仮庵祭(Succot:スコット)の本質(5回目)――ミシュナ『Succah』4章9~10節・5章4節におけるnisuch hamayim(ニスーフ・ハマイム)の構造的分析と法学的定義
*ユダヤ教の最高権威であるトーラ(モーセ五書)と口伝律法『ミシュナ』の記述から「仮庵祭」の真の姿を解き明かすシリーズ5回目。
今回は『Succah』第4章および第5章に基づき、第2神殿における仮庵祭(Succot:スコット)の献水儀礼を解説する。
Beit HaShoevah(ベイト・ハショエヴァ)から夜明けの水汲みへと至る動線を、神殿の建築的構造(15段の階段、水の門、祭壇の注ぎ口)と法学的規定(都上りの歌との対応、トランペットの吹奏定義、安息日における聖別回避策)の両面から分析。エゼキエル書8:16に記述される太陽崇拝からの決別という歴史的背景を軸に、西(聖所)を向く信仰告白までも網羅。
日本語圏において欠落していたミシュナの法学的精密さを再現し、聖書学における一次資料研究の深化を目的とする。
Beit HaShoevahの総括と女性の庭における構造的改修の再認
前回は以下の内容を確認した。
【1】Beit HaShoevah(ベイト・ハショエヴァ;水汲みの祝宴)と奏楽の規定
仮庵祭の期間中、祭壇では毎日のぶどう酒の献酒に加えて、シロの泉で汲まれた「水」も献げられる。
朝の水汲みに先立って夜に行われるこの祝宴は、「これを見たことがない者は、本当の喜びを見たことがない」と言われるほどの壮観であった。
祝宴でのフルート演奏は、安息日やyom tovの規定が優先する為、祭りの期間のうち5日または6日間行われる。これは楽器が壊れた際の修理の誘惑を未然に防ぐ為、あるいは安息日の外観を損なわないための措置である。
【2】建築的改修と秩序の維持
祝宴が行われる神殿の「女性の庭」では、大規模な改修が施され、バルコニーが設置されている。
祭りの喧騒の中で男女が不適切な状況に陥るのを防ぐ為、女性はそこから、男性は庭の中から参加するよう分離された。
【3】エルサレム中を照らす巨大燭台
女性の庭に設置されている巨大な燭台は、50キュビット(約25メートル)に達したと言われ、点灯には梯子が使われており、各火皿にも120ログ(約41〜60リットル)注がれたと言われている。
灯芯には祭司の摩耗した祭服(ズボンや腰帯)が再利用された。
夜の時間、この燭台は視覚的に神の臨在を感じさせる圧倒的な光を放ち、エルサレム中のどの中庭も照らされたと言われるほどであった。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉仮庵祭(Succot;スコット)の本質(4回目)――ミシュナ『Succah』5章におけるBeit HaShoevah(ベイト・ハショエヴァ)の法学的構造と燭台の光量規定
https://note.com/mishnah/n/nd47e281a74e1
今回はその続きである。「succah」5章4節である。
ミシュナ『Succah』5章4節に見る「都上りの歌」と15段の階段の数理的対応
敬虔であり、善行で知られている男子は燃え盛るたいまつを手に踊り、賛美する。レビ人たちは竪琴やシンバル、トランペットをもって、イスラエルの庭から女性の庭に至る15段の階段の上に立つ。この15段は詩編の都上りの歌の数に相当する。そこでレビ人たちは楽器を鳴らし、賛美するのである。2人の祭司たちは上の門の傍らに、2本のトランペットを持って立つ。上の門もイスラエルの庭から女性の庭に通じる所にある。合図を受けると、彼らはtekiah、teruah、tekiahを鳴らす。
「敬虔な人々」とはトーラを愛し、神の御旨を果たすことに喜びをもってする人を言う。
「善行で知られている男子」とは共同体の中で慈善を行い、孤児を助ける等の行為で知られている人である。
神の前で、相応しい時に喜び祝うことは掟の一部である。これら共同体の中でのトーラ学者、法廷の判事等がBeit HaShoevahにおいて踊り、手を叩いて賛美する。
演奏するレビ人たちが立つのは、下の写真の階段である。緑の枠で囲ってある。

「この15段は詩編の都上りの歌の数に相当する」とあるのは、イスラエルの庭から女性の庭へ抜けるこの階段が15段であり、それは詩編120~134の「都上りの歌」と呼ばれる15の詩編に対応しているという事である。
夜明けのトランペット吹奏(tekiah, teruah)と空間的動線の遷移
「2人の祭司たちは上の門の傍らに、2本のトランペットを持って立つ」とあるが、「上の門」は写真の赤い印で囲った所である。
ここで注意するべきは、Beit HaShoevahは夜の祝宴だが、祭司たちがトランペットを吹くのは夜明けであるという事である。
合図を受けると、2人の祭司がトランペットを吹く。「tekiah、teruah、tekiah」という吹き方については、下のリンクから確認して欲しい。
◉角笛(shofar:ショーファール)の律法的定義――口伝律法ミシュナに基づく音響と意図
https://note.com/mishnah/n/n61e9d73f7aea
続きを確認する。
彼らが10段目に到達すると、tekiah、teruah、tekiahを鳴らす。彼らが庭にまで 到達すると、更にtekiah、teruah、tekiahを鳴らす。庭に到着したら、彼らはtekiah、teruah、tekiahを鳴らす。彼らは東に達するまで、tekiahを鳴らし続ける。彼らが東の門にまで達した時、西に向きを変えて言う。「私たちの先祖は背中を聖所に向け、顔を東側に向けていた。彼らは東の太陽に向かって礼拝したのである。しかし私たちの目はヤーに向いている。 」
冒頭の「彼ら」は祭司たちである。進む方向としては、イスラエルの庭から女性の庭へ下っている。
「10段目」は「10段下りて、下から5段目」であるのか「5段下りて、下から10段目」であるのか明らかではない。
