掘り起こしてしまった場合、ラビの規定によって一定範囲の領域がtamei(祭儀的な汚れ)であるとされる。

 この範囲をbeit hapras(ベイト・ハプラス)と呼ぶ。

 以前の記事で触れたように、「Oholot」2章3節により、大麦1粒の大きさの死体の一部があるならば、maga(触る)、masa(触っていなくても運ぶ)ことによって人は汚れる。

 この点についての復習は、以下のリンクから確認することが出来る。

◉ミシュナ『Oholot』の法理 第4回――「ohel(天幕)」による死体汚染の伝播境界:『Oholot』2章1節・3節の逐条法理構造と民数記19章におけるラビ的解釈の整合性

https://note.com/mishnah/n/n7e5677da18e6

 例えば鋤を担いだが、そこに微量の死体の破片が付いているなら、彼はmasaによって汚れることになる。

 「轍の長さ」は本文の通り100キュビット(約50メートル)の範囲である。

 なぜ「轍の長さ」が100キュビットであるのかは、耕作の際に鋤(すき)を引いて折り返すまでに進む標準的な直線の長さ(一区切り)であるからのようである。

 実際はそれよりも長い距離を耕していたとしても、100キュビットとされる。なぜなら死体の一部を運んだとしても、それ以上は付着していないと定義しているからである。

 彼らは土地の広さに関して「どれくらいの量の種を蒔くことが出来るか」も基準にする。この点について、次のように考える。

面積単位「セア・カヴ」の体積換算と4セア(100キュビット四方)の法理


1セアの種を蒔く広さ = 50キュビット四方

 本文には「轍の長さであり、100キュビットである。4セアの範囲になる」(上掲Oholot 17:1)とあるから、4セアを計算しなくてはならない。

4セアの種を蒔く広さ = 100キュビット四方

 ということになる。

セア(seah)とカヴ( kav)については、次のように整理することが出来る。

1セア = 6カヴ

1カヴ = 1,440mL

 そこで「4セア = 24カヴ = 34,560mL」である。リットルに換算すると、34.56Lになる。

 ただ、ここで誤解してはならないのは、死体の一部を掘り起こしたなら、周囲4セアの土地が汚れるのではない。

 汚れるのは掘り起こした地点から向こう100キュビットの直線である。

 ここで面積を持ち出しているのは、鋤を入れるのは直線的であるが、それを隣の列に移動して行くので、面も問題になるということと思われる。

 この点、ラビ・ヨセは異論を唱え、「5セアである」と主張する。なぜなら畑を耕す時、前方方向だけでなく、その左右の方向にも影響するからである。

 その分を考慮するべきとする見解である。

 続きである。

地形による境界の分岐:下り斜面と上り斜面の例外規定

 これが適用されるのは、下り方面の斜面である。上り方面は以下の手続きがbeit haprasを決める。4分の1カヴのエンドウの種が、膝を曲げた形の鋤の刃に入れられている。3つのエンドウが隣り合って育つ場所までがbeit haprasである。

(Oholot 17:1)

 ここでは100キュビット四方が汚れたものと見なされる細かい条件が記されている。

 死体の一部を掘り起こしたのが水平の畑である場合、もしくは下り方向に広がっている畑の部分は、破片が飛び散っている可能性がある。

 そこでこれらの箇所には原則通り100キュビット四方が適用される。

 しかし上り方向には飛び散りにくい。そこでそちらには100キュビット四方の原則は適用されない。

自動種蒔き鋤の構造と「3つのエンドウが隣り合って育つ場所」の物理的摂理


 では上り方向にはどこまでbeit haprasと見なされるのかは「4分の1カヴのエンドウの種が、膝を曲げた形の鋤の刃に入れられている。3つのエンドウが隣り合って育つ場所までがbeit haprasである」と書かれている。

 これはやや複雑である。

 個人的に見たことはないが、解説によると、ここで使われている鋤の刃には種が入れられていて、先の方に1つの穴が開けられている。

 農夫が耕すに連れて種が自動的に蒔かれる仕組みになっている。

 勿論この道具を使うのは、固い土地を最初に耕す時ではない。最初に耕す時には別の鋤を用いる。

 種蒔きを同時に出来る鋤を使うのは、一度土を柔らかくし、2回目に耕す時である。

 それにあたっては、鋤の刃に4分の1カヴの種を入れる。上り方向のどこまでがbeit haprasになるのかは、「3つの種が速やかに出てこないくらいの距離まで来たら」という事になる。

 これは鋤の刃の中の種が少なくなるにつれ、自然と出てこなくなる摂理に基づいている。

 それが「3つのエンドウが隣り合って育つ場所まで」の意味するところである。

 この点でも、ラビ・ヨセは異論を唱えている。

 ラビ・ヨセは言う、「beit haprasの掟が適用されるのは、下り斜面だけである。上り斜面にはない。」

(Oholot 17:1)

 ラビ・ヨセは上り方向にはbeit haprasは考える必要はないとする。

 しかし上記の「5セア」に関しても、「上り方向は不要」に関しても、ラビ・ヨセの見解はhalachahではない。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Oholot』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n84019ea0b112


 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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