ミシュナ『Oholot』の法理 第4回――「ohel(天幕)」による死体の汚れの伝播境界:『Oholot』2章1節・3節の逐条法理構造と民数記19章におけるラビ的解釈の整合性
*本稿では口伝律法(ミシュナ)『Oholot』第2章の法理を網羅的に解析する。2章1節が規定する「ohel(天幕)」による死体汚れの伝播条件(kezayit、netzel、死体の粉、自然治癒力に基づく生体組織の再生境界)を検証。
更に2章3節によって、maga(接触)およびmasa(運搬)のみでohelを満たさない「大麦の大きさの骨」や「諸国の土地」「beit hapras(墓が掘り起こされた畑)」の法理的境界線を画定する。民数記19章16節・18節のヘブライ語原文における「人骨」と「骨」の差異から導き出されたラビ的解釈の論理を、手加減抜きの専門性で解き明かす。
前回の振り返り:ミシュナ『Oholot』第3回の法理基盤
前回はミシュナ『Oholot(オホロット)』1章8節に基づき、人体の「248の器官(limb)」の内訳と、汚れを伝播させる3つの機序(maga[マガ」・masa[マサ」・ohel[オヘル」)の法理構造について解説した。
【1】人体を構成する「248の器官(limb)」
ミシュナは、人体を248の部位に細分化して定義している。これらの部位は、3要件(肉・gidin・骨)を満たしている限り、オリーブの大きさ(kezayit:ケザイット)に満たなくても汚れを伝播させる。
【2】汚れを移す3つの機序(伝播の類型)
「器官(limb)」としての条件を満たした部位は、以下の3通りの方法で汚れを移す。
①maga(マガ:接触)
汚れの源に直接触れること。受けた汚れは1段階弱まる。
②masa(マサ:運搬)
汚れの源に直接触れずに持ち運ぶこと。
magaのように1段階弱まらず、同じ程度の汚れを受ける。その為、av hatumahを運んだ場合、本人の体だけでなく、身に着けている衣類も汚れる。
③ohel(オヘル:天幕)
死体と同じ屋根(天幕)の下に入ること。
死体がある空間を共有するだけで、人や物は7日間の重い汚れを受ける。
【3】法理的な意義
「器官(limb)」と見なされる部位は、触れる(maga)だけでなく、触れずに持ち運ぶ(masa)ことや、同じ屋根の下にいる(ohel)ことによっても、死者の汚れを伝播させるという点が特異である。
これにより、死者の汚れが単なる物理的な接触を超えて、いかに緻密かつ厳格な論理に基づいて伝播するかが示される。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Oholot』の法理 第3回――248の器官(limb)における存在論的分類と、伝播の3類型(maga・masa・ohel)の法理構造
https://note.com/mishnah/n/nc692e29fd49c
『Oholot』2章1節:「ohel(天幕)」によって汚れを伝播させる諸条件
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Oholot」2章1節から引用する。
これらのものはohelによって汚れを移す。死体、死体のオリーブの分量、netzel(ネツェル)のオリーブの分量 、死体の粉の1匙分、脊椎、頭蓋骨、死体から、もしくは生きている人から切り取られた体の一部で、十分な肉があるもの、4分の1ログの骨、たとえそれがほとんどの部分を欠いており、または数の大多数ではなくても、ほとんどの骸骨の部分、または死体の大部分の骨、それが4分の1ログを下回っていたとしても。全てこれらのものは汚れを移す。
まず冒頭の「これらのものはohelによって汚れを移す」とは、以下に列挙されるものが同じ屋根の下にあると、汚れを移すことを言っている。
1つずつ確認する。
「死体」。これは原則通りであり説明は不要である。
「死体のオリーブの分量」。オリーブの大きさの容量はkezayit(ケザイット)と言う。これは重要な単位である。
死体の肉がkezayit以上あるならば、ohelによって汚れを移す。
「netzel(ネツェル)のオリーブの分量」について、netzelとは死体の肉が腐敗し、ゲル状になったものを言う。netzelがkezayit以上あるならば、ohelによって汚れを移す。
「死体の粉の1匙分」については、詳しい解説を要する。
ここでの「粉」とは、死体を砕いたものではなく、死体の含んだ湿気が完全に蒸発した残りを言う。
シナイ山におけるモーセの伝承によると、完全な遺体が乾燥したものが、この「死体の粉」である。
ただし、そこには他のものが含まれてはならない。一緒に埋葬した衣類が痛んだものや木切れなど、死体に混じっているのなら、それは「死体の粉」ではない。
そこで死体の粉が問題になるのは、裸体で、腐敗しない棺に収めた場合に限る。
「1匙分」が具体的にどの程度の分量になるのか問題だが、これは両手1杯分とされる。
いずれにしても、死体の粉は両手1杯分で、ohelによって汚れを移す。
「脊椎、頭蓋骨」について、肉が付いていなくても、これらのものが完全にあるなら、ohelによって汚れを移す。
「死体から、もしくは生きている人から切り取られた体の一部で、十分な肉があるもの」については、ていねいに解説しなくてはならない。
まず「十分な肉があるもの」については「生きている人から切り取られた体の一部」にしかかからない。
「十分な肉」とは「それが生きている人に付いているなら、再生可能な分量」を表す。
