穀物の献げ物(minchah:ミンハー)の律法学的記述――レビ記2章およびミシュナ『Menachot(メナホット)』に基づく奉仕規定と法理の再現
*本稿では、レビ記2章に記述された「穀物の献げ物(minchah:ミンハー)」の法理を、旧約聖書の最高権威であるトーラ、および口伝律法ミシュナ「menachot(メナホット)」の記述に基づき、厳密に再構築する。5種類のminchahにおける油の注ぎ方、調理器具の形状による質感の相違、および「kemitzah(ケミツァ)」と「shechitah(シェヒター)」の法理的対応について、既存の通俗的な解説を排し、2,000年前の「律法の現場」における実務的な真実を記述する。
レビ記2章における穀物の献げ物の基本構成(minchat soletto)
前回はレビ記1章の焼き尽くす献げ物(olah)について扱った。今回は2章の穀物の献げ物(minchah;ミンハー)について解説する。
まずは旧約聖書の最高権威であるトーラから引用する。
1穀物の献げ物を主にささげるときは、上等の小麦粉を献げ物としなさい。奉納者がそれにオリーブ油を注ぎ、更に乳香を載せ、 2アロンの子らである祭司たちのもとに持って行くと、祭司の一人がその中からオリーブ油のかかった上等の小麦粉一つかみと乳香全部を取り、しるしとして祭壇で燃やして煙にする。これが燃やして主にささげる宥めの香りである。
ミシュナ『Menachot』に見る油の奉仕手順と「kli shareit」による聖別
1節から穀物の献げ物は次の3つで構成されることが分かる。
①上等の小麦粉
②オリーブ油
③乳香
この内「①上等の小麦粉」については、10分の1エファ、卵43.2個分を準備する。これは現代の単位に換算すると、結構幅がある。「86.4~172.8オンスとされ、約2.56~5.11リットル」となる。
次に「②オリーブ油」について、1ログ(卵6個分)である。これは「12~24オンスとされ、約355~約710ミリリットル」となる。
この油は一度に使われない。口伝律法ミシュナ「Menachot」6章に次のように書かれている。
祭器具の中で準備される全てのminchahには、3回油が使われる。注ぐこと、混ぜること、準備に先立って置くこと。
奇妙であるが、油を使う場面について、ミシュナでは時系列とは逆の順番に列挙している。実際の奉仕の順番に従うなら、「準備に先立って油を置き、混ぜる時に油を入れ、混ぜた後に油を注ぐ」ことになる。
箇条書きにすると、以下のようになる。
①祭器具の中に油を入れる(1回目)。
②穀物を入れ、その上に油を入れて混ぜる(2回目)。それをkli shareit(クリ・シャーレット)に入れる。
kli shareitに入れたものは律法上、聖別されたものと見なされる。
③残りの油を加える(3回目)。その上に香(levonah;レヴォナ)を置く。
④祭司が祭壇の南西部に持って行く。
穀物の献げ物を祭壇の南西部に持って行くことは、いけにえの血を南西部に立って振りかけることと対応している。
kemitzah(ケミツァ)の法理――動物の献げ物におけるshechitah(シェヒター)との対応
そこで「祭司の一人がその中からオリーブ油のかかった上等の小麦粉一つかみと乳香全部を取り、しるしとして祭壇で燃やして煙にする」とある。
「一つかみ」が重要である。これはkemitzah(ケミツァ)と呼ばれる。次のように行う。
祭司は中の3つの指を曲げて器を作り、その形でminchah(穀物の献げ物)から取る。取り出された分はkometz(コメツ)と呼ばれる。これは動物の献げ物においては、屠ること(shechitah:シェヒター)に相当する。祭壇で献げる部分と、他の部分を分けるのである。
これを祭壇上で燃やすことになる。トーラには続いて以下のように書かれている。
2これが燃やして主にささげる宥めの香りである。 3穀物の献げ物の残りはアロンとその子らのものである。これは、燃やして主にささげられたものの一部であるから、神聖なものである。
最後の「神聖なものである」はkodshei kodashim(コドゥシェイ・コダシーム;最も聖なるもの)である。祭司だけが、神殿の敷地内で食べてよいものである。
kodshei kodashimについて不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉七週祭(Shavuot:シャブオット)の法理(下):『民数記』mussaf(追加の献げ物)の順序と、和解の小羊にみる「聖性」の転換
