ミシュナ『Peah』の法理体系 第4回:「運び忘れられた作物(shichchah)」の成立要件と、4カヴの束、列の端の束を巡るBeit Shammai(シャマイ学派)・Beit Hillel(ヒレル学派)のhalachah(ハラハー)論争
*口伝律法ミシュナ『Peah(ペアー篇)』5章8節〜6章3節の法理体系を詳解。収穫から脱穀に至る輸送プロセスにおける「忘れられた作物(shichchah)」の成立境界、4カヴの巨大な束を巡るBeit ShammaiとBeit Hillelの対立論理、さらに聖書本文(申命記24章19節)に則った「列の端の束」の免責理由の非対称性を詳細に解説する。
前回の振り返り:第5章におけるleket(落ち穂)の帰属とshichchahの定義
前回は、ミシュナ「Peah(ペアー篇)」の第5章(1節、2節、7節)を中心に、「leket(レケット:落ち穂)」の特殊なケースと、「shichchah(シフハー:忘れられた作物)」の定義と具体的な事例について詳解した。
主な内容は以下の通りである。
【1】leket(レケット:落ち穂)に関する追加規定(5章1節)
通常の収穫で落ちた穂だけでなく、人為的なミスや不可抗力が生じた際の見解が示された。
①束による遮蔽への罰則
貧しい人がまだleketを拾っていない場所に、収穫した束を置いてしまった場合、その束のうち地面に触れている部分はすべて貧しい人のものとなる。所有者が不適切な状況を作り出したことに対するペナルティとしての意味合いがある。
②風による飛散と推計
風で束が飛ばされ、未回収のleketと混ざってしまった場合は、状況に応じてleketがどの程度生じたかを見積もり、その分を貧しい人に与える。
【2】「不純なステータス」の解消法(5章2節)
①leketとtevel(未処置穀物)の混合
本来、leketは十分の一税(maasrot:マアセロット)が免除されているが、これがまだ税を取り分けていない収穫の山(tevel)に混入すると、法的なステータスが衝突する。
②位置指定の宣言
膨大な収穫物すべてについてmaasrotを分ける労力を回避するため、農夫が1粒を取り出し、「この1粒のための税は倉庫のどこどこの分から充当する」と宣言する。
この宣言により、その1粒は律法上maasrotを取り分けたものとなり、leketの代わりとして貧しい人に渡すことが出来るようになる。
【3】shichchah(シフハー:忘れられた作物)の定義と境界線(5章7節、2節)
トーラ(申命記24章19節)に定められた、畑に忘れた束を貧しい人のものとする規定についての具体的な内容である。
①双方の忘却
束がshichchahとなるためには、「所有者」と「労働者」の両方が忘れていることが条件となる。どちらかが覚えていれば、それは忘れられたものとは見なされない。
②人為的隠蔽の無効
貧しい人々が自分たちの取り分にするために、故意にもみ殻などで束を隠して農夫に忘れさせようとした場合、shichchahには該当しない。
③物理的境界による判断
刈り残された穂が、既に刈り終えたエリアに立っていても、その先が「まだ刈っていないエリア」に届いており、後の作業と一緒に刈り取れる状態であれば所有者のものとなる。そうでないなら、shichchahであり、貧しい人のものとなる。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Peah』の法理体系 第3回:落ち穂(leket)の帰属と「忘れられた作物(shichchah)」の境界線──混入したleketを巡るmaasrot(十分の一税)免除の法理と、「忘却」の定義
https://note.com/mishnah/n/n6d33e17c1477
ミシュナ『Peah』5章8節:脱穀プロセスとshichchahの適用境界
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Peah」5章8節に進むが、幾つかに分割して引用し、解説する。
もし誰かが束を集めてヘルメット型の山を築き、または穴の中に積み、またはパンケーキのような山、または大きな束を作るなら、shichchahの掟は適用されない。
作物が収穫された後、幾つかの段階を経て脱穀場まで運ばれる。2つの例を挙げながら解説する。
【1番目の事例】
①刈り取り作業中、それぞれの場所の近くに、刈り取った束を置いていく。
②全ての刈り取りを済ませた後、各場所に置いた束を運び、1箇所に集めて大きな山にする。
③この「大きな山」の場所で脱穀する。
【2番目の事例】
①刈り取り作業中、それぞれの場所の近くに、刈り取った束を置いていく。
②全ての刈り取りを済ませた後、各場所に置いた束を運び、1箇所に集めて大きな山にする。