いずれにしても、ここまで来ると、再び「tekiah、teruah、tekiah」を吹き鳴らす。
「庭に到着したら、彼らはtekiah、teruah、tekiahを鳴らす」とあるのは、女性の庭に降り立ったら、tekiah、teruah、tekiahを鳴らすことを言っている。
「彼らは東に達するまで、tekiahを鳴らし続ける」とは、文字通りにはtekiahのみ鳴らし続けると読める。この「東」は東の門である。上の写真の黄色で囲った所である。
続きである。
エゼキエル書8章16節との対照:太陽崇拝の排斥と聖所(西)への志向性
私たちの先祖は背中を聖所に向け、顔を東側に向けていた。彼らは東の太陽に向かって礼拝したのである。しかし私たちの目はヤーに向いている。
これは至聖所の方向は太陽とは真逆である。第1神殿時代、先祖たちは太陽を拝んでいた。エゼキエル書には次のように書かれている。
彼はわたしを主の神殿の中庭に連れて行った。すると、主の聖所の入り口で、廊と祭壇の間に、二十五人ほどの人がいて、主の聖所を背にし、顔を東に向けていた。彼らは東に向かって太陽を拝んでいるではないか。
第1神殿時代、太陽崇拝は盛んに行われていた。第2神殿時代以来、その誘惑は取り除かれている。
門を出た後の流れは以下のようになっている。
ミシュナ『Succah』4章9節:献水用祭壇の物理的設計と流体力学的規定
どのように水を献げるのだろうか?シロの泉で3ログの大きな杯に水を満たす。水の門まで来たら、tekiah、teruah、tekiahを吹く。彼は祭壇を上り、左を向く。
「彼」は水汲み担当の祭司と思われる。トランペットを吹く祭司たちも随行していることは、水を汲んで「水の門」まで来た時、トランペットを演奏することから分かる。
水の門は下の写真の赤い印で囲った箇所である。

「水の門」という名称自体、この仮庵祭で汲んだ水を神殿の中に運ぶ時に通る門であるから付けられている。
「彼は祭壇を上り、左を向く」とあるが、通常は右回りである。仮庵祭では、逆回りするらしい。続きである。
そこに2つの窪みがある。ラビ・ユダは言う。「それらは漆喰である。しかしぶどう酒で黒ずんでいる。」
それぞれ薄い鼻の穴のような穴がある。ひとつは広く、ひとつは狭い。どちらも同時に流れるように。西側は水の為、東側はぶどう酒の為。もし彼が水をぶどう酒の穴に入れてしまい、ぶどう酒を水の穴に入れてしまっても、有効である。
祭壇の南西の角に2つの注ぎ口があることは、前回見たばかりである。どちらがぶどう酒用で、どちらが水用なのかも確認した。
ここで1つ興味深いのは、ラビ・ユダが「ぶどう酒の方の注ぎ口はぶどう酒の為に黒ずんでいる」と証言していることである。
「ひとつは広く、ひとつは狭い」とあるのは、ぶどう酒よりも水の方が速く流れることから仕様を異なったものにしている。どちらも同じタイミングで無くなるように意図されている。
「もし彼が水をぶどう酒の穴に入れてしまい、ぶどう酒を水の穴に入れてしまっても、有効である」とある。入れる穴を間違えても、無効要件を構成しないという事である。
次節に進む。
安息日における聖別規定と資材管理の法学的特例
週日に行われる通りに、安息日にも行われる。ただし安息日の前には聖別していない金の樽でシロから水を汲み 、部屋の中に置いておく。
まず安息日も週日も、仮庵祭の期間同様の仕方で水を注ぐことを言っている。
「ただし安息日の前には聖別していない金の樽でシロから水を汲み、部屋の中に置いておく」とは、聖別した祭器具の中に入れたものは、それ自体聖別されたと見なされるからである。
聖別されたものは、そのまま夜を明かすと無効になり、使えなくなる。しかし安息日には持ち運びが制限されるので、前日に準備しておく必要がある。それを回避する為、聖別されていない祭器具で運ぶことにしたものである。
続きである。
露出した液体(飲料)の不浄規定と『Tamid』篇との儀礼的整合性
もしこぼしてしまったり、蓋をしていなかったなら、水盤から補充する。というのも蓋をしていないぶどう酒や水は祭壇で使ってはならないから。
「水盤」については過去の記事で見た。下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第2回:聖所を貫く静寂と、祭壇の灰(1章2~4節)
https://note.com/mishnah/n/n1ecd260fa987
蓋をしていない水が不適格になるのは、蛇がそれから水を飲み、中に毒を残しておく恐れを考慮している。ここでは飲むものではないが、祭儀に用いるものとしては不適格とされる。
水を注ぐのは、日毎の焼き尽くす献げ物ぶどう酒の注ぎと同じタイミングになる。不安な方は次の記事から確認して欲しい。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第13回:第二神殿における献酒の儀礼と、祭壇を揺るがすトランペットの残響、そして復活の日まで(7章3節〜4節)
https://note.com/mishnah/n/nf7d029ea3668
以上でBeit HaShoevahと水の注ぎについての解説を終えた。次回仮庵祭のmussaf(ムーサフ)とShemini Atzeret(シェミニ・アツェレット)について確認し、このシリーズを終える。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉三大祭りの法理学全説:トーラとミシュナから復元する過越祭・除酵祭(Pesach:ペサハ)、七週祭(Shavuot:シャヴオット)、仮庵祭(Succot:スコット)(全18記事・完結)
https://note.com/mishnah/n/n8fa728c36e30
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
