Yom Kippur(ヨム・キップール:贖罪日)の法理と構造 4回目:ミシュナ「Yoma(ヨマ)」篇に基づく大祭司の清めと、日毎の奉仕(tamid:タミッド)における法理的動線の合理化
*本稿は「ヨム・キップール(Yom Kippur:贖罪日)」の祭儀構造を、旧約聖書(トーラ)レビ記16章と、その実効的解釈を規定する口伝律法ミシュナ「Yoma(ヨマ)」篇の原典に基づき解明するシリーズ4回目。
大祭司が当日行う「5回の浸礼(mikveh:ミクヴェ)と10回の手足の洗い」の具体的シーケンス、神殿内の地理的特定(パルヴァの部屋、水の門)、そして通常時とは異なる「日毎の奉仕(tamid:タミッド)」の動線合理化プロセスの全容を詳述。
既存の通俗的な解釈を排し、2,000年前の「律法の現場」を一次資料に基づいて再現します。
前回の論点整理:「Yoma」1章6節〜2章2節の総括
前回はミシュナ「Yoma」1章6節から2章2節に基づき、ヨム・キップール(贖罪日)当日に向けた大祭司の徹夜の備えと、一日の最初の奉仕である「灰の奉仕(terumat hadeshen:テルマット・ハデシェン)」の法理的変遷について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】大祭司の資質と聖書朗読
ヨム・キップールの前夜、大祭司は一晩中起きている必要がある為、講義を行ったり聞いたりして過ごす。
当時の大祭司の中には必ずしも聖書に通じていない者もいたので、学者たちが彼の前で講義をしたり、聖書を朗読することもあった。
ふりがな(ニクード)のない当時の聖書を正しく発音することは、学びの大きな部分を占めていた。
朗読箇所としてヨブ記(人生の目的)、エズラ記(神殿再建の苦労)、歴代誌(ダビデ王朝)などが選ばれた。
【2】眠気対策と身体的聖別
大祭司が眠りそうになった場合、若い祭司たちが指を鳴らして注意を促したり、冷たい床の上に立たせて涼ませたりすることで、日毎の奉仕(tamid:タミッド)の時間まで眠気を飛ばすように努めた。
これは、睡眠中の射精による祭儀的な汚れ(レビ記15:16)を防ぎ、聖なる状態を維持するための厳格な措置である。
【3】灰の奉仕(terumat hadeshen:テルマット・ハデシェン)の特殊性
一日の最初の奉仕であるterumat hadeshenについて、ヨム・キップールでは特別な配慮がされる。
通常は夜明け頃に行われるが、ヨム・キップール当日は大祭司の負担を考慮し、夜中から開始された。
昨日の奉仕の灰を一部取り置くことは、神殿奉仕が昨日から今日へと絶え間なく続いていることを象徴する。
【4】奉仕権決定プロセスの変遷(競争から「くじ」へ)
祭壇奉仕の権利を誰が得るかという決定方法は、歴史とともに変化した。
①初期
希望者が自由に行っていた。
②競争時代
希望者が増えたので、祭壇のスロープを走り、特定の地点(スロープの頂上から約2メートル手前)に最も早く到達した者が権利を得るという「徒競走」で決めた。
③「くじ」の導入
ある時、競争中に一人が他方を押して足を骨折させる事故が起きたので、法廷は危険を避けるために「くじ引き」で奉仕者を決める方式へと変更した。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉Yom Kippur(ヨム・キップール:贖罪日)の法理と構造 3回目:「Yoma」1章6節〜2章2節の逐条解説:大祭司の資質と第2神殿奉仕の法理的変遷
https://note.com/mishnah/n/n773efc8b2123
今回はその続きであるが、その後はしばらく日毎の焼き尽くす献げ物の奉仕を行うのみである。
度々紹介している通り、tamidについてはシリーズとしてまとめている。不安な方はまずはこちらから学び直して欲しい。
◉祭司による「日毎の奉仕(tamid)」の完全復元【全13回・完結】――ミシュナが記録する祭儀の法理と祈りの構造