医療が発達していなかった古代において、大怪我で体の一部の肉を大きく失っても、ある程度の肉(組織)がベースとして残っていれば、人間の体は自然治癒力で皮膚や肉を再生させ、傷を塞ぐことが出来る。
これに満たない状態とは、骨から肉がほとんど削ぎ落とされ、わずかな肉片しかついていないものである。生体に繋がっていたとしても、肉が少なすぎて治癒できず、そのまま壊死してしまうような状況である。
この肉の量はkezayitよりも少ないとされるが、具体的な分量は数値化されていない。
死体の器官(limb)については、既に解説しているので、これ以上は触れない「肉・gidin・骨」の3つが揃っている限り、kezayitを満たす必要はない。
「4分の1ログの骨、たとえそれがほとんどの部分を欠いており、または数の大多数ではなくても」については、4分の1ログの分量があるなら、骨格の大部分を欠いていても、骨の数として過半数を欠いていても、ohelによって汚れを移すという事である。
ログについては専門家によって幅があるが、1ログは12オンス~21オンスである。これは355~621ミリリットルになる。
従って「4分の1ログの骨」とは約88~155ミリリットルになる。これだけの容量の骨があるなら、たとえほとんどの部分の骨がその場に無かったとしても、ohelによって汚れを移す。
「数の大多数ではなくても、ほとんどの骸骨の部分、または死体の大部分の骨、それが4分の1ログを下回っていたとしても」というのは、逆に4分の1ログに満たない容量であっても、大部分の骨であるなら、ohelによって汚れを移す。
これはおそらく流産した子などを想定していると思われる。
以上で「Oholot」2章1節の解説を終えた。
『Oholot』2章3節:maga(接触)・masa(運搬)のみに限定される伝播境界
次に「Oholot」2章3節を引用する。
これらのものはmasaやmagaによって汚れを移すが、ohelによっては移さない。大麦の大きさの骨、諸国の土地、墓が掘り起こされた畑、死体から、または生きている人から切り取られた体の一部、で、十分な肉が残っていないもの、不完全な脊椎または頭蓋骨。
今度はmasaやmagaによって汚れを移すが、ohelによっては汚れを移さないものである。
上記の汚れの元よりも、伝播の力が弱いものと位置付けられる。
最初に「大麦の大きさの骨」とある。上に見たように、骨がohelによって汚れを移すには、4分の1ログの容量を要する。
「大麦の大きさの骨」は大雑把に米粒程度の大きさと仮定しても、圧倒的に容量が足りない。これは触ったり運んだりすると汚れを移すが、ohelでは移さないと解されている。
その根拠はトーラから取られている。2箇所掲載する。
野外で剣で殺された者や死体、人骨や墓に触れた者はすべて、七日の間汚れる。
人骨、殺された者、死体あるいは墓に触れた者に振りかける。
議論が細かいので深く立ち入らないが、民数記19章16節では翻訳でも分かる通り「人骨」と書かれている。
これに対して民数記19章18節では「人骨」と書かれているが、実は原文では「骨」としか書かれていない。
そこで、ラビたちは下のように解釈している。
①民数記19章16節
人骨と判別出来るだけの容量。ohelによって汚す。
②民数記19章18節
人骨と判別出来ない容量。ohelによっては汚さない。
「大麦の大きさの骨」がmaga、masaによって汚すが、ohelによっては汚さないというのは、これを踏まえたものである。
「諸国の土地」とは、ラビたちが聖地の外の諸国の土地に関して、avi avot hatumahとして定めたことを言っている。異邦人たちはしばしば遺体を埋めた場所を特定出来なくなっている。
そこで死体と同じ汚れを定めたものである。聖地の外に出たユダヤ人は重い汚れを受けるものとなる。
「墓が掘り起こされた畑」はbeit hapras(ベイト・ハプラス)と呼ばれる。
骨が掘り起こされたということは、周辺の土地にも遺体の一部が散乱している恐れがある。
そこでbeit haprasの土に触れたり運んだりした者は、汚れを受けるものとする。
beit haprasはこれ単体でも大きなテーマを形成するものであるので、詳しい解説は後の回で行うものとする。
「死体から、または生きている人から切り取られた体の一部、で、十分な肉が残っていないもの」について、上記引用の「Oholot」2章1節では「死体から、もしくは生きている人から切り取られた体の一部で、十分な肉があるもの」と対称的な位置付けである。
「Oholot」2章1節の場合はohelでも移すとされていた。
自然治癒するだけの肉が付いていない骨の一部であるなら、ohelによっては汚れを移さない。
次に「不完全な脊椎または頭蓋骨」についても「Oholot」2章1節における「脊椎または頭蓋骨」と対称的な位置付けである。
「Oholot」2章1節の場合はohelでも移すとされていた。ここでは不完全にしか骨が無いので、ohelでは移さないとされる。
どの程度失われていれば「不完全」と見なされるのか、Beit ShammaiとBeit Hillelの間で議論されている。
しかしそれはここで扱うには、細かすぎるであろう。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Oholot』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n84019ea0b112
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
