七週祭(Shavuot:シャブオット)の法理(下):『民数記』mussaf(追加の献げ物)の順序と、和解の小羊にみる「聖性」の転換
*七週祭(Shavuot:シャブオット)の法理を、聖書テキストと口伝律法『ミシュナ』の記述から厳密に復元する上下巻の下巻記事。
本稿では、民数記28章が定める「mussaf(追加の献げ物)」の内訳と、献げ物全体の優先順位を『Zevachim(ゼバヒーム)』に基づき確認。さらに、ラビ・アキバとベン・ナンナス、ラビ・シモンの論争を軸に、荒野時代と聖地入植後で異なる供儀の構造を解明。通常は「kodashim kalim(軽い聖性)」に分類される和解の献げ物が、七週祭においてのみ「kodshei kodashim(至聖なるもの)」へ変質する事情を解説する。
日本語圏において、律法の現場を鮮やかに再現します。
復習:七週祭(Shavuot:シャブオット)の定義と「shtei halechem(シュテイ・ハレヘム)」の規定
前回は以下の内容を扱った。
【1】七週祭の定義と時期
ニサンの月の16日(初穂の供え物「omer:オメル」を献げる日)を第1日として数え始め、50日目が七週祭(五旬祭)となる。
16日のomerを献げることで新穀の一般的な消費が許され、七週祭の「shtei halechem(シュテイ・ハレヘム:2つのパン)によって、神殿で新穀を献げることが許されるようになる。
【2】shtei halechem(シュテイ・ハレヘム)の規定
各1/10エファ(計2/10エファ)の上等の小麦粉を用い、chametz(ハメツ;酵母)を入れて焼いた2個のパンである。
祭壇に献げるものに酵母は禁止されているが、このパンには入れるよう命じられている。それは祭壇で焼かれるのではなく、祭司が食べるものである。
製法としては1つずつ捏ね、1つずつ焼く。焼くのは神殿の敷地内の「lechem hapanimの部屋」とされる。
他の穀物の献げ物と異なり、必ず聖地イスラエルで育った新穀でなければならない。
【3】焼成のタイミングと安息日
原則として、七週祭の前日に焼かれるが、安息日の禁止規定を乗り越えない為、七週祭が日曜日の場合は、金曜日に焼かなくてはならない。
【4】祭儀と供え物の構成
和解の献げ物である2匹の小羊の上にshtei halechemを置き、祭司が東西南北・上下に動かす所作を行う。これをtenufah(テヌーファ:奉納)と呼ぶ。
shtei halechemと共に献げるのは、これを含め全て挙げると以下の通りである。
①焼き尽くす献げ物
・1歳の雄の小羊を7匹
・雄牛1頭
・雄羊2匹
②贖罪の献げ物
・雄山羊1匹
③和解の献げ物
・小羊2匹
【5】 mussaf(ムーサフ:追加の献げ物)
祭日自体のための献げ物として、民数記28章に基づき別途定められた家畜や穀物が献げられる。その内容は今回扱う。
以上の内容に不安を感じる方は、以下のリンクから確認して下さい。
◉七週祭(Shavuot:シャブオット)の法理(上):『レビ記』の供え物と口伝律法『Menachot(メナホット)』から復元する「shtei halechem(シュテイ・ハレヘム)」の深層
https://note.com/mishnah/n/n41e21d7cb956
まず、前回最後に掲載した民数記28章のmussafの箇所を再掲する。
民数記28章に基づく「mussaf(ムーサフ:追加の献げ物)」の構造
26初物の日、すなわち七週祭に新穀の献げ物を主にささげるときには、聖なる集会を開く。いかなる仕事もしてはならない。 27あなたたちは、若い雄牛二頭、雄羊一匹、一歳の羊七匹を、焼き尽くす献げ物として主にささげ、宥めの香りとする。 28雄牛一頭について、穀物の献げ物としてオリーブ油を混ぜた上等の小麦粉十分の三エファ、雄羊一匹について十分の二エファ、 29小羊七匹については、一匹につき十分の一エファをささげる。 30また、雄山羊一匹をささげて、あなたたちのために罪を贖う儀式を行う。 31あなたたちは、日ごとの焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物のほかに、以上のものをささげる。
26節については既に説明した。27~30節までがmussafの内容になる。以下のようにまとめられる。
【1】焼き尽くす献げ物
①若い雄牛(2頭)
穀物の献げ物:1頭につき、油を混ぜた上等の小麦粉 3/10エファ
②雄羊(1匹)
穀物の献げ物:油を混ぜた上等の小麦粉 2/10エファ
③1歳の羊(7匹)
穀物の献げ物:1匹につき、油を混ぜた上等の小麦粉 1/10エファ
【2】贖罪の献げ物
雄山羊(1匹)
よって、前回を含めた内容を総合すると、七週祭当日の献げ物は「朝と午後のtamid」、「shtei halechemと関連の献げ物」、「mussaf」になる。
供儀の優先順位:『Zevachim(ゼバヒーム)』が定める「頻繁なもの」の原則
問題はこれらの献げ物を献げる順番である。口伝律法ミシュナ「Zevachim」10章1節に次のように書かれている。
より頻繁なものが他方よりも優先する。tamidはmussafに優先し、・・・(後略)・・・
この箇所は献げ物を献げる順番について言っている。まず本文の通り、tamidがmussafに優先する。ただし午後のtamidの後には何も献げない。
次にmussafは祭日の献げ物であり、その内容は特定の日によって異なるが、安息日、新月祭等にも献げられる。他方shtei halechemは1年に1回のみである。
従ってこの2つの前後関係はmussafが先になる。
以上をまとめると、当日の献げ物の順番は下のようになる。
①朝のtamid
②mussaf
③shtei halechemとその関連の献げ物
④午後のtamid
成立要件の論争:パンと小羊、どちらが「不可欠」か
次に③のshtei halechemと、それと一緒に献げられる献げ物の関係について触れる。次のように書かれている。