https://note.com/mishnah/n/ne0f9ce5dd9f8
ここでは、通常の日と異なる部分にフォーカスして解説する。
ヨム・キップール当日の始めは、以下のような流れである。
5回のmikvehと10回の手足の洗い
(1)terumat hadeshen
灰の一部を祭壇の横に置く。
(2)身を清める(1回目)
金の祭服を着る。この後tamidが始まる。
なお、「金の祭服」とは大祭司の通常の祭服である。

通常の日の奉仕をする時には、大祭司は金の祭服を着る。後で詳述するが、ヨム・キップール特有の祭儀の時には、白の祭服を着る。
ともあれ、この間の事情は次のように書かれている。
奉仕をする為に神殿の敷地に入る者は、たとえ祭儀的に汚れていなくても、まずmikvehで身を清めなくてはならない。ヨム・キップールの当日、大祭司は5回身を清め、10回手足を洗う。それは全てパルヴァの部屋の屋上で行う。ただし最初の回だけは除く。
最初の一文「奉仕をする為に神殿の敷地に入る者は」mikvehで身を清めることを言っているが、奉仕の為でなくても、神殿に入る者は皆身を清めなくてはならない。
本文にある通り、「たとえ祭儀的に汚れていなくても」そうする。
ヨム・キップール当日について、「大祭司は5回身を清め、10回手足を洗う」とある。
これを理解するにはまず、白い祭服について見て欲しい。

既に述べたように、白い祭服はヨム・キップールにしか用いない。大祭司はこの日、祭儀の進行に伴い、通常の金の祭服と白の祭服を交互に使う。
この着替えの時にmikvehに入る。また着替えの前後で手足を洗う。つまり1回の着替えにあたり、2回手足を洗うことになる。
間の奉仕は順々に述べるとして、この点にフォーカスして箇条書きにすると、以下の通りになる。
――terumat hadeshen――
(1回目の手足の洗い)
1回目のmikveh。金の祭服を着る。
(2回目の手足の洗い)
――奉仕――
(3回目の手足の洗い)
2回目のmikveh。白の祭服を着る。
(4回目の手足の洗い)
――奉仕――
(5回目の手足の洗い)
3回目のmikveh。金の祭服を着る。
(6回目の手足の洗い)
――奉仕――
(7回目の手足の洗い)
4回目のmikveh。白の祭服を着る。
(8回目の手足の洗い)
――奉仕――
(9回目の手足の洗い)
5回目のmikveh。金の祭服を着る。
(10回目の手足の洗い)
以上のように、大祭司はヨム・キップールにおいて、5回mikvehに入り、10回手足を洗う。
場所については「それは全てパルヴァの部屋の屋上で行う」。写真で場所を確認して欲しい。

見ての通り、パルヴァの部屋は神殿の南の壁側にある。
神殿構造物における清めの場所の特定:パルヴァの部屋と水の門の例外規定
パルヴァというのは明らかにユダヤ人ではなく、ペルシア人である。彼は至聖所における大祭司の奉仕を自分の目で見ようとして、神殿の下にトンネルを掘っていた。しかし祭司たちに見付かり、捕まったという事である。
その上に作られた部屋が、パルヴァの部屋であるらしい。
続いて「ただし最初の回だけは除く」とある。身を清める5回の内、4回はパルヴァの部屋で身を清める。しかし1回目は別の場所でする。
それは水の門の上にある。写真の場所である。

まとめると、以下のようになる。
1回目のmikveh:水の門の上
2回目のmikveh:パルヴァの部屋
3回目のmikveh:パルヴァの部屋
4回目のmikveh:パルヴァの部屋
5回目のmikveh:パルヴァの部屋
話を戻す。今はterumat hadeshenを終え、手足を洗い、1回目のmikvehに入り、金の祭服をまとい、手足を洗ったところである。
金の祭服をまとっているということは、この後毎日行う奉仕をする。次に進む。
ヨム・キップール当日における「日毎の奉仕(タミッド)」の特異性
(3)tamidのいけにえを屠る(刃を入れるのみ)
これについては、次のように書かれている。
