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ミシュナ『Machshirin』の法理研究 第3回:湿気・汗・蒸気を巡るhechsherの境界線と、tahor/tameiの二重構造(2章1節〜2節)

 本稿は口伝律法ミシュナ第6部『Tohorot(トホロット)』に属する『Machshirin(マフシリン)』の第3回目の解説である。

 今回は『Machshirin』2章1節〜2節の法理を解説。壁の湿気、人間の汗、汲み上げられた水(sheuvin)を取り上げ、hechsherを成立させる境界線を解説する。またtahor/tameiの二重の法的意味論を解き明かし、浴場とプールによる湿気の事案を検証する。


前回の振り返り:hechsherの成立要件と「所有者の意図」の射程

 前回は「Machshirin」の第1章を取り上げ、hechsherの法理、特に樹木を揺らして雨水が落ちる具体的な事例について解説した。

 主な内容は以下の通りである。

【1】所有者の意図と例外規定

①時系列の意図

 濡れる過程の最初か最後のいずれかで所有者が満足していれば、hechsherは成立する。

②不浄な液体の例外

 液体自体が既にtameiである場合、所有者の意図に関わらず、その食品は直ちにtameiとなる。

③聖別された食べ物

 terumahなどは、濡らされなくても自動的に不浄への感受性を持つ。

【2】樹木を揺らす行為(1章2節)

 木の実を取るため等の理由で、木を揺らし、雨水が落ちて下の作物を濡らした場合の解釈が分かれている。

①Beit Shammai(シャンマイ派)

 木を揺らす行為によってすべての水に重要性が与えられるとし、枝に残った水が後で落ちてもhechsherが成立すると考える。

②Beit Hillel(ヒレル派)

 樹木全体を「単一の実体」と見なし、実際に払い落とされた水のみにhechsherの効果を認める。枝に残った水については、満足や意図が認められない。

【3】不本意な湿潤の2つの事例(1章6節)

 略奪者から守るために果物を水(泉や川など)の中に隠した場合、当時のラビたちによって、hechsherとは認められない裁定が下された。

 しかし水を「器」に汲んでその中に入れた場合は、水自体に大地から切り離す意図があった点が重視され、hechsherが成立する。

 また自ら運べない為に急流に置いて流した場合、所有者は果物が濡れることを望んでいないため、原則としてhechsherは成立しない。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Machshirin』の法理研究 第2回:樹木の単一性、土地の付従性を巡るBeit Shammai・Beit Hillelの議論と「所有者の意図」を巡る法理(1章1節〜6節)

https://note.com/mishnah/n/n5c7d6624b98b


ミシュナ『Machshirin』2章1節――湿気・汗・汲み上げられた水(sheuvin)の法理


 今回は口伝律法ミシュナ「Machshirin」2章1節に入る。まずは本文を引用する。

 家の湿気、水槽、溝、洞窟の湿気はtahorである。

(Machshirin 2:1)

hechsher法理における「tahor」と「tamei」の二重意味論


 最初に用語について解説する。通常「tahor(タホル)」は祭儀的に清い状態を表す。しかしこの箇所では、その液体によってhechsherが成立しないという意味で用いている。すなわちその液体で作物を濡らしても、その作物は「未完成」のままであり、汚れを受けない。

 反対にhechsherが成立する場合、「tamei(タメイ)」を用いる。本稿でも何度も用いているが、通常この単語は祭儀的に汚れている状態を表す。「A氏はtameiである」と言う時、「A氏は汚れている」ことを表す。

 しかし本節で「tamei」と言う時、その液体によってhechsherが成立することを表す。

 この用法は本節に限らず、ミシュナにおいて全般的に用いられている。混乱しやすいので、以下にまとめる。

①tahor

 その液体によってhechsherが成立しないこと。「tahorの液体によって濡れた後、汚れの源に触れてもtahorのままである」と考えると覚えやすい。

②tamei

 その液体によってhechsherが成立すること。「tameiの液体によって濡れた後、汚れの源に触れるとtameiになる」と考えると覚えやすい。

 私たち異邦人にとってミシュナを分かりづらくさせるのは、「祭儀的なtahor、tameiの意味も含めて使われることもある」という事である。従って本文でtahorやtameiが出てきた場合、どこまで意味が延長されているかを意識する必要がある。

壁の湿気と人間の汗における法的地位(液体の非実体性)


 以上を前提にしてミシュナ本文を確認する。

 「家の湿気、水槽、溝、洞窟の湿気はtahorである」とあるのは、貯水していない状況について言っている。水を貯めていないが、湿気で壁に水気が生じている場合である。この時、「tahor」であると裁定されている。すなわち、この水気で食べ物が濡れても、hechsherは生じない。

 これは壁に生じる水滴は、hechsherにおける液体として定義するには、実体に乏しいからである。

 続きには次のように書かれている。

 人の汗はtahorである。

(Machshirin 2:1)

 人間の分泌物の中にはhechsherを成立させるものもあるが、汗はそれには含まれない。湿気のある場所の壁と同様に、人の汗は液体としての地位を持たない。

 続きには次のように書かれている。

 もし誰かがtameiの水を飲むなら、その汗はtahorである。

(Machshirin 2:1)

