Yom Kippur(ヨム・キップール;贖罪日)の法理と構造 1回目:ミシュナ「Yoma(ヨマ)」1章1節~3節に見る大祭司の隔離と聖別規定
*本稿は「ヨム・キップール(Yom Kippur:贖罪日)」の祭儀構造を、旧約聖書(トーラ)レビ記16章と、その実効的解釈を規定する口伝律法ミシュナ「Yoma(ヨマ)」篇の原典に基づき解明する。
新約聖書『ヘブライ人への手紙』9章が示す聖所構造の記述を端緒とし、大祭司に課される「7日間の隔離」の法的必然性、月経の汚れ(niddah;ニッダー)との相関、およびハスモネア朝期の歴史的背景にまで踏み込む。日本語圏において一次資料の厳密な読解によって聖書学の再構築を図るものである。
序論:ヘブライ人への手紙9章が定義する聖所・至聖所の空間構造
今回から贖罪日(Yom Kippur:ヨム・キップール)について扱う。新約聖書のヘブライ人への手紙9章には次のように書かれている。
1さて、最初の契約にも、礼拝の規定と地上の聖所とがありました。 2すなわち、第一の幕屋が設けられ、その中には燭台、机、そして供え物のパンが置かれていました。この幕屋が聖所と呼ばれるものです。 3また、第二の垂れ幕の後ろには、至聖所と呼ばれる幕屋がありました。 4そこには金の香壇と、すっかり金で覆われた契約の箱とがあって、この中には、マンナの入っている金の壺、芽を出したアロンの杖、契約の石板があり、 5また、箱の上では、栄光の姿のケルビムが償いの座を覆っていました。こういうことについては、今はいちいち語ることはできません。
6以上のものがこのように設けられると、祭司たちは礼拝を行うために、いつも第一の幕屋に入ります。 7しかし、第二の幕屋には年に一度、大祭司だけが入りますが、自分自身のためと民の過失のために献げる血を、必ず携えて行きます。 8このことによって聖霊は、第一の幕屋がなお存続しているかぎり、聖所への道はまだ開かれていないことを示しておられます。 9この幕屋とは、今という時の比喩です。すなわち、供え物といけにえが献げられても、礼拝をする者の良心を完全にすることができないのです。
まず、2節には聖所について書かれている。そこには以下のものがあるとする。
①燭台(menorah:メノラー)
②机
③パン(lechem hapanim:レヘム・ハパニーム)
これらの事については、本稿を読んできた方々には説明不要である。一応聖所の場所と、その奥の至聖所の場所を示しておく。

3~5節にはその後ろには至聖所があること、契約の箱の中にはアロンの杖や契約の板が置かれていること、契約の箱には贖いの蓋がかぶせられていて、その上にはケルビムの像があることが記されている。
これら至聖所の中のイメージに関しても問題無いだろう。不安な方は検索して確認して欲しい。
6節には「祭司たちは礼拝を行うために、いつも第一の幕屋に入ります」と書かれている。これは日毎の献香の奉仕について述べている。以下の記事で詳しく確認出来る。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第12回:聖所における「献香」の秘儀と、大祭司が「主の聖なる者」として民を祝福するまでの全行程(6章3節〜7章2節)
https://note.com/mishnah/n/necc399ddcb8a
毎日の奉仕は聖所まで入るが1年に1回、ヨム・キップールの日だけは至聖所に入る。それが「第二の幕屋には年に一度、大祭司だけが入りますが、自分自身のためと民の過失のために献げる血を、必ず携えて行きます」(7節)の言っている意味である。
これが如何なるものであるのか規定しているのが、旧約聖書の最高権威であるトーラであり、レビ記16章に書かれている。
しかしこの章は単体で読み、理解することは不可能で、口伝律法ミシュナを併せて参照しなくてはならない。
そこで今回から多くの回を設け、ミシュナを読みつつこの日の本質に迫りたいと思う。
大祭司の隔離:公の部屋(材木の部屋)の配置と聖域内居住に関する法解釈
早速、ヨム・キップールについて記録しているミシュナ「Yoma」1章1節から見る。レビ記16章は贖罪日当日の記述だが、「Yoma」はその7日前の準備段階から始めている。
次のように書かれている。
ヨム・キップールの前の7日間は、彼らは大祭司をその家から公の部屋に隔離する。彼らは他の祭司をその代わりとして確保するが、それは大祭司が不適格になった時の為である。
以前、赤い雌牛の灰を担当する祭司を7日間隔離する内容を扱った。
◉民数記19章「赤い雌牛の灰」の完全解読:ミシュナ『Parah(パラー)』に見る儀式の構造と政治的背景
https://note.com/mishnah/n/nfddc1fb8fcff
これと似たような隔離を、大祭司に行う。「似たような」というのは、赤い雌牛の灰を作る祭司は、記事で見たように極限まで汚れを受けないように配慮される。
しかしヨム・キップール前の大祭司は、完全に隔離されている状態ではない。仮庵祭において、成人男子はメインの住まいを仮庵(succah)にするように求められるが、大祭司の場合も同様である。
しかしヨム・キップールの主要な祭儀は全て、大祭司が担当する。汚れたら神殿に入ることさえ出来ないから、共同体としてそれを避けるように注意している。
隔離に関しては下のことが言われている。
①「公の部屋」とは、大祭司の為の部屋で、神殿の敷地内北側にあったとされること。
これは「材木の部屋」(Lishkat HaEtz:リシュカット・ハエッツ)であるとされる。写真の赤いしるしで囲った場所である。

見ての通り、神殿の敷地の中に配置されている。そこで、解釈上の困難が生じる。なぜなら神殿の敷地では、寝ることはおろか、座ることさえ出来ないからである。
これについては、mishmarotの祭司たちが休む火の部屋と同様に、寝るスペースは神殿からはみ出ていたとする見解がある。あるいは外側からのみアクセス出来る部屋であったので、神殿の敷地の一部とは見なされなかったという見解もある。
