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ルカによる福音書2章の『問題』を解く――ミシュナが明かすイエスの奉献と、出産後の清めの真実

*ルカによる福音書2章22~24節。イエスの両親が幼子を連れてエルサレム神殿へ向かうこの場面には、現代の読者が見落としがちな2つの異なる掟が重なり合っています。

 「出産後の清め」と「初子の贖い」。これは誰による、誰の為の掟だったのか。なぜマリアは羊ではなく「鳩」を献げたのか。ヨセフの義務とは何だったのか。

 本稿では旧約聖書(トーラ)と口伝律法ミシュナを参照しながら、ヨセフとマリアが果たした掟の背景を詳しく解説します。


はじめに:ルカ福音書が「一括りにした」二つの掟


 今回は若干混乱している人が多いと思われるルカによる福音書2章22~24節を扱う。まずは本文から見てみる。

 さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。

(ルカ2:22~24)

 ここでは律法の要求する2つの務めを1つにまとめている。1つは「彼らの清めの期間が過ぎたとき」であり、もう1つは「両親はその子を主に献げる」である。しかも厳密に言うと、このような表現は正しくない。

 2つの務めとは以下の通りである。

  1. 出産後の女性の清め

  2. 初子の贖い

 解説もこの順番で行うことにする。まずは旧約聖書最高権威であるモーセ五書(トーラ)を見てみよう。

 主はモーセに仰せになった。
 イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。
 妊娠して男児を出産したとき、産婦は月経による汚れの日数と同じ七日間汚れている。八日目にはその子の包皮に割礼を施す。産婦は出血の汚れが清まるのに必要な三十三日の間、家にとどまる。その清めの期間が完了するまでは、聖なる物に触れたり、聖所にもうでたりしてはならない。女児を出産したとき、産婦は月経による汚れの場合に準じて、十四日間汚れている。産婦は出血の汚れが清まるのに必要な六十六日の間、家にとどまる。

(レビ12:2~5)

出産後の清め:レビ記12章が定める「祭儀的汚れ」の期間


 男児を出産するか、女児を出産するかで清めの手続きも異なる。ここでは男児で説明し、後で女児について補足することにする。

女性は男児を出産してから7日間は汚れている。この汚れとは以前にも話したが、祭儀的な汚れである。

 「汚れている」とされる期間は、聖なるものに近付いてはならない。例えば神殿の敷地に入ることは禁止される。

 7日間が経過した後、8日目に割礼を施す。これは創世記の次の箇所に拠っている。

 いつの時代でも、あなたたちの男子はすべて、直系の子孫はもちろんのこと、家で生まれた奴隷も、外国人から買い取った奴隷であなたの子孫でない者も皆、生まれてから八日目に割礼を受けなければならない。

(創17:12)

 少し時間が戻るが、出産後7日目を経過した後、mikveh(ミクヴェ)で体を清める。mikveh(ミクヴェ)とは度々説明した通り、雨水を溜めたプールである。そこに全身を浸す。

 7日間の間、女性は夫との夫婦行為を許されない。mikvehで体を清めた後は認められる。その後33日間待機する。この期間は重い汚れは取れている状態である。しかし完全に清くなった訳ではなく、一定のものに近付くことは禁止される。この状態は後述の通りmechussar kippurim(メフサル・キップリーム)と呼ばれる。

 女児を出産した場合も基本的な流れは同じだが、割礼が無いことと、出産した後の期間が長くなる点が異なる。両者を対照しながらまとめると、次のようになる。

男児の場合: 7日間(不浄)+33日間 = 計40日間
女児の場合: 14日間(不浄)+66日間 = 計80日間

 それがレビ記12章2~5節に書かれている事である。トーラの続きを引用する。

 男児もしくは女児を出産した産婦の清めの期間が完了したならば、産婦は一歳の雄羊一匹を焼き尽くす献げ物とし、家鳩または山鳩一羽を贖罪の献げ物として臨在の幕屋の入り口に携えて行き、祭司に渡す。祭司がそれを主の御前にささげて、産婦のために贖いの儀式を行うと、彼女は出血の汚れから清められる。これが男児もしくは女児を出産した産婦についての指示である。なお産婦が貧しくて小羊に手が届かない場合は、二羽の山鳩または二羽の家鳩を携えて行き、一羽を焼き尽くす献げ物とし、もう一羽を贖罪の献げ物とする。祭司が産婦のために贖いの儀式を行うと、彼女は清められる。

(レビ12:6~8)

 男児の場合、合計40日間、女児の場合80日間を待機した後、母親は献げ物のいけにえと鳥を神殿に持って行く。その内容は経済状況によって異なる。つまり一般的な原則と、貧しい場合の特則がある。

