ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第1回:夜の火の部屋、若き祭司の警備と「タディの門」への退出(1章1節)
*エルサレム第二神殿における日毎の奉仕(タミッド)の実相について、成文律法(トーラ)と口伝律法(ミシュナ)を参照しながら解説するシリーズです。
第1回目となる本稿では、ミシュナ『Tamid(タミッド)』1章1節を徹底解剖。神殿北方の防衛拠点「火の部屋」の構造から、「父祖の家」の長老たちと若い祭司を区別する厳格な規律、そして不浄が生じた際の地下mikveh(ミクヴェ)への隠密な動線まで、「聖なる現場」を完全に再現します。
祭司の組(mishmarot:ミシュマロット):奉仕を支える24の系譜
以前の記事においては、レビ人のmishmarot(ミシュマロット)について詳しく扱った。今回から数回を費やして、祭司のmishmarot(ミシュマロット)について詳しく解説したいと思う。
レビ人のmishmarot(ミシュマロット)について詳細を確認したい方は、以下のシリーズ総目次から確認出来ます。
◉聖なる同期システム:祭司・レビ人・民が織りなす神殿奉仕の全貌【全7記事・完結】
https://note.com/mishnah/n/nca2eb55cd191
「Tamid」1章1節には次のように書かれている。
祭司たちは聖なる神殿の3箇所で立つことになる。アヴティナスの部屋 、Rayの部屋、火の部屋。アヴティナスの部屋とRayの部屋は上階に作られている。若者たちがそこを守る。火の部屋はドーム状の屋根を持っている。大きく、内部の壁四方には石の棚の出っ張りに囲まれている。Batei avot の長老たちがそこで休む。庭の鍵は彼らの手にある。若い祭司たちは枕を地面に置いて寝る。
神殿の三拠点:アヴティナスの部屋・Rayの部屋・火の部屋の構造
これによると、祭司たちは3つの箇所で警護することになっている。まずは下の写真を見て欲しい。

この写真の内、緑で囲った箇所が「アヴティナスの部屋」である。1階がおそらく読者も聞いたことがある「水の門」であり、アヴティナスの部屋はその上階にあたる。
「アヴティナスの部屋」では聖所の奉仕に用いる香を調合した。それについては、また述べる機会があるだろう。
次に「Rayの部屋」であるが、これは写真の黄色で囲まれた場所である。これも門の上に作られた上階である。
最後に「火の部屋」は写真で赤く囲まれた大きな部屋になる。神殿は裸足で歩かなくてはならない。この部屋の中央には非常に大きな炉が据えられていて、祭司たちはその周りで体を温めた。
「アヴティナスの部屋とRayの部屋は上階に作られている。若者たちがそこを守る」について、アヴティナスの部屋とRayの部屋が門の上に作られていることは既に述べた。「若者たちがそこを守る」とある。
「若者」と「長老」:神殿警備における階層と役割の分担
この上階には天井が作られていない。「若者たち」はそこで1日中守ることが出来る気力と体力に溢れている年齢にある。具体的には、まだ祭壇奉仕をする年齢に達していない年とされる。
具体的な年齢については、トーラ(モーセ五書)には言及が無い。これは詳細に記録されているレビ人の年齢制限とは対称的である。
参考までに、レビ人の年齢制限についてトーラの箇所だけ挙げておく。
以下はレビ人に関することである。二十五歳以上の者は、臨在の幕屋に入って務めに就き、作業をすることができる。五十歳に達した者は務めから身をひかねばならない。
レビ人は25歳で神殿の奉仕を開始し、50歳でその役割から退いたことになる。これは後年ダビデの時代になって、開始する年齢が20歳に引き下げられたが、ここでは立ち入らないことにする。
次の引用箇所進む。「火の部屋はドーム状の屋根を持っている。大きく、内部の壁四方には石の棚の出っ張りに囲まれている。Batei avot の長老たちがそこで休む」(ibid.)であるが、上に貼付した写真を拡大してみてみると、壁の内側に棚を表したような記号が分かると思う。
1週間の神殿奉仕を担当するのは、組(mishmarot:ミシュマロット)であったが、その7日間はまた、更に1日ずつ特定の家族に委ねられた。「Batei avot の長老たち」はこの家族の長老、責任者ということになる。
長老たちはこれらの棚の上で眠る。「庭の鍵は彼らの手にある。若い祭司たちは枕を地面に置いて寝る」(ibid.)とある通り、重要な鍵は彼らが管理し、若い者たちは床で眠る。
「tamid」1章1節を先に進むことにする。
祭服の聖別:聖と俗を分かつ「畳む」という儀式
彼らは祭服を着たまま寝ない。それらは脱いで畳み、 頭の下に置く。彼らは個人の服をまとう。
これは本文の通りである。睡眠中は衣服が乱れたり、後述の通り夢精して汚れる可能性がある。汚れることは、ミシュナでは一般にtamei(タメイ)と言われる。
聖なる祭服を不敬な状態にさらさないよう、寝る前には必ず脱ぐことが定められていた。
「それらは脱いで畳み、頭の下に置く」という動作には、実務的な理由と敬意が込められている。盗難と取り違えを防止し、明け方の奉仕開始(あるいは緊急時)に、暗闇の中でも自分の祭服をすぐに見つけ、迅速に着用するための方策でもあった。
「彼らは個人の服をまとう」とは、神殿内にいても睡眠中や休憩中は「一人の人間」に戻り、聖と俗の境界線を明確にすることを表している。
