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ミシュナ『Oholot』の法理 第8回――『Oholot』17章2節〜18章1節におけるbeit haprasの例外規定と、machshirinの原則(7つの液体)に基づく収穫物の祭儀的汚れ(tumah)の境界論理

*口伝律法ミシュナ『Oholot』17章2節〜18章1節を精読し、墓跡の汚れ(beit hapras)の汚れの範囲が縮小される境界条件(岩・フェンス・鋤の土の振り落とし)をhalachah(ハラハー:法理)の論理から網羅。

 更に18章1節のぶどう収穫をめぐる議論を通じ、『Machshirin』6章4節が規定する「7つの液体(湿気)」の原則と、タルムード『Shabbat』17aにおけるぶどう酒用ぶどうの例外規定を学術的に詳解する。


前回の振り返り:ミシュナ『Oholot』17章1節の法理概要


 前回はミシュナ『Oholot(オホロット)』17章1節に基づき、「beit hapras(ベイト・ハプラス:墓跡の汚れ)」の定義と、その汚れの範囲を算定する法理構造について解説した。


 主な内容は以下の通りである。

【1】「beit hapras(ベイト・ハプラス)」の定義

 畑を耕して、人の死体の一部が掘り起こされた場所を指す。この場合、微細な死体の破片(大麦1粒の大きさの骨など)が周囲に散らばっている可能性があるので、ラビの規定によって一定範囲が祭儀的な汚れ(tamei:タメイ)の領域と見なされる。

【2】汚れの範囲の算定ロジック(100キュビット前方)

 原則として、beit haprasの範囲は死体の一部を掘り起こした場所から100キュビット(約50メートル)の直線と定められている。

①「轍(わだち)の長さ」

 100キュビットという距離は、農作業で鋤(すき)を引いて折り返すまでの標準的な直線の長さに由来する。

②面積単位「4セア」

 土地の広さを「蒔ける種の量」で換算した場合、100キュビット四方は4セア(約34.56リットル)の種を蒔く広さに相当する。

 ただし、beit haprasは掘り起こした地点からの直線方向であり、面は問題にならない。

 面が問題になるのは、隣の列で再び死体の一部が掘り起こされた場合である。

【3】地形による例外規定(下り斜面と上り斜面)

 汚れ(破片)の飛び散りやすさに応じて、範囲の決め方が異なる。

①下り斜面

 破片が広がりやすいため、原則通り100キュビットが適用される。

②上り斜面

 破片が飛び散りにくいので、100キュビットの原則は適用されず、特殊な農具を用いた計測が行われる。

【4】上り斜面における境界計測法

 「膝を曲げた形の鋤の刃」に4分の1カヴのエンドウの種を入れ、耕しながら自動的に種を蒔いていく装置を基準にする。

①判定基準

 刃の中の種が少なくなって出てこなくなり、「3つのエンドウが速やかに出てこない場所」まで来たら、そこがbeit haprasの境界(汚れの終着点)となる。

【5】ラビ・ヨセによる異論

 ラビ・ヨセは以下の独自の主張を行っている。

①汚染範囲は4セアではなく「5セア」をイメージするべきである。

②beit haprasの規定が適用されるのは「下り斜面のみ」であり、上り斜面には存在しない。

 しかしこれらはhalachahとしては採用されていない。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Oholot』の法理 第7回――『Oholot』17章1節におけるbeit hapras(墓跡の汚れ)の法理:100キュビット(4セア)の汚れの範囲算定ロジックと、上下斜面・特殊農具による例外規定

https://note.com/mishnah/n/nd4b32a2964c9


17章2節:beit haprasの汚れの範囲が小さく見積もられる条件


 今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Oholot」17章2節を引用する。

 もし耕している人が岩、囲いにあたり、または鍬の土を振り落とすなら、その場所までがbeit haprasになる。

(Oholot 17:2)

 上での振り返りの通り、畑を耕して、人の死体の一部が掘り起こされたなら、原則としてその場所から向こう100キュビットは汚れたものと見なされる。

 ここではそれが小さく見積もられる条件について触れている。2つ挙げている。

①岩やフェンスに当たった場合

 この時に死体の破片は落ちたものとされる。

②鋤から土を振り落とした場合

 この時に死体の破片は落ちたものとされる。

 この場合、その地点までがbeit haprasである。

 続きである。

ラビ・エリエゼルとラビ・ヨシュア:beit haprasの連続性に関する論争

 ラビ・エリエゼルは言う、「1つのbeit haprasは他のbeit haprasを作る。」ラビ・ヨシュアは言う、「時々そうである。しかし時々そうではない。どのようにであろうか?50キュビット耕し、他の50を耕し、または側方に行く。これで他のbeit haprasを作ることになる。しかしもし彼が100キュビット行き、それから耕すなら、他のbeit haprasを作らない。」