彼らは大祭司に献げ物のいけにえを持って来る。大祭司はわずかに刃を入れ、他の者がshechitahをやり遂げる。大祭司は血を受け、祭壇に振りかける。
この日の奉仕は基本的に大祭司が全て務めることになるので、屠る時は、大祭司は少しだけ刃を入れる。他の祭司がその後刃を入れ、噴き出した血を大祭司が受けることになる。
祭器具で受けた血は、以前の記事で学んだように、祭壇の赤いラインよりも下の高さで振りかける。
(4)聖所へ移動し、献香とmenorahの奉仕をする
これについては次のように書かれている。
大祭司は朝の献香の為、menorahの準備の為に聖所の中に入る。大祭司は頭と体の部位、chavitinの穀物の献げ物、またぶどう酒を献げる。
血を祭壇に振りかけた後、大祭司は聖所の中に入る。
祭儀の効率化:単独奉仕に伴う動線の合理化と聖所内の奉仕順序
聖所の中の献香とmenorahの奉仕は、通常の日では別々の祭司がするが、ヨム・キップールはどちらも大祭司がしなくてはならない。
結論だけ述べると、彼は以下の順に行う。
5つの燭台の芯と油の確認 → 金の祭壇での献香 → 2つの燭台の芯と油の確認
そして再び外に出る。
この流れは通常の日の流れと異なる。気になる方は下の記事を参照して欲しい。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第7回:聖所開門の号砲とmenorah(メノラー)の「西側の灯火」(3章6節〜9節)
https://note.com/mishnah/n/n308388c896a9
通常の日とヨム・キップールの奉仕の流れが異なるのは、ヨム・キップールにおいては、動線の合理化を行っているからである。
ヨム・キップールでは徹夜した者が1人で全ての奉仕を行わなくてはならない。従って省ける動きは省いている。
(5)外に出て、tamidを燃やす
これについては、再掲する。
大祭司は頭と体の部位、chavitinの穀物の献げ物、またぶどう酒を献げる。
まず焼き尽くす献げ物についてだが、以前学んだ通り、いけにえの各部位は祭壇スロープの下半分に置かれる。通常の日には複数の祭司がそれを上まで運び、1人の祭司を挟んで大祭司に渡し、大祭司がそれを火に投げ込む流れになる。
しかしヨム・キップールにおいては、スロープ下半分に置かれた各部位を、大祭司自身が上まで運んで火に投げ入れる。
また、ミシュナ本文では明記されていないが、焼き尽くす献げ物には穀物の献げ物を伴う。
①小麦粉10分の1エファ
②油4分の1ヒン
③ぶどう酒4分の1ヒン
である。これを以下の順序で献げる。
(6)日毎の穀物の献げ物
上記「小麦粉10分の1エファ、油4分の1ヒン」。
(7)chavitin
(8)ぶどう酒
chavitinに見覚えが無いかもしれないが、私たちは以前詳しく学んだ。
これは大祭司が毎日朝と午後に献げる穀物の献げ物である。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第2回:聖所を貫く静寂と、祭壇の灰(1章2~4節)
https://note.com/mishnah/n/n1ecd260fa987
今回の内容は以上である。
特徴的であったのは、ここまで奉仕の内容そのものは毎日行うことであるのだが、この日は大祭司が1人で行うので、流れが異なるという事である。
結論:金の祭服から白の祭服へ―ヨム・キップール特有の祭儀への移行
この後、大祭司は手足を洗い、2回目のmikvehに入り、白の祭服に着替え、手足を洗う。
これからヨム・キップール特有の祭儀を行うのである。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉ 【シリーズ目次】ミシュナ『Yoma』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n7222129b891f
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