原則:焼き尽くす献げ物として1匹の雄羊、贖罪の献げ物として1羽の家鳩または山鳩。

貧しい場合:2羽の山鳩または家鳩。1羽を焼き尽くす献げ物、1羽を贖罪の献げ物とする。

 実際の焼き尽くす献げ物、贖罪の献げ物をどのように準備するのか。この内、鳥以外のいけにえの準備については、既に記事にしてある。まだ見ていない方はそちらを確認して欲しい。

◉「神殿から商人を追い出す」の誤解(下)――「火の部屋」の構造と大祭司一族による神殿行政の私物化

https://note.com/mishnah/n/n2a5468cc2825

 ここでは鳥の準備について説明する。マリアが準備したのは鳥であったことは上記福音書に明記されている。まずは口伝律法ミシュナ「Shekalim」6章を見て欲しい。

神殿のシステム:13の献金箱とマリアの選択

 神殿には13の箱が置かれていて、それぞれにはしるしが書かれている。「新しいshekalim」、「古いshekalim」、「巣」、「鳥の焼き尽くす献げ物」、「薪」、「香」、「祭器具の為の金」、残りの6つは、様々な自発的な献げ物の為に使われる。

(Shekalim 6:5)

 これは神殿の敷地にある「女性の庭」には13の献金箱が置かれていたことを言っている。女性の庭は次の写真から確認して欲しい。ピンク色の領域である。

女性の庭

 献金箱の種類は以下の通りとされている。

1.「新しいshekalim」
2.「古いshekalim」
3.「巣」
4.「鳥の焼き尽くす献げ物」
5.「薪」
6.「香」
7.「祭器具の為の金」
8. 残りの6つの自発的な献げ物

 この内、最初の2つは1年に1度の納税義務のことを言っている。「新しい」、「古い」は今年度のものか、前年度忘れたものの為かの違いである。彼らの納税についても、以前記事にしてある。詳しくは以下を参考にして欲しい。

◉イエスはなぜ「免税」を主張したのか?――ミシュナ『Shekalim(シェカリーム)』が明かす神殿税徴収の裏側と祭司の論理

https://note.com/mishnah/n/nd1b34bf6d620

 さて、以下の3つの献金箱について

5.「薪」
6.「香」
7.「祭器具の為の金」

 これらはそれぞれ「祭壇で燃やす薪」、「毎日聖所で献げる香」、「神殿で使う金の祭器具」などを新調・維持するための専用献金箱である。

 マリアについては「主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった」(再掲ルカ2:24)とあるので、「巣」の献金箱に代金を入れたことになる。

 毎日、祭司たちがその箱から代金を取り出し、それに見合う数の鳥を購入して祭壇で献げていた。これにより、女性が個別に祭司を捕まえて手渡す手間や、誰の献げ物か分からなくなる混乱を防いでいたとされる。

 似たような名前の献金箱に「鳥の焼き尽くす献げ物」とあるが、これは自発的に献げる鳥の為のものである。出産後の献げ物は義務であるので、該当しない。

立ち入りの境界線:ニカノール門の階段から見守る儀式


 なぜ「女性の庭」に置かれていたかというと、一般のイスラエルの民の男女両方が自由に入れる最も内側のエリアだったからである。

 先程「出産後、男児7日間、女児14日間過ごした女性はmikvehに入る。完全には清くなっていない」ということを述べた。この状態をmechussar kippurim(メフサル・キップリーム)と呼ぶが、mechussar kippurim(メフサル・キップリーム)は女性の庭にまで入ることが出来る。

 出産直後は不可である。これらは口伝律法ミシュナ「Keilim」1章に書かれている。

 神殿の丘はそれよりも聖なるものである。・・・(中略)・・・yoledetは入ることが出来ない 。・・・(中略)・・・イスラエルの庭はそれよりも聖なるものである。mechussar kippurimはそこに入ることが出来ないし、彼らは入ったらchatatを献げなくてはならない。

(Keilim 1:8)

 「yoledet(ヨレデット)」とは出産直後の女性のことを言う。yoledet(ヨレデット)は本文の通り、神殿の丘に入ることさえ出来ない。

 mechussar kippurim(メフサル・キップリーム)については、「イスラエルの庭以降奥には入れない」趣旨のことが書いてある。イスラエルの庭は下の写真の緑のラインに囲まれた細長い領域である。

