ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第2回:聖所を貫く静寂と、祭壇の灰(1章2~4節)
*2,000年前のエルサレム神殿。夜明け前の静寂の中で行われる祭司たちの準備や奉仕とは何だったのか。本稿では、口伝律法ミシュナ『タミッド』篇1章2〜4節を逐条解説する。
祭壇の灰(terumat hadeshen:テルマット・ハデシェン)の取り扱いから、大理石の床板に隠された鍵、そして名匠ベン・カティンによる水盤の設計思想まで、手加減抜きの専門性で「律法の現場」を冷徹に再現する。
前回の振り返り
前回はミシュナ「Tamid)」篇1章1節に基づき、エルサレム神殿における夜間の警備体制と、祭司が不浄(夢精)を被った際の隠密な対応手順について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】3箇所の警備拠点と役割分担
祭司は神殿内の3つの場所で警護にあたる。
①アヴティナスの部屋
1階が「水の門」になっている。
②Rayの部屋
これも門の上階にある。
アヴティナスの部屋とRayの部屋には天井が作られていない。そこで体力のある若い祭司が担当する。
③火の部屋(Beit HaMoked:ベイト・ハモケド)
ドーム状の屋根を持つ大きな部屋で、中央に炉(火床)がある。
ここではその日の当番である「父祖の家」の長老たちが石の棚の上で休み、神殿の鍵を管理する。若い祭司たちはその周囲の地面で眠る。
【2】祭服の厳格な管理
祭司は聖なる祭服を着たまま眠ることは禁じられていた。寝る前には祭服を脱いで丁寧に畳み、自分の頭の下に置いて管理する。
睡眠中は私服を着用し、「聖と俗」の境界を明確にしていた。
【3】不浄が生じた際の地下動線
夜間に夢精などで汚れが生じた祭司は、即座に清めの手続きを行う必要がある。
①地下通路
「火の部屋」から地下へと続く隠密な通路を通ってmikveh(ミクヴェ)へ向かう。
通路にはランプが灯され、プライバシーに配慮したトイレや、清めの後に体を温めるための「大きな火」が備えられていた。
①サインによる配慮
トイレやmikvehのドアの開閉状態で先客がいるかを確認できる仕組みになっており、不浄というデリケートな問題を口に出さずに済むよう配慮されていた。
【4】タディの門からの退出
mikvehで身を清めても、日没までは完全な「清潔」とは見なされず、その日の奉仕は行えない。
この祭司は夜明けに門が開くのを待ってから、他の祭司たちが奉仕する内庭を横切ることなく、地下道を通って神殿北側の「タディの門」から静かに退出した。
以上により、神殿が単なる礼拝の場であるだけでなく、24時間体制で厳格な階級社会と祭儀的ルールによって運営されていたことを示される。
まだ理解していない方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第1回(1章1節):夜の火の部屋、若き祭司の警備と「タディの門」への退出
https://note.com/mishnah/n/n38f77f3e5ac9
1章2節:未明の召集と第一の奉仕「terumat hadeshen(テルマット・ハデシェン)」
今回はその続きで、夜明け前に奉仕の準備を始める状況から説明する。まずは口伝律法ミシュナ「Tamid(タミッド)」1章2節を掲載する。
祭壇から幾らかの灰を取り分けようとする者は、早く起床して身を清める。任命された祭司が来るまで。いつその祭司は到着するのだろうか?それは正確な時間としては定まっていない。時には雄鶏の泣く前に来るし、そのくらいの時間に来る。あるいはその後に来る。その祭司は到着すると、神殿の門をノックする 。部屋にいる祭司たちはドアを開く。彼は彼らに言う。「誰でも身を清めた者は、くじに参加できる」。彼らはくじを引き、勝った者が勝ちになる。
祭壇の構造と「継続性」の意義
最初に祭壇の位置を確認して欲しい。

