ミシュナ『Sotah』法理研究 第2回:衣服の剥奪、大麦の献げ物、および聖水調製の法的要件
*本稿は、古代イスラエルのモーセ五書(トーラ)と口伝律法ミシュナにおける婚姻法および裁判手続きを、歴史学的・律法学的視点から解析する研究である。記述に含まれる性に関わる表現は、すべて一次資料の法定義を正確に論じるための学術的用語であり、性的好奇心を喚起する意図は一切含まれない。
本稿は、旧約聖書『民数記』5章に記された不貞の疑いがある妻(sotah;ソーター)への儀式を、口伝律法『ミシュナ』の逐条解説に基づき、律法学的(ハラハー的)に再構築したシリーズ2回目。
エルサレム神殿・ニカノール門における恥辱のプロトコル、大麦の献げ物(minchah:ミンハ)の象徴性、聖水の調製、およびラビ・ユダによる法的最小限の議論までを詳述。日本語圏において、伝統的な諸註釈に準拠した2,000年前の「律法の現場」の真実を提示する。
前回の振り返り
前回は以下の内容を扱った。
【1】sotah(ソーター)の法的定義と成立要件
単なる夫の主観的な嫉妬だけでは儀式を行う要件を満たさない。法的な手続きには客観的な証拠が必要である。
①警告
夫は2人の証人の前で、特定の男性と2人きりにならないよう妻に警告しなければならない。
②隔離
妻がその警告を無視し、その男性と性的関係を持つのに十分な時間、隔離された場所で過ごした場合、法的にsotahの地位が確定する。
sotahとなった妻は、事実が判明するまで夫との結婚生活の継続が禁じられ、祭司の家族であればterumahを食べる権利も失う。
【2】エルサレムへの護送プロセス
夫はまず妻を地方の法廷に連れて行く。法廷は2名の賢明な男子を任命し、エルサレムへの道中で夫が妻と関係を持たないよう監視・忠告させる。
エルサレムの71人の判事(サンヘドリン)は、妻に心理的な圧力をかけ、自白を促す。これには、神の名が書かれた羊皮紙が水に消されることの重大さを説くことや、過ちを認めた義人の物語(ユダとタマルの例など)を引用する心理的装置が含まれる。
【3】自白と潔白の主張
妻が姦淫を認めた場合、結婚証書(ketubah:ケトゥバ)に基づく保証金を受け取る権利を放棄して離縁される。
妻が潔白を主張し続けるなら、「苦い水」を飲む儀式へと進む。判事たちは妻をサンヘドリンの議場から神殿の「東の門」まで歩かせ、その後ニカノールの門に戻るが、この移動時間もまた、妻に最後の告白の機会を与える為のものである。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Sotah』法理研究 第1回:聖域の審理に至る客観的要件とサンヘドリンによる尋問プロセス
https://note.com/mishnah/n/nebfb5e1a4ceb
ニカノール門における物理的恥辱のプロトコル:衣服の断裂と露出
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Sotah」1章5節の後半部分からである。
祭司は彼女の服を掴む、―もし彼らがそれを裂いてしまったら、彼らは裂くし、裂けてしまったら、裂けるのである。―彼が彼女の胸を露わにするまで 。それから彼女の髪の毛を解く。ラビ・ユダは言う、「もし彼女の胸が美しいなら、露わにしない。彼女の髪の毛が美しいなら、それを解かない。」
ニカノールの門において、祭司は怒りと軽蔑的な作法で女性の服のネックラインを掴み、引っ張る。それで服が裂けてしまうなら、それでよい。
これはトーラの「祭司はそれから、女を主の御前に立たせ、その髪をほどき」(民5:18)の箇所に基づいている。
彼女は無作法な仕方で胸を露わにすることになる。また、髪の毛も解かれる。
ラビ・ユダの見解は、もしもsotahが美しい場合、このような手続きは取らないことを言っている。なぜなら若い祭司が欲情を抱く可能性があるから。
次節に進む。
もし彼女が白い服を着ているなら、黒色を着させる。もし彼女が金の飾り、首飾り、鼻輪、指輪を付けているなら、彼女を辱める為に取り除く。彼はそれからエジプトのロープを取って、彼女の胸の上に縛る。
これらの手続きは彼女を辱め、自分の置かれている状況を理解させ、告白を促すものである。
ロープで縛るのは、引き裂かれた服が完全に体から落ちてしまわないようにという配慮である。
次節に進む。
誰であれ、見たい者は見に来てよい、ただし奴隷と女奴隷は除く。なぜなら彼女は彼らと親しいからである。また、全ての女性は彼女を見に来ることが出来る、次のように書かれている、「すべての女たちはこれに学び、お前たちの不貞に従うことはない。」(エゼ23:48)
誰でもこの儀式を見に来ることが出来る。場所もニカノールの門であるので、ユダヤ教徒であれば男性でも女性でも来ることが出来る。
ただし彼女に仕えているユダヤ人は来ることが出来ない。それによって女性がつまらない自信やプライドを持たないようにする為である。
女性たちは彼女が辱められている姿を見て、自分の行いに注意するように促される。
次に民数記5章18節を見てみよう。下のように書かれている。