https://note.com/mishnah/n/n90104c703c46
以上2章1~3節の穀物の献げ物について説明した。この箇所の穀物の献げ物はminchat soletto(ミンハット・ソレット)と呼ばれる。この名称は「上等な小麦粉の穀物の献げ物」くらいの意味である。
実は以下に見るように、穀物の献げ物は全部で5つある。その一番最初のものを確認したことになる。
minchat solettoはその中でも唯一調理しないで献げるminchahである。他の4つは全て調理したものを燃やす。
調理を伴う献げ物の分類:challot(ハロット)とrekikin(レキキン)の相違
では次の4節の穀物の献げ物について解説する。次のように書かれている。
4献げ物をかまどで焼いて穀物の献げ物とする場合は、酵母を使わずに、オリーブ油を混ぜて焼いた上等の小麦粉の輪形のパンか、オリーブ油を塗った酵母を入れない薄焼きパンとする。
ここには2つあり、以下の通りになる。
①前半:challot(ハロット)
「輪形のパン」と訳されている。油は混ぜるだけである。
②後半:rekikin(レキキン)
「薄焼きパン」とされる。油は混ぜないで、焼いた後に塗っている。
この2つが1~3節のminchat solettoと異なっており、また他の3つの穀物の献げ物とも異なっているのは、油は2回しか使わないことである。
challotにおいては、混ぜる段階で全ての油が使われている。rekikinについては、混ぜる段階は無く、焼いた後に塗られる。これをまとめると、それぞれ次のようになる。
【challot】
①祭器具の中に油を入れる(1回目)。
②穀物を入れ、その上に油を入れて混ぜる。それをオーブンで焼く(2回目)。
【rekikin】
①祭器具の中に油を入れる(1回目)。
②オーブンで焼く。
③残りの油を塗る(2回目)。
ただ、challotについては混ぜる段階で、rekikinについては塗る段階で1回だけ油を用いるという見解も主張されている。
rekikinへの油の塗り方については、次のように書かれている。
challotは混ぜること、rekikinは油を塗ることを要する。どのように塗られるのだろうか?キーのように。油の残りは祭司によって消費される。
「キー」はギリシア語であり、「X」と同じような形である。rekikinに油を塗る時、Xの形で塗る。
全ての油が塗られるのではなく、残ったものは祭司が食べる。
これは後で詳しく述べるが、調理したパンは細かく砕き、kemitzahで掴んだものを祭壇で燃やす。
以上で一端challotとrekikinについての解説を終える。次に5~6節である。まずトーラを引用する。
調理器具による物理的特性:minchat machavat(鉄板)とminchat marcheshet(平鍋)
5献げ物を鉄板で焼いて穀物の献げ物とする場合は、酵母を使わずに、上等の小麦粉にオリーブ油を混ぜ、 6それを幾つかの塊に分け、その上にオリーブ油を注ぐ。これが穀物の献げ物である。
これはminchat machavat(ミンハット・マハヴァット)と呼ばれる。「鉄板で」と書いてある通り、底の浅い、平らな板のような器で焼かれる。その為硬くパリッとした質感になる。
名称の「minchat machavat」は「鉄板の穀物の献げ物」くらいの意味である。流れは大体以下のようになる。
①器の中に油を入れる(1回目)。
②穀物を入れ、その上に油を入れて混ぜる(2回目)。それを鉄板で焼く。
③小さく砕き、油を注ぎ(3回目)、kemitzahで一つかみ分を取る。
④祭壇で焼く。残りは祭司のものとなる。
これが4つ目の穀物の献げ物である。最後の5つ目のminchahにに進む。
7献げ物を平鍋で蒸して穀物の献げ物とする場合は、上等の小麦粉にオリーブ油を混ぜて作る。8こうして作った穀物の献げ物を主のもとに携えて行き、祭司に手渡すと、祭司はそれを祭壇に供える。 9祭司はこの穀物の献げ物から一部を取り分け、しるしとして祭壇で燃やして煙にする。これが燃やして主にささげる宥めの香りである。 10穀物の献げ物の残りはアロンとその子らのものである。
これはminchat marcheshet(ミンハット・マルヘシェット)と呼ばれる。「平鍋で」とある通り、深さがあり、蓋が付いている器である。仕上がりは柔らかいものになる。
名称の「minchat marcheshet」は「鍋の穀物の献げ物」くらいの意味である。流れは大体以下のようになる。
①器の中に油を入れる(1回目)。