雄牛、雄羊、小羊、雄山羊はパンの有効性に不可欠ではない。パンもそれらの有効性に不可欠ではない。パンは小羊の有効性に不可欠である。しかし小羊はパンの有効性に不可欠ではない。これらはラビ・アキバの言葉である。
ラビ・アキバによると、家畜のいけにえはshtei halechemの有効性に影響しない。
他方でshtei halechemは、shtei halechemと一緒に奉納される2匹の小羊の有効性に影響を与える。この2匹の小羊は、焼き尽くす献げ物としての7匹の小羊と区別する必要がある。ここは立ち止まって確認して欲しい。
これには異論が唱えられている。
シモン・ベン・ナンナスは言った、「そうではない。むしろ小羊はパンの有効性に不可欠であるが、パンは小羊の有効性に不可欠ではない。というのも、私たちの見るところ、イスラエルが40年間荒野にいた間、小羊はパンなしに献げられていた。だから、今も小羊はパンなしに献げられることが出来る。」
ベン・ナンナスはラビ・アキバとは逆の主張している。なぜなら荒野時代においては、マナしかなく、パンは無かった。
従って40年間はshtei halechemは無く、和解の献げ物としての2匹の小羊がtenufahされ、献げられていたとするものである。
結論は同じだが、ラビ・シモンは次のように言っている。
halachahはベン・ナンナスに従っているが、理由は彼の言うものと異なる。というのも、民数記で語られていることは、荒野で献げられているのだが、レビ記で語られていることは、荒野で献げられていない。彼らが聖地に入って、両方とも献げられたのである。では、なぜ小羊はパンなしに献げられてよいのだろうか?なぜなら小羊はパンがなくても、おのずから許されるものとするから。しかし小羊のないパンは、許されたものにならない。
彼によるとレビ記に書かれている内容「shtei halechemとその関連の献げ物」は荒野では献げられておらず、カナンの地に入植した後の規定であり、民数記28章のmussafのみ荒野で献げられたということである。
従って、彼によるとmussafに伴う穀物の献げ物も献げられたことになるが、これについては詳しいことは分からない。
ともあれ、ベン・ナンナスとラビ・シモンによると、「shtei halechemとその関連の献げ物」について、和解の献げ物の小羊はshtei halechemの成立要件であり、shtei halechemは和解の献げ物の小羊の成立要件ではない。
聖性のヒエラルキー:和解の献げ物が「kodshei kodashim」へ転じる瞬間
最後にshtei halechemと一緒にtenufahされる2匹の和解の献げ物の特殊性について触れる。トーラには次のように書かれている。
二匹の雄の小羊は主に聖別されたものとして祭司のものとなる。
この「主に聖別されたもの」は注意するべきである。「Zevachim」5章には次のように書かれている。
和解の献げ物はkodashim kalimである。―敷地内のどこで屠ってもよく、血は2回撒かれるが、それは4回に等しい。エルサレムの城壁内のどこで食べてもよい、誰によって、如何なる仕方で準備されてもよい、昼と夜、真夜中に至るまで。それから分けられる部位は、それらと類似している 。異なるのは分けられる部位は祭司、その妻たち、子供、奴隷たちによってのみ食べられることである。
冒頭の「和解の献げ物はkodashim kalimである」とあるのは、2つの聖性の内、より軽いものであることを言っている。
以前どこかで触れたが、ここでもう一度まとめる。献げ物の聖性は次の2つに分けられる。
【1】kodshei kodashim(コドゥシェイ・コダシーム)
文字通りには「聖なるものの中でも聖なるもの」。【2】よりも聖性が高い。
【2】kodashim kalim(コダシーム・カリーム)
文字通りには「軽い聖なるもの」。
和解の献げ物は基本的に【2】である。どのように扱うのかが本文に書かれているが、難しいので、噛み砕いて箇条書きにする。
①kodshei kodashimは祭壇の北側で屠らなくてはならないが、kodashim kalimは祭壇の北側でなくてもよい。
②kodshei kodashimは神殿の敷地の中で、祭司のみが食べられる。しかしkodashim kalimはエルサレム城壁内であればよい。
また、kodashim kalimについては祭司が食べられる部位があり、いけにえの所有者と家族、客人が食べられる部位もある。従って共同体の喜びをその性格とする。
教会関係者は過越のいけにえに贖罪のイメージを持っているが、実際は和解の献げ物である。これは神の前で喜び、楽しむものである。
③kodshei kodashimはその日の夜中までしか食べることが出来ない。kodashim kalimは2日間とその間の1晩食べることが出来る。
和解の献げ物は上記の通り、基本的にはkodashim kalimである。しかしshtei halechemと共に奉納される小羊は「二匹の雄の小羊は主に聖別されたものとして祭司のものとなる」(レビ23:20)とあるので、kodshei kodashimに分類されると解釈されている。
従ってそれは祭壇の北側で屠り、祭司のみが神殿の内庭で食べ、夜半を過ぎることは許されないことになる。
以上で七週祭の解説を終わりにする。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉三大祭りの法理学全説:トーラとミシュナから復元する過越祭・除酵祭(Pesach:ペサハ)、七週祭(Shavuot:シャヴオット)、仮庵祭(Succot:スコット)(全18記事・完結)
https://note.com/mishnah/n/n8fa728c36e30
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