レビ記15章(niddah:ニッダー)が規定する汚れの回避要件
②隔離は妻との関わりの中で、最長で7日間汚れる可能性がある為、それを避ける意味がある。
月経中の女性はniddah(ニッダー)と呼ばれ、7日間汚れる。月経中の妻と性交した夫も、7日間汚れる。トーラにも以下のように書かれている。
男が女と寝て月経の汚れを受けたならば、七日間汚れる。
安全と思っても、汚れる可能性がある。そこで大祭司のメインの住まいを変える意味があるのである。
月経の汚れについては、以前の記事で詳しく扱っている。
◉12年間出血の止まらない女性の真実――レビ記15章が定める「隔離」とイエスの放免
https://note.com/mishnah/n/nc065ea1b5cb2
奉仕への習熟と予備祭司の確保:レビ記8章の任職儀礼に基づく構造
そもそも「7日間神殿の敷地に住む」というのは、トーラの次の箇所が元になっているらしい。
あなたたちは七日にわたる任職の期間が完了するまでは、臨在の幕屋の入り口を離れてはならない。
この箇所はアロンとその息子たちがそれぞれ大祭司、祭司として任職される前のものである。
大祭司の優先権と実務訓練:隔離期間中の「tamid(日毎の献げ物)」執行義務
この7日間の間、彼らは臨在の幕屋における奉仕について学んだ。同様に大祭司もヨム・キップールを前にして、奉仕の準備をするという事である。
これについては、また後で解説する。
次に「彼らは他の祭司をその代わりとして確保するが、それは大祭司が不適格になった時の為である」とある。
最後の瞬間まで、大祭司が汚れ、ヨム・キップールの祭儀を行うことが出来ない可能性はある。その為に予備の祭司を用意しておくという事である。
この補欠とも言うべき祭司は、普段は大祭司の総代理としての立場にある方のようである。従って闇雲に決めるわけではない。また、彼は「確保する」と言われており、「隔離する」とは言われていないので、7日間の制限について義務がないとされている。
次節に進む。
この7日間の間ずっと彼は血を振りかけ 、献香し、ランプを準備し、頭と後ろ足を献げる。他の全ての日については、もし自分で献げることを望むなら、献げることが出来る。大祭司には第一にその権利があるから。
「この7日間の間ずっと彼は血を振りかけ」とは、tamid(日毎の焼き尽くす献げ物)のことを言っている。tamidについては全13回のシリーズ記事がある。理解していない方は、まずそちらから見て欲しい。
◉祭司による「日毎の奉仕(tamid)」の完全復元【全13回・完結】――ミシュナが記録する祭儀の法理と祈りの構造
https://note.com/mishnah/n/ne0f9ce5dd9f8
大祭司は隔離されている7日間、自らtamidを献げる。それはヨム・キップール当日、彼がtamidを献げなくてはならないからである。その為の準備である。
その後の「献香し、ランプを準備し、頭と後ろ足を献げる」ことについても、上記シリーズの中で詳しく述べている。分からない方はそちらを参照して下さい。
次に「他の全ての日については、もし自分で献げることを望むなら、献げることが出来る。大祭司には第一にその権利があるから」とあるのは、tamidを献げる権利について言っている。
もし大祭司が望むなら、他の日も大祭司が自らtamidを献げることが出来る。大祭司に優先権があるからである。
しかし彼が望まないなら、他の祭司たちが献げることになる。
以前の記事に書いたように、祭司たちは各自家系に従ってmishmarotに属し、1年の内、大体2週間だけ神殿奉仕を担当した。
祭司個人はその中でも、1日(×2)しか神殿奉仕しない。三大祭りは全てのmishmarotが神殿に来るが、それを除けば原則1年に2日だけである。
従って、神殿における役割は如何なるものも名誉であり、熱心に求めたようである。その様子は口伝律法「tamid」の端々から出ている。大祭司が自分たちに任せてくれるなら、喜んでしたであろう。
次に進む。
サンヘドリンによる教育と歴史的背景:第2神殿時代における大祭司職の変質と実態
彼らは大祭司にラビの法廷からラビを選び、その日の奉仕について朗読させる。それから彼らは彼に言う。「主人である大祭司よ、あなたの口で朗読なさって下さい。あなたは忘れてしまったかもしれないですし、まだ学び足りない部分があるかもしれないですから。」
これは7日間の間毎日、最高法院であるサンヘドリンからラビが数人来ることを言っている。ラビたちはレビ記16章を朗読し、その内容を説明する。
これは当日の大祭司の奉仕を具体的に説明することになる。アロンとその息子たちの7日間の学びと並行している。
ラビたちは大祭司に言う。「主人である大祭司よ、あなたの口で朗読なさって下さい。あなたは忘れてしまったかもしれないですし、まだ学び足りない部分があるかもしれないですから」。これについては、少し説明を要する。
「忘れてしまったかもしれない」というのは、1年に1回の祭儀であるので、それはあり得るだろう。教会でも復活徹夜祭の典礼は、毎年リハーサルなしでは出来るものではない。
しかし「学び足りない部分があるかもしれない」とは、どういう事であろうか?これについては、第2神殿時代の、ハスモネア朝時代の残念な事情が背景にあるらしい。
この時代は大祭司の職が毎年のように売買されていた。そこで大祭司の資質について、実質が乏しかったのであろう。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Yoma』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n7222129b891f
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
