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イエスはなぜ「免税」を主張したのか?――ミシュナ『Shekalim(シェカリーム)』が明かす神殿税徴収の裏側と祭司の論理

 ユダ族のイエスが背負った義務と、ミシュナ『Shekalim(シェカリーム)』が記す当時の神殿税徴収の実情。イエスが「王の子」として免税を主張した背景には、当時の祭司たちが展開していたレビ記6章の逆用と密接な関わりがありました。

 実際の半シェケルの銀の徴収日程と、神殿の役人・律法学者と祭司団の間の緊張関係を解説します。


はじめに:イエスの「免税主張」と魚の口から出た銀貨


 今回はマタイによる福音書17章24~27節の神殿税の箇所を扱う。よくご存知であろうが、まずは最初に次の箇所を読んで欲しい。

 一行がカファルナウムに来たとき、神殿税を集める者たちがペトロのところに来て、「あなたたちの先生は神殿税を納めないのか」と言った。ペトロは、「納めます」と言った。そして家に入ると、イエスの方から言いだされた。「シモン、あなたはどう思うか。地上の王は、税や貢ぎ物をだれから取り立てるのか。自分の子供たちからか、それともほかの人々からか。」ペトロが「ほかの人々からです」と答えると、イエスは言われた。「では、子供たちは納めなくてよいわけだ。しかし、彼らをつまずかせないようにしよう。湖に行って釣りをしなさい。最初に釣れた魚を取って口を開けると、銀貨が一枚見つかるはずだ。それを取って、わたしとあなたの分として納めなさい。 

(マタ17:24~27)

 ここでは取り立てて目新しい内容はない。しかし「神殿税」なるものが如何なるものであるのか、気になるところではあるだろう。

【成文律法】「命の代償」としての半シェケル:出エジプト記30章


 ここに来る読者は相当に聖書を読み込んでいるであろうが、記憶を辿ってみても、それについて説明している箇所は思い浮かばないと思われる。しかしそれは意外なところに書かれている。

 主はモーセに仰せになった。
 あなたがイスラエルの人々の人口を調査して、彼らを登録させるとき、登録に際して、各自は命の代償を主に支払わねばならない。登録することによって彼らに災いがふりかからぬためである。登録が済んだ者はすべて、聖所のシェケルで銀半シェケルを主への献納物として支払う。一シェケルは二十ゲラに当たる。登録を済ませた二十歳以上の男子は、主への献納物としてこれを支払う。あなたたちの命を贖うために主への献納物として支払う銀は半シェケルである。豊かな者がそれ以上支払うことも、貧しい者がそれ以下支払うことも禁じる。あなたがイスラエルの人々から集めた命の代償金は臨在の幕屋のために用いる。それは、イスラエルの人々が主の御前で覚えられるために、あなたたちの命を贖うためである。

(出30:11~16)

【口伝律法】ミシュナ『シェカリーム』が明かす徴収の実務


 この箇所を読む限り、銀半シェケルの徴収を求めたのはこの時限りの措置であるようにも読める。しかし実際はそうではなく、毎年徴収されるものである。それは口伝律法ミシュナ「Shekalim」1章1節に書かれている。

 アダルの月の1日、彼らはshekalimの支払い とkilayimについて宣言する 。アダルの月の15日に彼らはmegillahを城壁のある町で読み 、道路、町の広場、貯水場を補修し始め、あらゆる公共の必要に応える。墓場にはしるしを付け、kilayimを調べる。

(Shekalim 1:1)

 読んだだけでは全く分からないと思うので、順番に解説する。

 まず冒頭の「アダルの月の1日、彼らはshekalim(シェカリーム)の支払いとkilayim(キルアイム)について宣言する」について、「shekalimの支払い」とは銀半シェケルの支払いのことである。上掲出エジプト記30章の半シェケルの事である。それを納めるように、公の告知を行うことを言っている。

 「kilayim(キルアイム)」についてはここでは立ち入らない。全くこのテーマと関係ないことだからである。ただ、同じ時期に一般にアナウンスするので、一緒に書かれているに過ぎない。

 「アダルの月」とはユダヤ暦の第12の月に相当する。彼らの暦は太陰暦であり、私たちの太陽暦とは異なるが、1年は基本的に12ヶ月で構成される。最後の月がこのアダルの月である。

