初子の聖別と贖いにおける口伝律法『ミシュナ』の法理(後編)――『Bechorot』第4章および『Zevachim』5章における「養育義務」と「聖別保持」の法的根拠
*本稿では、口伝律法ミシュナの第5部『Kodashim』の『Bechorot』第4章を中心に、家畜の初子における聖別保持と贖いの法理を詳説する。
トーラ(出エジプト記22:29)の規定を超える「養育義務期間」の法的根拠、祭司の受領における外観の瑕疵、および不適格個体の市場価値と利益帰属の原則を検証。更に、神殿崩壊後の実務規定や、和解の献げ物(shelamim:シェラミーム)との比較を通してkodashim kalimの聖性的特異性を解明する。
日本語圏における既存の聖書解釈を排し、伝統的な註釈に基づいた厳密な律法解釈を提示するものである。
序:初子の聖別と贖いの基本法理
前回は以下の内容を扱った。
【1】bechorot(ベホロット):初子の聖別
イスラエルの人々の間で「最初に胎を開く(初子)」ものは、人であれ家畜であれ、神のものであるとされる。この掟はエジプト脱出の際、イスラエルの初子が守られた記憶に由来する。
人の場合、母親にとって最初の男子で、生後30日間生存した子が対象となる。父親が祭司に銀5シェケルを支払うことで贖う。
【2】家畜の初子と贖いの法理
土地の分配後の掟であり、基本的には「清い(kosher:コーシャ)」とされる雄の家畜(牛、羊、山羊)が対象となる。
ろばはkosherでない動物だが、例外的に聖別が命じられている。その贖いは羊または山羊を祭司に渡すことで行う。
贖うまでは、所有者はそのろばから一切の利益(使役など)を得てはならない。
贖わない場合は、首を折る(実際にはナイフで切る)ことが命じられており、その死骸は食べずに埋めなければならない。
【3】免除規定と挙証責任
ろばの子が異邦人との共同所有や貸借関係のものである場合、初子の掟から免除される。
祭司とレビ人に関しては、その所有する家畜には初子の義務はない。これは、レビ族がイスラエルの初子の身代わりとして聖なる奉仕を引き受けた事から、「kal vahomer(類推の適用)」の論理に基づいている。
以上の内容に不安な方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉初子の聖別と贖いにおける口伝律法『ミシュナ』の法理(前編)――「Bechorot(ベホロット)」第1章:聖性の定義、免除の類推、および挙証責任の原則
https://note.com/mishnah/n/n09f10702e52f
今回はkosherの動物の贖いについて扱う。
ミシュナ「Bechorot 」4章1節における養育義務の期間設定
あなたの牛と羊についても同じようにせよ。七日の間、その母と共に置き、八日目にわたしにささげねばならない。
このようにトーラでは「8日目」に祭司に渡すものと命令している。しかし口伝律法ミシュナ「Bechorot」4章1節には、次のように書かれている。
どのくらいの期間、イスラエルの民はbechorの面倒を見なくてはならないだろうか?小さい家畜においては30日、大きな家畜では50日である。ラビ・ヨセは言う、「小さい家畜においては3ヶ月である 」。もし祭司が彼に対して、この期間が満たない内に、「私にください」と言うなら、彼は渡してはならない。
祭司に渡すのは、神に対する命令に応える形で行われる。大きな負担や配慮を要するものは、そのまま祭司に渡すのは相応しくない。そこでトーラの規定よりも長く、所有者に「養育義務」を課している。
それが「小さい家畜」(羊や山羊)は30日であり、「大きな家畜」(牛)は50日とする。
その後のラビ・ヨセの異論は、実際のところ羊や山羊について、牛に比べてより長い期間を要するというものである。しかしこの見解はhalachahではない。
祭司の受領における「外観と本質」――雇用の風評回避
「もし祭司が彼に対して、この期間が満たない内に、『私にください』と言うなら、彼は渡してはならない」とは、外観と本質の問題がある。
terumahを受け取るにあたって、祭司はイスラエルの民の仕事の手伝いをしてはならない。terumahを受け取る為に、祭司がその他のイスラエルの人々に雇われている風に見えるからである。