見ての通り、祭壇は大きくは2つに区分される。左側はスロープであり、それを上がって行くと、正方形の祭壇になる。この祭壇の上で各種の献げ物が燃やされる。
1日の最初の奉仕は、祭壇から一定量の灰を取り除く務めである。この奉仕は「terumat hadeshen(テルマット・ハデシェン)」と呼ばれる。
前日の灰を一部だけ取り除く奉仕である。堆積した灰を取り除く務めは、また別になる。terumat hadeshenは一日の始めにする務めである。
それは「昨日の奉仕の上に、今日の新しい奉仕を積み重ねる」という継続性と、神への従順を示す為とされる。
その役割を志願する者たち(祭司たち)は、「早く起床して身を清める」。夜明け前に起床して、mikveh(ミクヴェ)で身を清める。
このmikvehの場所については、前回の1章1節で詳しく解説したもので、彼らが就寝している火の部屋の地下にある。ご存知ない方は上のリンクから確認して欲しい。
彼らは身を清め、「任命された祭司が来るまで」火の部屋の中で待っている。まだ夜明け前である。「任命された祭司」とは細かく断定出来ないが、祭司の役割に関して事務を統括している者である。
本文にある通り、彼が来る時間は定まっていない。祭司たちは油断せず、常に準備を整えて待機していることになる。
「その祭司は到着すると、神殿の門をノックする。部屋にいる祭司たちはドアを開く」とある。前回見たように、彼らは火の部屋で就寝している。神殿の内庭から、火の部屋に入る門のことを言っていると思われる。
火の部屋は写真の赤線で囲まれた大きな部屋である。

監督である祭司は、準備の出来た祭司たちに言う、「誰でも身を清めた者は、くじに参加できる」。
この時を最初に、朝には4回くじを引く。それはこれらによって決まる役割が、非常な名誉であるからである。
彼らは1年の内2回しか神殿で奉仕しない。その中でも特定の役割を決めるにあたっては、くじを引くことで争いを避け、神に委ねたことになる。
1章3節:聖所の鍵と、暗闇の巡回
次に1章3節へ進もう。
彼は鍵を取り、小さいドアを開ける。そのドアを通って神殿の敷地に入るのである。祭司たちは2本の松明をもって彼の後に続く 。彼らは2つのグループに分かれる 。彼らは列柱の下を東へ、あるいは西へ歩く。彼らは歩きながらチェックし、chavitinの準備をする所まで来る。2つのグループはそこで会う。彼らは言う。「全て良い 」。彼らはchavitinを準備する者を任命する。
まず「彼は鍵を取り、小さいドアを開ける」については、鍵の位置について触れる必要がある。口伝律法「Middot(ミドット)」1章9節には次のように書かれている。
1アンマ四方の窪んだ場所があり、大理石作りになっている。その上には鎖がかけられている。門を施錠する時間になったら、祭司はそのリングで床を開け、鍵を取る。
火の部屋の床には「1アンマ四方(約50センチ四方)」の部分があり、その大理石の床板部分には鎖が付いている。それを引き上げ、中の鍵を取るのである。
ここで監督官である祭司が鍵を取り出し、火の部屋にある「中庭へ通じる大きな門」の中に備え付けられた、小さな潜り戸(小さいドア)を解錠することを言っている。
こうして彼が先頭に立ち、祭司たちが続いて神殿の中庭の中に入る。
「彼らは2つのグループに分かれる 。彼らは列柱の下を東へ、あるいは西へ歩く」とは、二手に分かれて神殿の敷地内を巡回することを言っている。西側は聖所の方向であり、東側はイスラエルの庭、女性の庭の方角である。
「彼らは歩きながらチェックし、chavitin(ハヴィティン)の準備をする所まで来る。2つのグループはそこで会う」について、「チェックすること」は単純に異常のないことの確認でもあり、神殿の敷地内には汚れたものがあってはならないので、その意味での確認でもあったと思われる。
「chavitin(ハヴィティン:穀物の献げ物)」の定義と大祭司の務め
「chavitin」はほとんどの方が初めてであろう。トーラ(モーセ五書)には次のように書かれている。
アロンが油注がれて職に任ぜられる日、アロンとその子らが主にささげる献げ物は次のとおりである。上等の小麦粉十分の一エファを日ごとの穀物の献げ物とし、半分を朝、残り半分を夕方にささげる。 14それは鉄板の上でオリーブ油を使って作る。すなわち、よく練り、何個かにちぎって焼き、献げ物としてささげ、主を宥める香りとする。 15油注がれたアロン系の祭司がこれをささげる。これは不変の定めであり、それを主のために完全に燃やし尽くして煙にする。 16祭司自身の穀物の献げ物はすべて完全に燃やし尽くすべきであり、それを食べることは許されない。
本文の数字は節の番号を表している。この穀物の献げ物がchavitin(ハヴィティン)と呼ばれる。
この箇所によると、大祭司アロンの任職の時だけのように見えるが、実際は次の機会に献げられる。
①大祭司は毎日朝と午後に献げる。
②それ以外の祭司は任職の時のみ献げる。
大祭司は毎日chavitinを献げなくてはならない。このパンを準備する場所も決まっている。写真を見て欲しい。