(Oholot 17:2)

 ここでは2人のラビの見解が示されている。

(1)ラビ・エリエゼルの見解

 「1つのbeit haprasは他のbeit haprasを作る」と言う。

 死体の一部を掘り起こした場合、そこから100キュビット前方が汚れる原則は既に確認した。

 ラビ・エリエゼルはこの列をもう一度耕した場合を言っている。

 そこから隣の列に移動した場合、次の列も100キュビットまで汚れるとする。

(2)ラビ・ヨシュアの見解

 彼は「50キュビット耕し、他の50を耕し、または側方に行く。これで他のbeit haprasを作ることになる」と言う。

 これは農夫が50キュビット耕し、一端休んだものの、鋤を振り払わずに継続したことを言っている。

 50キュビット進み、更に50キュビット進むなら、原則通り合計100キュビット汚れることになる。

 50キュビット進み、列を変えて50キュビット進むなら、最初の列も2番目の列も汚れる。合計100キュビットであるから。

 ラビ・ヨシュアは「しかしもし彼が100キュビット行き、それから耕すなら、他のbeit haprasを作らない」とも言う。

 100キュビット進み、更に同じ方向に耕作を継続するなら、またはそこで列を変えて耕作するなら、それらの分は汚れない。

 従って、ラビ・ヨシュアは原則を貫いている立場である。ラビ・エリエゼルは特異な主張をしている。

 次に進む。「Oholot」18章1節である。

18章1節:beit haprasにおけるぶどう収穫の祭儀的規定

 私たちはどのようにbeit haprasのぶどうを収穫するのだろうか?まず、私たちは収穫に用いる全ての人と道具に水を振りまかなくてはならない。私たちはそれを再び行い、それから摘んでbeit haprasから取り出す。他の人々がぶどうを受け取り、圧搾機まで運ぶ。もしこれらの人々があれらに触れるなら、彼らはtameiになる。これはBeit Hillelによる。

(Oholot 18:1)

 beit haprasの土地自体は汚れていると見なされるが、そこで作られる作物は必ずしもtameiではない。

 これは以前解説したmachshirinの原則に従っている。作物は大地に付随している間は汚れることがない。

 収穫した後も、7つの液体によって湿気に晒さない限りは、汚れる為の前提が整ったとは見なされない。

 7つの液体とは「露、水、ぶどう酒、オリーブ油、血、ミルク、蜂蜜」(Machshirin 6:4)である。

 客観的に本人の意志が認められる場合、または本人の利益になる状況が認められる場合に、この「湿気が与えられた」条件が満たされたことになる。

 従って他者が悪意で本人の作物を洗い、湿気に晒した事実を作っても、それはこの条件を満たしたことにはならない。

 不確かである方は下のリンクから確認して欲しい。

◉mikvehについて――ミシュナ「Mikvaot(ミクヴァオット)」が規定する祭儀的清めの6等級と論理構造(前編)

https://note.com/mishnah/n/n075bf4271a97

 作物がbeit haprasで実った場合も例外ではない。それらは基本的に7つの液体で湿気を与えない限り、汚れることはない。

 ただしぶどう酒の為に用いるぶどうの收穫だけは別で、ぶどうの実から汁が出るので、湿気に晒されたものと解されている。

 なぜなら「ぶどう酒の為に使うぶどう」は潰して汁を出す過程を踏むからである。収穫して大地から離し、汁が実から出るなら、それは所有者の利益に合致したものと見なされる。

 そこでぶどう酒の為に用いるぶどうについては、收穫した瞬間に汚れる条件が整ったものと解されている(タルムード「Shabbat」17a)。

 そこで「Oholot」18章1節の冒頭で「私たちはどのようにbeit haprasのぶどうを収穫するのだろうか?」という問い掛けがされる。

 beit haprasに入る人や道具は、ラビの規定によって、散らばっているかもしれない死体の破片で汚れたものと見なされる。

 死体による汚れであるから、beit haprasに入った人や道具はav hatumahになる。av hatumahは世俗の道具や食べ物も汚す。

次回予告:av hatumah(汚れの父)の汚れの回避と具体的収穫プロセス


 ぶどう酒の為に用いるぶどうを汚さないで、どのようにそれを収穫するのか、「Oholot」18章1節は扱っているが、その具体的な方法は次回に譲る。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Oholot』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n84019ea0b112


 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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