同じ事がbechorについても考慮されている。「養育期間」が満たない内に、祭司の要求があったとしても、初子を渡してはならない。その他のイスラエルの民から請け負った外観を呈するからである。
続きは次のように書かれている。
もし傷を負っていて、彼が彼に「私にください、食べますから」と言うなら、彼は渡してよい。
bechorは傷を負ったなら、屠って食べてよい。これに関しては次のように書かれている。
不適格な献げ物の市場流通と利益帰属の原則
全て不適格になった献げ物は市場で売ってよいし、shechitahしてよいし、リトラの秤で計ってよい。ただしbechorとmaaserは除く。なぜなら利益は所有者にあるから。不適格になった献げ物について、その利益は聖なる場所へ行く。部分は部分で計ってよい、bechorの場合とは異なって。
軽い傷ではなく、永続的な傷を負った場合、祭壇に献げることは出来ない。それを贖った後、自分で食べたり市場で売ることが出来る。
「リトラの秤で計ってよい」とは、正確に重さを測定し、それに従って売ってよいことを言っている。
しかしその一部はbechorに関して許されない。理由として、「利益は所有者にあるから」とされている。「bechorは祭司の所有であるから、世俗的な方法で売ると祭司の利益になるが、それは相応しくない」という事である。
祭司が売るなら、自分の家で内輪でしなくてはならない。市場で高く売ることを期待してはならない。
しかも、傷を負った他の種類の献げ物のように、正確に重さを計って売るような仕方であってはならない。「bechorの場合は異なる」とはこの事を言っている。
なぜなら、重さを正確に計り、売るのは商売気のある仕方である。もし祭司が売るなら、もっと大雑把でなくてはならない。
この節の「不適格になった献げ物について、その利益は聖なる場所へ行く。部分は部分で計ってよい」とは分かりにくい表現である。
bechor(とmaaser)以外の不適格になったいけにえは、売ったらその代価が神殿の宝物庫に行くことを言っている。
「部分は部分で計ってよい」は、先程のリトラの秤のことを繰り返している。正確に重さを計り、売ってよい。
繰り返すがbechorの場合、大体の目安で売り、売ったら代価は祭司のものになる。
bechorについては、いつまで食べてよいのか期間も決まっている。次のように書かれている。
bechorはその年の内に食べなくてはならない、完全であろうと傷を負っているのであろうと。次のように書かれている、「あなたの神、主の御前で、年ごとに、主が選ばれる聖所で、家族と共にそれを食べなさい。」(申15:20)
これは1歳になるまでの間に食べるという事である。祭司が祭壇に献げて許容された肉の部位を食べるか、傷を負ったものを所有者が食べるか、いずれにしてもこの期間になる。
神殿崩壊後におけるbechorの保持期間と消費制限
神殿崩壊以降については話が変わる。神殿が崩壊した後は、そもそも祭司に渡し、祭司が祭壇に献げることが不可能であるから。
この点「Bechorot」4章2節には次のように書かれている。
もし1年目に傷を負うなら、12ヶ月保持してよい。1年目が過ぎるなら、30日まで保持してよい。
生まれてから1歳になるまでの間に傷を負ったなら、所有者は1歳になるまではbechorを手元に置いておいてよい。しかし1年目が過ぎてから傷を負ったなら、30日以内に食べなくてはならない。
この規定は神殿が崩壊した後、bechorを消費するのは、傷を負ってから以外にあり得なくなったことから来ている。生後1年未満であろうと、1年以後であろうと、神殿崩壊以降の時代においては傷を負うまでは処分出来ない。そこで、1年経過した場合も取り上げ、規定している。
以上で不適格になったbechorについての説明を終える。
kodashim kalim(軽い聖なるもの)としてのbechorの定義と屠殺規定
次に、清い(tahor:タホル)bechorをどのように献げるのかに移る。まずはトーラの引用から。
17しかし、牛、羊、山羊の初子は、贖ってはならない。これらは聖なるものである。その血を祭壇に振りかけ、その脂肪を焼いて煙にする。これは、燃やして主にささげる宥めの香りである。 18肉は、奉納物の胸の肉や右後ろ肢の場合と同じく、あなたのものとなる。