③大きな山で脱穀せず、別にある脱穀場まで運ぶ
④脱穀場で脱穀する。
これらの過程において、どの段階で運び忘れたらshichchahが生じるのかが問題になる。結論は次のようになる。
1番目の事例:②~③の過程でshichchahが生じる。
2番目の事例:③~④の過程でshichchahが生じる。
つまりshichchahが生じるのは、脱穀場まで運ばれる間の過程である。以上を前提に問題のミシュナを再掲する。
もし誰かが束を集めてヘルメット型の山を築き、または穴の中に積み、またはパンケーキのような山、または大きな束を作るなら、shichchahの掟は適用されない。
ここでは刈り取った束を集めて、次の4つの内、いずれかの状況になった。
①收穫の束をヘルメット型の山にして積んだ。
②收穫の束を穴の中に積んだ。
③收穫の束をパンケーキのような山にして積んだ。
④收穫の束で大きな束を作った。
これらのどの仕方を実際に行ったとしても、「shichchahの掟は適用されない」。なぜならここから更に脱穀する場所まで運ぶからである。山の作り方、保管場所、束の作り方は関係ない。
従って「ヘルメット型の山にする」過程において、その他ここに列挙されたことを行う過程において、運び忘れた束があるとしても、まだ所有者のものである。
ここから更に脱穀場まで運ぶ次の過程において、初めてshichchahは発生する。ミシュナの続きにも、まさに次のように書かれている。
そこから脱穀場までについては、shichchahの掟は適用される。
次のケースに進む。
意図の変更(完了・未完了の場所)に伴う法理の逆転
このケースは見かけ上分かりにくいが、同じ原則を言っているに過ぎない。
もし誰かが大きな山を築くなら、shichchahの掟は適用される。そこから脱穀場までについては、shichchahの掟は適用されない。
誰かが刈り入れた束を1箇所に集め、大きな山を作ろうとしている。この時彼は「この山の場所で脱穀しよう」と意図していた。
しかしその後に気が変わって、そこから更に脱穀場まで運ぶことにしたのである。
この場合、元々の意図は大きな山の場所で脱穀するのであったから、大きな山の場所までの過程にshichchahが発生する。この過程で忘れたものは貧しい人のものである。
逆にそこから脱穀場までの間で忘れたものは、shichchahではない。
以上の内容について、「Peah」本文にまとめが示されている。
これがルールである。束が完了する場所に集められるなら、shichchahの掟は適用される。そこから脱穀場までについては、shichchahの掟は適用されない。束が完了しない場所に集められるなら、shichchahの掟は適用されない。そこから脱穀場までについては、shichchahの掟は適用される。
簡単に言うと、脱穀する場所まで運ぶ過程において、運び忘れのshichchahが発生するという事である。
ミシュナ『Peah』6章1節:4カヴの巨大な束を巡るBeit Shammai(シャマイ派)・Beit Hillel(ヒレル派)のハラハー論争
続いて「Peah」6章に入る。この章においては、それぞれの問題について、Beit ShammaiとBeit Hillelの間で見解が分かれている。
もし畑に置かれた束が全て1カヴであり、1つだけ4カヴであるとする。彼がそれを忘れるなら、-Beit Shammaiは言う、「それはshichchahではない。」しかしBeit Hillelは言う、「shichchahである。」
1カヴ = 1,440mLである。
収穫した作物を1カヴにまとめていたが、1つの束は4カヴという巨大なものになった。この4カヴを忘れた時の対応である。
Beit Shammaiは4カヴの束をshichchahとは見なさない。Beit Shammaiは4カヴの束について、1カヴの束を連続して4回忘れたもののように見なす。
以前の記事で「2つの束はshichchahである。しかし3つはshichchahではない」(Peah 6:5)というミシュナを扱った。運び忘れたという定義に当てはまるのは、2つまでである。
この原則に従うと、4カヴの束はshichchahと見なすことは出来ない。
Beit Hillelは4カヴの束では、まだ単一の束と見なすことが出るとし、shichchahに該当すると主張する。この点、RashやRoshによって、最大で12カヴ(2セア)までは単一の束と見なすことが出来るという見解が提示されている。
カヴ(kav)やセア(seah)については逆引き辞典でも網羅しているので、気になる方はそちらから確認して欲しい。
◉【聖書・ミシュナ語彙 総合逆引き事典】律法の現場を再構築する一次史料・専門用語解説(随時更新)
https://note.com/mishnah/n/n66230ec040ed