 翌月は読者もご存知のニサンの月になる。彼らの暦ではニサンの月が第1の月とされる。それは次の箇所に拠っている。

 エジプトの国で、主はモーセとアロンに言われた。「この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい。イスラエルの共同体全体に次のように告げなさい。『今月の十日、人はそれぞれ父の家ごとに、すなわち家族ごとに小羊を一匹用意しなければならない。』」

(出12:1~3)

 これは過越の小羊を準備するようにという神の命令を記した箇所だが、明確に「この月(ニサンの月)」を正月とするように言われている。

 これに関して、上掲の「Shekalim」1章1節でも「アダルの月の15日に彼らはmegillahを城壁のある町で読み 、道路、町の広場、貯水場を補修し始め、あらゆる公共の必要に応える」と書いている。ここでは「道路、町の広場、貯水場を補修し始め、あらゆる公共の必要に応える」という箇所に注目して欲しい。

 アダルの月の15日というと、月半ばに相当する。まもなく第1の月であるニサンの月を迎えるので、会計年度も新しくなり、これから新しく徴収する硬貨で公共の事業を行うことを言っている。

 この時点で公共事業を行うことには、差し迫った事でもある。ニサンの月に行われる過越祭は、イスラエルの成人男性にとって、巡礼が義務付けられている祭りでもある。巡礼者の便宜の為に、道路の補修、貯水場の整備が必要なのである。

 このアダルの月の15日は、もう1つの意味で重要である。口伝律法ミシュナ「Shekalim」1章3節を見て欲しい。

 アダルの月の15日に、両替商は地方に座る。25日に彼らは神殿に座る。神殿に座ったときから、彼らは担保を取り始める。彼らは誰から担保を取るのだろうか?レビ人、イスラエルの人々、改宗者、解放された奴隷。しかし女性、奴隷、未成年者からは取らない。未成年者の場合、その父が息子の為に半シェケルを納め始めているのなら、やめるべきではない。平和の為に、彼らは祭司たちからは担保を取らない。

(Shekalim 1:3)

 まず既述の通り、アダルの月の1日に半シェケルの納入を宣言した。この2週間の告知期間を経て、「アダルの月の15日に、両替商は地方に座る」とされる。ここで言う「地方」とはエルサレム以外の町を指し、イスラエル各地の町々で集金の為の場所が設置されることを言っている。

 上記マタイによる福音書17章において、「神殿税を集める者たちがペトロのところに来た」(24節)ことが書かれている。これはすなわちアダルの月の15日以降のことであり、まさに集金業務が行われていたことを表している。イエスの一行は当局の者たちに出会ったのである。

 イエスはここで、魚の口から銀貨1枚を取り出すように命じている。半シェケルの2倍であり、2人分に相当する。それを自分とペトロの分として支払わせたことになる。

 しかしイエスは何も言わずに銀貨を払ったのではない。もったいぶり、「彼らをつまずかせないようにしよう」という前置きを述べてから支払っている。この間の事情は上記引用の「Shekalim」1章3節の後半を読むことで理解できる。そこには、誰が半シェケルの義務を担うのか明記されている。

 「レビ人、イスラエルの人々、改宗者、解放された奴隷」とは、彼らも半シェケルの義務を担っていることを言っている。「レビ人、イスラエルの人々」については問題ないだろう。広く成人ユダヤ人男性と認識すれば間違いない。

 「改宗者」は元々ユダヤ人でなく、改宗者の子供でもないことを言っている。多国籍が当然のキリスト教信者と異なり、ユダヤ教ではアブラハムの子孫という血筋が大前提になる。

 話は少しそれるが、ユダヤ教では改宗者は高く評価される。トーラでは次のように書かれている。

 寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない。あなたたちはエジプトの国で寄留者であったからである。

(出22:20)

 「寄留者」というと、只の外国人に聞こえるが、これは実際には改宗者を指している。生まれながらのユダヤ人は、「契約の中に生まれた」者であるが、改宗者は自らの意志で真理を求め、険しい道を選んで神の下に入って来たのである。彼らは尊敬されるべきで、搾取の対象ではない。

 話を戻そう。「女性、奴隷、未成年者からは取らない」とは、これらの者たちは当時の法体系において経済的・法的に完全に自律した主体(世帯主)と見なされていなかったことによる。それぞれ次のように言える。

・女性: 一般的に夫や父の世帯に含まれるため
・奴隷: 自身の財産を持たず主人の管理下にあるため。
・未成年者:上掲出エジプト記30章において、半シェケルの義務を担うのは「二十歳以上の男子」と明記されている。成人していない者は含まない。

【検証】なぜ祭司は「免税」を主張したのか?