女性の庭からイスラエルの庭へ入るにはニカノールの門をくぐるが、その近くに赤く囲まれた箇所が分かると思う。そこは「chavitinの部屋」と呼ばれる。
火の部屋から出てきた祭司たちは二手に分かれ、最終的にはchavitinの部屋の辺りで合流することを語っている。
しかし西側に回るグループは神殿の裏側(最西端)まで行って回るのに対し、東側を行くグループはわずかな距離を確認するに過ぎない。
明らかに東側を回るグループの方が早く着くので、彼らは西側グループの到着を待つ形になったと思われる。次である。
「彼らは言う。『全て良い』。彼らはchavitinを準備する者を任命する」とは、巡回した結果、異常が無かったことを言う。
「準備する者を任命する」とあるので、chavitinを作る者をその場で決めるように読めるが、実際は特定の家族の担当として既に決まっている。彼らの家系が代々受け継いたようである。
そこでここでは「chavitinの準備が開始される」程度の意味になる。朝の巡回に異常が無かったことを確認してから、chavitinの準備が始まる。chavitinは前日から準備したりしない。焼き立てを献げるのが鉄則だからである。
1章4節:ベン・カティンの水盤と、音なき奉仕の始まり
次に「Tamid」1章4節である。この節は少しずつ解説する。
祭壇から炭を取り除く役に選ばれた者は、炭を取り除きに行く。彼らは彼に言う。「水盤で手足を清めるまでは、祭器具に触れないように気を付けなさい;見よ、シャベルが角に置かれている。祭壇とスロープの間に、スロープの西側に。」
1日の1番始めにする奉仕は「祭壇から炭を取る」役割である。これは朝にくじ引きで決めた者が担当する。上記の通り、この奉仕は「terumat hadeshen(テルマット・ハデシェン)」と呼ばれる。
夜明け前に起床した時、彼らは地下のmikvehで体を清めた。しかし実際に奉仕に取りかかる前に、手足は清めなくてはならない。これはトーラ(モーセ五書)に書かれている。
18洗い清めるために、青銅の洗盤とその台を作り、臨在の幕屋と祭壇の間に置き、水を入れなさい。 19アロンとその子らは、その水で手足を洗い清める。 20すなわち、臨在の幕屋に入る際に、水で洗い清める。死を招くことのないためである。また、主に燃やしてささげる献げ物を煙にする奉仕のために祭壇に近づくときにも、 21手足を洗い清める。死を招くことのないためである。これは彼らにとっても、子孫にとっても、代々にわたって守るべき不変の定めである。
聖所の中に入る前は勿論、祭壇に近付く時にも手足を洗わなくてはならない。
「青銅の水盤」は聖所と祭壇の間であり、かつ少し南側の部分に置かれていたとされる。写真を見て欲しい。

赤く囲まれた所に置かれている。拡大しても見えにくいと思うが、「kiyyor」と書いてある。これは水盤のことを言っている。ここで手足を清めた後、彼は祭壇の角の辺りにあるシャベルを取りに行く。これは祭壇上の炭をすくう為のシャベルである。
「シャベルが角に置かれている。祭壇とスロープの間に、スロープの西側に」とあるのも、写真を見て欲しい。

赤く囲んだ箇所である。見ての通り、kiyyor(水盤)で手足を洗ってから、スロープに向かうまでの途上に位置している。
静寂を破る「車輪の音」と律法の遵守
誰も彼と共には入らない。彼はランプを手に持たない。むしろ薪からの光で歩く。祭司たちは彼を見ないし、その足音を聞かなかった。彼らがベン・カティンが水盤に作った車輪の音を聞くまでは。彼らは言ったものである。「時間だ。」
ここでは祭壇から一部の炭を取り分ける奉仕は、1人で務めることを記している。彼は本文の通り、灯りをその手に持たない。「その足音を聞かなかった」とは、祭司の庭からは裸足で歩かなくてはならないので、足音も聞こえなかったことになる。
待機している祭司たちが聞くのは、水盤に据え付けられている車輪の回る音である。この時仲間たちは炭の当番が水盤に到着したことを知り、「時間だ」と言ったのであろう。
ベン・カティンという人物については、水盤に12の蛇口を作り、手足を洗う祭司たちが並んで待つことなく、一挙に12人洗えるように工夫したことで知られている。その他、滑車を取り付けて夜間は水を井戸の中に戻すようにした。
それは神殿の中で、祭器具の中に置かれたものが一晩そのまま放置されたなら、それは奉仕には使えなくなるという定めによる。ベン・カティンの創意によって井戸の中に水盤の水を戻すことで、翌日新たに使えるようになったのである。
今回はここまでとし、次回「Tamid」1章4節の続きを扱う。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Tamid』法理研究
https://note.com/mishnah/n/ne0f9ce5dd9f8
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