 誰かが熱い飲み物を飲んで、汗をかいた場合である。その熱い飲み物は祭儀的に汚れている。この場合の汗は、汚れた液体の熱さで出てきたものではあるが、汚れた液体そのものではない。通常の汗と同様に扱われる。そこでtahorであり、hechsherは成立しない。

「sheuvin(汲み上げられた水)」の定義と結露・大地分離の法理


 続きには次のように書かれている。

 もし誰かがsheuvinの中に入り、汗をかくなら、その汗はtameiである。

(Machshirin 2:1)

 以前「sheuvin(シェウーヴィン)」については詳しく扱った。簡単に復習すると、sheuvinとは泉や池、その他土地に接続した水槽から取り出された水である。そこには人の意図が介在している。祭儀的な清めを行うには、sheuvinであってはならない。自然に溜まった雨水や、自然に湧き出ている水である必要がある。

 sheuvinについては復習したい方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉mikvehについて――ミシュナ「Mikvaot(ミクヴァオット)」が規定する祭儀的清めの6等級と論理構造(前編)

https://note.com/mishnah/n/n075bf4271a97


 さて、ここでは人がsheuvinである風呂に入り、汗をかいた場合である。

 この時「その汗はtameiである」と裁定されている。この場合の「汗」は、単に体内の汗腺から分泌されたものではなく、熱いお湯から立ち上った蒸気が人の体で冷やされて凝縮したもの(結露)が大部分を占めると見なされる。

 上記の通りこの水は、sheuvinになった時点で、すなわち汲み上げられた時点で、既に人の「満足」を伴って土地から切り離されている。

 そのため、この水に由来する汗(結露)が食品を濡らした場合、所有者がその食品を濡らすことに満足していなくても、hechsherは成立する。

 他方で大地に接続された状態の水を風呂にして入り、汗をかくなら、その汗は必ずしもhechsherを生じさせない。なぜならこの人の体の上で結露になった水は大地から切り離されておらず、人の意図や満足を伴ったものではないからである。

 ただしhechsherが成立しないのは、人が意図的に大地に接続した水の中に入っていない場合である。不意に落ちてしまった場合にのみhechsherは成立しない。

 なぜなら意図的に入ったなら、そこから上がった時に体には水が付着し、大地から切り離される。その点に満足していると解されるからである。つまりこの場合の水で食べ物が湿気るなら、hechsherが成立する。

 続きには次のように書かれている。

 もし乾かしてから汗をかくなら、その汗はtahorである。

(Machshirin 2:1)

 ここではお湯から上がった後、「一度体をタオルで拭いてから、再び出てきた汗の扱いについて述べている。この場合はhechsherを成立させない。

 体を拭いたことで、お湯由来の蒸気(結露)は既に取り除かれた。その後ににじみ出てくるのは、純粋にその人の汗腺から出た汗である。今回の記事の最初で見た通り、これは律法上、hechsherを成立させる液体とは見なされない。

ミシュナ『Machshirin』2章2節の法理:浴場・プールの蒸気と祭儀的不浄の伝播


 次節に進む。

 tameiである浴場について、その湿気はtameiである。tahorである浴場について、その湿気は「もし水が置かれたら」の掟に含まれる。

(Machshirin 2:2)

2章2節における「tahor/tamei」の意味の再転換(祭儀的不浄への回帰


 この箇所のtameiの意味は前節と異なり、紛らわしい。前節のtameiはhechsherを成立させるという意味で用いられていた。ここでは祭儀的な汚れを持っているという意味で、「tamei」が使われている。

 ミシュナ時代の浴場は、体を洗う場所であると同時にサウナとしても利用されていたものである。スチームによって発生する蒸気の水がtameiであるので、蒸気もtameiと見なされる。

 この蒸気が食べ物に触れた場合、hechsherが成立すると同時に、食物を即座にtameiにする。

 次に浴場で使われる水がtahorである場合である。ここでのtahorには祭儀的に汚れていないのと同時に、大地から切り離されていないという2重の意味がある。

 この時浴場の中に食べ物を持ち込むなら、hechsherが成立する。元の水が大地につながっていても、蒸気として分離した時点で「大地から離れた水」と見なされるからである。

 浴場の蒸気は意図的に発生させられているので、そこに食物を持ち込む行為は、食物が濡れることを所有者が受け入れている(満足している)と見なされる。従ってhechsherが成立する。

家の中のプールにおける湿気と不浄の連鎖


 続きには次のように書かれている。

 家の中のプールについて、その為の湿気について、もしそれがtameiであるなら、プールの為の家全体の湿気はtameiである。

(Machshirin 2:2)

 家の中にプールがあり、そのプールのために家全体が「汗をかく(湿気る)」場合、もしプールの水がtameiであれば、その湿気もすべてtameiとなる。

 この湿気が食物に触れると、hechsherを引き起こすと同時に、その食物をtameiにする。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Machshirin』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n36a7a5cdda45


 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
 
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)

https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e

 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
 
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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