 次に「25日に彼らは神殿に座る。神殿に座ったときから、彼らは担保を取り始める」について、新しい年度が始まる1週間前(25日)には地方の集金場所は引き払い、エルサレムに移すことを言っている。

この時点から未払いの者たちに対しては、担保も取り始める。「レビ人、イスラエルの人々、改宗者、解放された奴隷」からは取り立てる。

 「Shekalim」1章3節で注目するべきは1番最後の箇所であり、「平和の為に、彼らは祭司たちからは担保を取らない」と言っている点である。

 祭司側は「自分たちは神殿奉仕をしているので免除されるべきだ」という主張を持っていたらしい。聖書的には

 祭司自身の穀物の献げ物はすべて完全に燃やし尽くすべきであり、それを食べることは許されない。

(レビ6:16)

 が使われていた。この箇所によると祭司の献げるものは全て燃やさなくてはならないが、公共で献げる献げ物においては、祭司の食べる分も取り分けなくてはならないものもある。

 例えば臨在の幕屋(神殿)の聖所の聖卓の上には、安息日ごとに12個のパンを新しく替えなくてはならない。古いパンは祭司が食べる。もしも祭司が半シェケル拠出していたら、自らも分担している献げ物において、自分が食べる分を持つことになる。

 これは七週祭において、和解の献げ物である2匹の小羊と共に奉納される2つのパン(shtei halechem:シュテイ・ハレヘム)も同様である。次のように書かれている。

 祭司はこれらを、初物のパンと共に奉納物として主の御前に差し出す。主に聖別されたものとして祭司のものとなる。

(レビ23:20)

 これは2匹の小羊と2つのパンは一緒に奉納し、祭司のものとなることを言っている。

【境界線】「東側」での奉納と共同体の視線


 奉納物にすることに関しては、口伝律法ミシュナ「Menachot(メナホット)」5章に次のように書かれている。

 どのようにするのだろうか?彼は2匹の羊の上にshtei halechemを置いて、両手をその下に据える。彼は伸ばし、引き戻す 。持ち上げ、下ろす 。奉納は東側で、またhagashahは西側で行われる。

(Menachot 5:3)

 これは簡単に言うと、以下の通りである。

①和解の献げ物である2匹の小羊の背中に2つのパンを置く。
②祭司は小羊の下に両手を入れて、前後左右、上下に動かす。

 この仕草が奉納になる。「奉納は東側で」とあるのは、祭司の庭とイスラエルの庭の境界線で行ったことを言っている。下の図の赤線辺りである。

奉納する場所

 一般のイスラエルの民はイスラエルの庭まで、ユダヤ教徒女性は女性の庭まで来ることが入ることが出来、祭司の庭はこれらの庭よりも床面が高く作られていたから、共同体の行事として見ることが出来たのである。

 これらのものは「主に聖別されたものとして祭司のものとなる。」(再掲レビ23:20)祭司は2つのパン(shtei halechem)を食べたことになる。

 話を戻すが、これらの献げ物は共同体の資金から用意する。つまり毎年徴収する半シェケルの銀を元に拠出する。祭司は上述の通り、「祭司自身の穀物の献げ物はすべて完全に燃やし尽くすべきであり、それを食べることは許されない」(再掲レビ6:16)を盾に、自分たちに支払いの義務は無いと言っているのである。

 これに対して徴収する側、また律法学者たちは「全てのイスラエルの民が参加すべきである」として、祭司たちにも支払いを期待している。しかしこれによって祭司側との対立が深まり、神殿内での差し押さえ騒動が起こることを憂慮して、「平和の為に、彼らは祭司たちからは担保を取らない」としているのである。

結論:イエスが「つまずかせないように」と支払った真意


 イエスは「彼らをつまずかせないようにしよう」と言いつつ納めたが、それは自分たちが神との関係において特別な立場にあることを意識していたとも読める。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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