祭司はそれから、女を主の御前に立たせ、その髪をほどき、罪の判定のための献げ物、すなわち嫉妬した場合の献げ物を女の手に置く。
服や髪の毛を荒々しく晒した後、祭司はsotahの為の献げ物を彼女に持たせる。献げ物については、これより前に言及されている。
夫は妻を祭司のところへ連れて行く。その際、大麦の粉十分の一エファを、オリーブ油を注がず、乳香も載せずに、妻のための献げ物として携えて行く。
通常穀物の献げ物は小麦粉で行われる。また、オリーブ油を注ぎ、乳香も載せるが、ここではそれらの事は行わない。
この箇所について、「Sotah」には次のように書かれている。
彼は彼女のminchahをエジプトのバスケットに入れて持って来て、彼女の手に載せる、彼女を疲れさせる為に。
ここでエジプトのバスケットを使っているのは、淫蕩で有名なエジプト人のイメージを彼女に重ねる為である。
「彼女を疲れさせる為に」というのも、告白を促していることを意味する。
次である。
聖別器具(kli shareit:クリ・シャーレイト)と「苦い水」の法的調製手順
全てのminchahはkli shareitで始まり、終わるが、これはエジプトのバスケットで始まり、kli shareitで終わる。
「kli shareit(クリ・シャーレイト)」とは、穀物の献げ物を入れる祭器具である。穀物の献げ物はkli shareitに入れられることで聖別される。
穀物の献げ物を献げる者は、それを神殿に持って来ると、すぐにkli shareitに移される。ところがsotahの献げ物の場合、それは後にならないと移されない。
次に進む。
動物的所業の象徴:大麦の献げ物(minchah:ミンハ)
全てのminchahは油とlevonahを必要とするが、これは油もlevonahも必要としない。全てのminchahは小麦粉であるが、これは大麦である。Omerのminchahは大麦を用いるが、こされている。
levonah(レヴォナ)とは乳香のことである。穀物の献げ物には通常オリーブ油とlevonahを用いる。しかしsotahの穀物の献げ物には用いない。
上述の通り、通常穀物の献げ物は小麦粉を用いるが、sotahは大麦を用いる。ただ除酵祭のomerでは大麦を用いるが、念入りにこされたものを用いている。
omerの場合、「3セア」(22リットル以上)という大量のものから始め、最も細かく、最も純粋な部分だけを選り分け、最終的に「1イッサロン」(約2.2リットル)だけ残して献げる。
これは以前の記事で詳しく述べた。不安な方は下のリンクから確認して欲しい。
◉除酵祭の法理 第5回:国家的企画としての初穂(omer:オメル)収穫と、極微に至る精選
https://note.com/mishnah/n/n3b8799ab63f6
しかしsotahの場合は、このような丁寧な過程を経ない大麦を用いる。
これらの内容について、ラッバン・ガマリエルは次のように述べたとされる。
ラッバン・ガマリエルは言う、彼女の行いは動物のようであるから、彼女の献げ物も動物の食べ物から取る。
彼女は夫以外の男との性行為が疑われている。それは畜生の所業である。そこで献げ物も動物の餌同様のものからするという趣旨である。
次はトーラの以下の箇所に関わる。
律法学的最小限の論理:ラビ・ユダによる文字数と水量の相関性
祭司は聖水を土の器に入れ、幕屋の床にある塵を取ってその水に入れる。
「Sotah」2章2節に次のように書かれている。
彼は新しい土器の器を持って来て、kiyyor から2分の1ログの水をそれに注ぐ。ラビ・ユダは言う、「4分の1ログである」。要求される文字数は最小限であるのと同様に、水の量も最小限になる 。
まずkiyyor(キヨール)はよく「水盤」と訳される。祭司たちは毎日ここで手足を清める。詳しくは下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第2回:聖所を貫く静寂と、祭壇の灰(1章2~4節)
https://note.com/mishnah/n/n1ecd260fa987
祭司は新しい土器の器を持って来て、そこに2分の1ログの水を注ぐ。
ログとミリリットルの換算には学説によって幅があるが、ここでは1ログは約480ミリリットルと考える。
すると2分の1ログは約240ミリリットルである。
この点ラビ・ユダは4分の1ログとする。これは約120ミリリットルになる。
「要求される文字数は最小限であるのと同様に、水の量も最小限になる」とあるのは、羊皮紙に書き付ける文字数について、意見が分かれていることを踏まえている。これは後の回で解説する。
ラビ・ユダは文字数も、羊皮紙を溶かす水量も、最低限度であることを主張している。
今回の解説は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉ユダヤ法における結婚・離縁・家族の法理学
https://note.com/mishnah/n/ndeee1c7e77b4
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