次節に進む。
ミシュナ『Peah』6章3節:列の端における「忘却」の非対称性と免責の成立要件
列の端、その近くの束が、それが忘れられていないことを表している束、町へ持って行く為に取り、忘れられているもの、-彼らはそれがshichchahではないことで一致している。
最後の「彼らはそれがshichchahではないことで一致している」とは、ここに列挙された束に関して、Beit ShammaiもBeit Hillelも、shichchahでないと主張しているという事である。
今回の記事では「列の端・・・はshichchahでない」点だけ解説し、残り項目は次回の記事で扱う。
この部分は、刈り入れ作業は列ごとに行っていくが、その最初の束と最後の束はshichchahではないことを言っている。図を用いて説明する。
下を見て欲しい。上が北で、下が南と仮定する。
検証される事例の図解:1列の中で1番目~10番目の束を置いた場合
(北側)
1番目の束
2番目の束
3番目の束
4番目の束
5番目の束
6番目の束
7番目の束
8番目の束
9番目の束
10番目の束
(南側)
次のような場合が起きたとする。
①農夫は1番目から刈り、10番目まで終えた。
②農夫は1番目から集めず、3番目から集め始めた。
③農夫はこのようにして、3番目から9番目まで集めた。10番目は集めていない。
以上のケースでは、農夫は1番目の束、2番目の束、10番目の束を運び忘れている。結論から述べると、これらの3つの束はどれもshichchahとは見なされない。
ただし、これらがshichchahにならない理由は「1番目の束、2番目の束」と、「10番目」の間で異なる。以下、この点についてそれぞれ解説する。
【1番目の束、2番目の束がshichchahでない理由】
この理由を理解する為には2つのshichchahを区別する必要がある。「刈り忘れのshichchah」と「運び忘れのshichchah」である。
「刈り忘れのshichchah」とは、刈り入れ作業中に、刈り忘れて残ってしまった穂である。
「運び忘れのshichchah」とは、刈り入れして、地面の上に束にしておいたのだが、それを運び出すのを忘れてしまったものである。
以前の記事で述べた通り、どちらも正当なshichchahである。
今回のケースに戻るが、「1番目の束、2番目の束がshichchahでない理由」を理解するには、「刈り忘れのshichchah」の話からしなくてはならない。そもそもshichchahに関して、トーラには次のように書かれていた。
畑で穀物を刈り入れるとき、一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない。
ここでは「刈り入れる時・・・忘れて・・」と書かれているので、「刈り忘れのshichchah」は作業する途中、その前方向で「刈り忘れた」ものではなくてはならない。
言い換えると、「刈り忘れのshichchah」は、最初に刈り入れる作物においてはあり得ない。上の図で言うと、1番の場所に立っている穂は、「刈り忘れのshichchah」になることはない。
「運び忘れのshichchah」も、同様に解されている。「運び忘れのshichchah」は、最初に運び始めるものは含まない。
「運び忘れのshichchah」は運び出す作業中、その前方で束になっているものを忘れた場合に該当するからである。
今回のケースに戻ると、農夫は3番目から運び始めている。そこで3番目は「運び忘れのshichchah」ではない。1番目の束、2番目の束はこの点で問題にもならない
【10番目の束がshichchahでない理由】
申命記24章19節を再掲する。
畑で穀物を刈り入れるとき、一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない。
最後に「取りに戻ってはならない」と書かれている。ここから「運び忘れのshichchah」になるには、「取りに戻る場所」に置かれたものでなくてはならないと解されている。
つまり、列の中で最後に置かれた束は、shichchahに該当しない。
それでは、隣にも列がある場合はどうなるのだろうか?物理的に「取りに戻る」ことはあり得るからである。
この場合、前列の最後の束はshichchahに該当する。それは貧しい人に与えられなくてはならない。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Peah』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n2d88667d1089
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