「畳む」という描写は、神に捧げる奉仕の道具をいかに大切に扱っていたか、祭司の精神性を示している。
次である。
レビ記15章の規定:射精による汚れ(tumah:トゥマ)と地下のmikveh(ミクヴェ)
もし祭司の一人が夢精したなら、そこからトンネルを経て神殿の下に行く。そこにはランプがそこここに灯されており、mikvehにまで行くことが出来る。大きな火とトイレがそこにある。
射精することは汚れの原因になる。彼は律法上baal keri(バアル・ケリ)と呼ばれる。baal keriは清めの手続きをしないなら、聖なるものに近付いてはならない。トーラ(モーセ五書)には次のように書かれている。
16もし人に、精の漏出があったならば、全身を水に浸して洗う。その人は夕方まで汚れている。 17その精が付着した衣服や革は水洗いする。それは夕方まで汚れている。
本文の数字は節の番号である。先に17節を見る。「その精が付着した衣服や革は水洗いする」とある。これは汚れた衣類をmikveh(ミクヴェ)に浸すという事である。mikvehは繰り返し説明している通り、雨水を溜めたプールである。
水による汚れの清めは、以下の記事が決定版である。興味のある方は見てみるといいだろう。
◉mikvehについて――ミシュナ「Mikvaot(ミクヴァオット)」が規定する祭儀的清めの6等級と論理構造(前編)
https://note.com/mishnah/n/n075bf4271a97
◉mikvehについて――ミシュナ「Mikvaot(ミクヴァオット)」が規定する祭儀的清めの6等級と論理構造(後編)
https://note.com/mishnah/n/nc7351f2c06da
上に「祭服を着たまま眠らない」とあったが、それはこの意味での配慮でもある。祭服を汚してはならない。
次に16節だが、「精の漏出があったならば、全身を水に浸して洗う」とある。本人もmikvehで全身を浸さなくてはならない。これは一度に全身が浸かるプールでなくてはならないので、それなりの規模になる。
mikvehは写真の火の部屋の中の、水色で囲ったスペースの中にある。正確に言うとそこから地下道になっており、下に降るのである。
「その人は夕方まで汚れている」(ibid.)とある。たとえmikvehで身を清めても、その日の日没までは完全には清くならない。そこで、祭司たちにとって神殿奉仕は貴重な機会であったのだが、夢精してしまった者は夜明け後、奉仕出来ないことになる。
「Tamid」1章1節に戻る。今扱っているのは、下の箇所であった。
もし祭司の一人が夢精したなら、そこからトンネルを経て神殿の下に行く。そこにはランプがそこここに灯されており、mikvehにまで行くことが出来る。大きな火とトイレがそこにある。
最初の2つの文章については既に説明した。「大きな火とトイレがそこにある」のは、次の事情による。
①大きな火:mikvehに入った後、体を温める為。
②トイレ:mikvehに入る前に、性器の中のものを出す必要がある為。
続きは以下の通りである。
尊厳の為に。もしドアが閉まっていたら、そこに誰かがいると分かる。もし開いているなら、誰もいない。彼は下っていき、体を清める。上って来て体を乾かす。大きな火の前で体を温める。彼は来て仲間の祭司たちの横に戻り、門が開くまで待つ。彼は出発する。
冒頭のドアはmikvehとトイレの前のドアである。もしもそこが閉まっていたら、誰かが先に入っているしるしになる。
祭司には汚れを避ける責任があるので、生理現象であっても、「汚れている(tameiである)」というのは、口に出すことを憚ったと推測される。そこでドアの開閉だけで状況を伝える仕組みにしていたのであろう。
「彼は下っていき、体を清める。(mikvehから)上って来て体を乾かす。大きな火の前で体を温める」とは、mikvehで全身を水に浸した後、濡れた体で震えながら上に戻るのではないことを示している。
地下で乾いた体と落ち着きを取り戻してから、地上の仲間の元へ戻る流れである。
「彼は来て仲間の祭司たちの横に戻り、門が開くまで待つ。彼は出発する」は「Tamid」1章1節の最後になる。
(結論の前に・・シリーズ総目次は以下からご覧になれます)
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Tamid』法理研究
https://note.com/mishnah/n/ne0f9ce5dd9f8
結論:地下通路を経て「タディの門」から退出する孤独
一端夢精してしまったら、mikvehで体を清めた後も、その日の日没まで待たなくてはならない。ここではそのまま奉仕は出来なくても、夜明けまでは自分の持ち場を放棄せず、仲間と共にいることが求められたことを記している。
「門が開くまで待つ」について、夜明け前、神殿の全ての門はまだ施錠されている。と言っても、まだ完全に清くなっていない祭司が、その状態で堂々と内庭を横切ってメインの門から出て行ったとは考えられていない。
mikvehに通じる地下道はもう1つの方向にも掘られていて、神殿の丘から出る「タディの門」の手前まで来ていたとされる。祭司は地下道を通って行き、タディの門から慎み深く外へ出たと考えられる。
今回の解説は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