イスラエルの庭

 つまり、mechussar kippurimは女性の庭までは入ることが出来る。

 この写真の女性の庭の上側(方角では西側)、イスラエルの庭の入口辺りが階段になっているのが分かると思う。清めに来た女性はこの階段の麓に立ち、祭壇で自分の為に儀式が行われるのを見守った。

 それについても、間接的にだが、口伝律法ミシュナ「Sotah(ソーター)」1章に見ることが出来る。

 彼らは彼女をニカノールの門(内側の東門)へ連れて行き、姦淫を疑われる妻に苦い水を飲ませる。そこで出産した女性を清め、tzaraatから回復した者を清めるのである。

(Sotah 1:5)

 この文章の前半は全くの別件であるので立ち入らない。ここでは ニカノールの門で「出産した女性を清めた」ことだけを確認して欲しい。ニカノールの門とは、階段を上りきったところにある門を言う。

 以上で出産後の清めについての解説を終わりにする。

初子の贖いについて

 これも旧約聖書の最高権威であるトーラから始める。

 人であれ、家畜であれ、主にささげられる生き物の初子はすべて、あなたのものとなる。ただし、人の初子は必ず贖わねばならない。・・・(中略)・・・初子は、生後一か月を経た後、銀五シェケル、つまり一シェケル当たり二十ゲラの聖所シェケルの贖い金を支払う。

(民18:15~16)

 ここでは人の初子は5シェケルの銀で贖うことを言っている。エジプトを出る時、エジプト中の初子は打たれたが、イスラエルの初子は打たれなかったことによる。従ってそれは神のものなのである。

 すべての初子はわたしのものだからである。エジプトの国ですべての初子を打ったとき、わたしはイスラエルの初子を人間から家畜に至るまでことごとく聖別して、わたしのものとした。わたしは主である。

(民3:13)

5シェケルによる初子の贖い

 初子の贖いについてもう少し具体的に理解する為に、口伝律法ミシュナ「Bechorot(ベホロット)」8章を読んでみよう。分からないと思うが、すぐに解説するので、取りあえず目を通して欲しい。

 2人の男の2人の妻がいて、どちらも出産したことがなく、2人の男の子を生み、混ざってしまったなら、それぞれ5セラ(シェケル)を祭司に与えなくてはならない。1人が30日以内に死ぬなら、―1人の祭司に与えていたなら、彼は5セラ彼に返さなくてはならない。もし2人の祭司に与えていたなら、返還を要求出来ない。1人の男の子と1人の女の子なら、父親は免責される。しかし息子は自ら贖うことを要求される。

(Bechorot 8:5)

 設定状況は2人の男にそれぞれ妻がいる場合である。どちらの妻もそれまで出産経験が無い。しかし出産した子が互いに混ざってしまい、どちらがどちらの夫婦の子であるのか分からなくなってしまった。ここでは生まれる子の性別に従って、3つのケースが語られている。

①どちらの子も男児である場合

 どちらの夫も「胎を初めて開いた子」を持つため、それぞれ祭司に5シェケルを支払う。

 ポイントは支払い義務の条件は最初の出産であるかどうかだが、支払う義務は父親にあるという事である。

②どちらの子も男児であるが、1人が30日以内に死に、どちらかの夫婦も同じ祭司に支払った場合

 祭司は受けた5シェケルを返還する。30日間生存しない子は律法では正式に初子」と見なされないので、支払い義務が消滅する。

③どちらの子も男児であるが、1人が30日以内に死に、夫婦がそれぞれ異なる1人の祭司に支払った場合

 この場合はどちらの祭司も「自分が受け取ったのは生き残った方の分である」と主張出来るので、証拠がない限り返還を要求出来ない。

④1人が男児で1人が女児である場合
 初子を贖う掟は以下の規定によって、人の場合男児に限るとされる。

 初めに胎を開くものはすべて、主にささげなければならない。あなたの家畜の初子のうち、雄はすべて主のものである。

(出13:12)

 男児はどちらの夫婦の子か分からないので、どちらの父親にも支払い義務は発生しない。ただしその息子自身は、成人してから自らの責任で自分を贖う義務が残るとされる。

 以上で初子を贖う義務についての説明も終わりにする。


結論:ヨセフとマリアが果たしたスケジュール

 ルカによる福音書2章22~24節では、どちらの掟に関して、ヨセフとマリアのどちらが義務を負っているか不確かになっている。しかし以上の通り、出産後の清めはマリアの務めであり、初子の贖いはヨセフの務めであったのである。

 福音書の場面では、律法上イエスが初子として確定する30日の経過を待ち、かつマリアの待機期間の40日も過ぎるのを待って、神殿に行ったことになる。

 以上で今回の解説を終わりにする。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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