この掟に関して、ミシュナ「Zevachim」5章にはより具体的に書かれている。
bechor・・・はkodashim kalimである。敷地内のどこで屠ってもよく、血は1回撒かれるが、基の上に流さなくてはならない。bechorは祭司のみ食べる・・・(中略)・・・エルサレムの城壁内のどこで食べてもよい、誰によって、如何なる仕方で準備されてもよい、2日間と1つの夜の間。
まずbechorは「kodashim kalim(コダシーム・カリーム)」と呼ばれている。kodashim kalimについては以前の記事で述べたが、文字通りには「軽い聖なるもの」を表す。
これに対して「kodshei kodashim(コドゥシェイ・コダシーム)」は「聖なるものの中でも聖なるもの」を表す。焼き尽くす献げ物がその典型である。両者には幾つかの差異がある。
①kodshei kodashimは祭壇の北側で屠らなくてはならないが、kodashim kalimは祭壇の北側でなくてもよい。
②kodshei kodashimは神殿の敷地の中で、祭司のみが食べられる。しかしkodashim kalimはエルサレム城壁内であればよい。
③kodshei kodashimはその日の夜中までしか食べることが出来ない。kodashim kalimは2日間とその間の1晩食べることが出来る。
高い聖性を持つkodshei kodashimの方が、制限が強い。
kodshei kodashimとkodashim kalimについては、以前の記事で詳しく解説しているので、不安な方は下のリンクから確認して欲しい。
◉七週祭(Shavuot:シャブオット)の法理(下):『民数記』mussaf(追加の献げ物)の順序と、和解の小羊にみる「聖性」の転換
https://note.com/mishnah/n/n90104c703c46
話をbechorに戻すと、「bechor・・・はkodashim kalimである」。従って神殿内の敷地であれば、どこで屠ってもよいし、その肉はエルサレムの城壁内であれば、どこで食べてもよい。
食べてよい時間については、2日間とその間の夜である。
これらの条件はbechorと、kodashim kalimの典型である和解の献げ物との間で共通している。
比較法理:和解の献げ物(shelamim)とbechorの祭儀上の相違点
しかしbechorについては、和解の献げ物との相違点も多い。以下に箇条書きにする。
【1】和解の献げ物
①誰でも自発的に献げることが出来る。
②按手する(レビ3:2)。
③奉納(tenufah)を行う(レビ7:30)。
④血は祭壇の「四つの側面」に振りかける(レビ3:2)。
⑤肉は祭司、所有者、所有者の客人が食べる(レビ7:15~34)。
【2】bechor
①初子のみ。
②按手しない。
ミシュナ「Menachot(メナホット)」9章に次のように書かれている。
全ての個人のいけにえは按手する。bechor、maaser、過越のものを除いて。
③奉納(tenufah)を行わない。
④血は祭壇の「四つの側面」に振りかけず、1回振りかけるだけである(「血は1回撒かれる」)。
⑤肉は祭司のみ食べる(「bechorは祭司のみ食べる」)。
次に、初子として献げる家畜の扱いについてである。
19牛や羊の雄の初子は、みなあなたの神、主に奉献しなければならない。牛の初子を仕事に使ってはならない。羊の初子の毛を刈ってはならない。 20あなたの神、主の御前で、年ごとに、主が選ばれる聖所で、家族と共にそれを食べなさい。
結び:所有権の否定と聖別保持の禁止事項
bechorは「自分の財産」ではなく、生まれた時から「神に属するもの」であるので、毛を刈ったり、使役するなど、自分の利益の為に用いることが出来ない。
以上で祭司に与えられるbechorotについての説明を終える。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉聖別と奉納の法理:ミシュナが解き明かす「祭司の取り分(matanot kehunah:マタノット・ケフナ)」と聖なる生活秩序の全貌
https://note.com/mishnah/n/nb10ab99a02a4
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