②穀物を入れ、その上に油を入れて混ぜる(2回目)。それを鍋で蒸す。
③小さく砕き、油を注ぎ(3回目)、kemitzahで一つかみ分を取る。
④祭壇で焼く。残りは祭司のものとなる。
ミシュナ「Menachot」にはminchat machavatとminchat marcheshetを比較している箇所がある。
machavatとmarcheshetの違いは何であろうか?marcheshetには蓋があり、machavatには無い。これらはラビ・ヨセ・ハグリリの言葉である。ラビ・ハナンヤ・ベン・ガムリエルは言う、「marcheshetは深く、出来上がりは柔らかくなる。machavatは平べったく、出来上がりは硬い。」
補足として、幾つかのミシュナを紹介する。
以下のminchahはkemitzahを要するし、そのshiraimは祭司に行く。minchat soletto、machavat、marcheshet、challot、rekikin。
1行目の「shiraim」とは「残りのもの」である。上に紹介した
全ての穀物の献げ物はkemitzahを行い、それを祭壇で献げ、残りは祭司のものとなることを言っている。
既述の通り、残りのものもkodshei kodashimであり、祭司が神殿の敷地で食べなくてはならない。
次は「Menachot」6章4節である。
イスラエルのminchahと祭司のminchahにおける「割る」工程の律法学的差異
器で準備する全てのminchahは 、小さく割らなくてはならない。イスラエルのminchahは2つにし、2つを4つにし、それから割る。祭司のminchahは2つにし、2つを4つにするが、割らない。
「器で準備する全てのminchah」とは、4~9節のchallot、rekikin、minchat machavatとminchat marcheshetである。ここまで見た通り、どれも小さく割ることとされている。要するに、穀物の献げ物minchahにおいて、調理したものは全て割るという事である。
例外は祭司の場合で、4つまでには割るが、それ以上は小さくしない。「祭司自身の穀物の献げ物はすべて完全に燃やし尽くすべきであり、それを食べることは許されない」(レビ6:16)とあり、kemitzahを行わないで、全て祭壇上で焼くから、それ以上小さくする必要がないのである。
最後に次の箇所を確認する。
祭壇における禁忌と「塩の契約」の二面性
11主にささげる穀物の献げ物はすべて、酵母を入れて作ってはならない。酵母や蜜のたぐいは一切、燃やして主にささげる物として煙にしてはならないからである。 12それらのものは、初物の献げ物として主にささげてもよいが、宥めの香りとして祭壇にささげてはならない。 13穀物の献げ物にはすべて塩をかける。
如何なる穀物の献げ物であろうとも、酵母を入れてはならない。七週祭のshtei halechemは酵母入りで奉納されるが、祭壇上で燃やされるものではない。
12節の「初物の献げ物」はbikkurimである。以前詳しく学んだ。
◉bikkurim(ビックリーム)の法理(上) ― 聖地の初物奉納における土地所有権、七種産物、およびmaamad(マアマド)参詣に関する律法学的詳解
https://note.com/mishnah/n/n41e21d7cb956
◉bikkurim(ビックリーム)の法理(下) ―「Bikkurim」第3章における奉納儀礼の規定:アグリッパ王の自己運搬義務、祭壇南西角の空間的制約、および初物の財産権的帰属に関する律法学的詳解
https://note.com/mishnah/n/n90104c703c46
「それらのものは、初物の献げ物として主にささげてもよい」とは酵母の入ったパンや蜜は、bikkurimとして祭司に渡すことが出来るという意味であると思われる。
塩には破壊と保持という二面性がある。「穀物の献げ物にはすべて塩をかける」(13節)とは、もしも祭儀を適切に行うなら、契約はイスラエルを守るが、それが怠られると、イスラエルを破壊することを言っている。
以上でminchah(穀物の献げ物)の解説を終わりにする。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【完全体系】旧約聖書「五種の献げ物」の法理学的再構築:トーラ及びミシュナの視座による祭儀構造の詳解
https://note.com/mishnah/n/n88a4520aa574
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
