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初子の聖別と贖いにおける口伝律法『ミシュナ』の法理(前編)――『Bechorot(ベホロット)』第1章:聖性の定義、免除の類推、および挙証責任の原則

*口伝律法ミシュナ第5部『Kodashim』の『Bechorot(ベホロット)』に基づき、旧約聖書の「初子の聖別」を解説するシリーズ1回目。

 今回は人の初子の贖いから、ろばの初子に関する特殊な規定、祭司・レビ人の免除特権、事実不明時の挙証責任までを網羅。トーラの原典とhalachah(ハラハー)の論理から「律法の現場」の真実を明らかにします。


はじめに:イスラエルにおける聖別された供え物の総括


 これまでbikkurim、terumah、challahについて扱った。各献げ物の定義は以下のようなものであった。

【1】bikkurim

 イスラエルが賛美される7種の産物(小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろ、オリーブ、なつめやし)の最上の実りについて、maamadの町からエルサレムの聖所に運び、祭司に渡す。

 祭司はbikkurimに対して自由な処分権を持っている。

【2】terumah

 品目は「穀物、ぶどう酒、オリーブ油」(申18:4)であり、トーラに割合の指示はされていない。しかしラビたちは次のように定めた。

①賞賛される:40分の1

②標準的:50分の1

③最低限:60分の1

 祭司とその家族、および祭司が所有する奴隷のみが食べる権利を持っている。

【3】challah

 5種類の穀物(小麦、大麦、スペルト、オート、ライ)の粉でパンを作る際、「捏ねた生地」の一部を祭司の取り分として取り分ける日常的な義務である。

 約1.2kg〜1.6kg以上の生地を扱う場合に義務が生じ、家庭用では生地の24分の1、商売用では48分の1を取り分ける。

 数が多いので、ここで1つ1つリンクは貼らない。記事の最後にシリーズ目次のリンクを付けるので、気になるものはそちらから確認して欲しい。

 上記bikkurim、terumah、challahはいずれも祭司に与えられるものであった。

 今回は4つ目としてbechor(ベホール)、複数形はbechorot(ベホロット)を扱う。まずはトーラから引用する。

bechor(ベホール:初子)の定義:出エジプトの記憶と聖別の宣言

 1主はモーセに仰せになった。 2「すべての初子を聖別してわたしにささげよ。イスラエルの人々の間で初めに胎を開くものはすべて、人であれ家畜であれ、わたしのものである。」 

(出13:1~2)

 家畜の初子は生まれたときから主のものであるから、それが牛であれ、羊であれ、だれもそれをささげることはできない。それは主のものである。

(レビ27:26)

 まずここでは、人であれ家畜であれ、初子は聖別されていることを言っている。次は出エジプト記13章から引用する。

 11主があなたと先祖に誓われたとおり、カナン人の土地にあなたを導き入れ、それをあなたに与えられるとき、 12初めに胎を開くものはすべて、主にささげなければならない。あなたの家畜の初子のうち、雄はすべて主のものである。 13ただし、ろばの初子の場合はすべて、小羊をもって贖わねばならない。もし、贖わない場合は、その首を折らねばならない。あなたの初子のうち、男の子の場合はすべて、贖わねばならない。 14将来、あなたの子供が、『これにはどういう意味があるのですか』と尋ねるときは、こう答えなさい。『主は、力強い御手をもって我々を奴隷の家、エジプトから導き出された。 15ファラオがかたくなで、我々を去らせなかったため、主はエジプトの国中の初子を、人の初子から家畜の初子まで、ことごとく撃たれた。それゆえわたしは、初めに胎を開く雄をすべて主に犠牲としてささげ、また、自分の息子のうち初子は、必ず贖うのである。』 16あなたはこの言葉を腕に付けてしるしとし、額に付けて覚えとしなさい。主が力強い御手をもって、我々をエジプトから導き出されたからである。

(出13:11~16)

 順番に解説する。この出エジプトの歴史的背景は読者の方々もよくご存知であるが、神がエジプトからイスラエルを救われた時、エジプトの初子は全て打たれた。

 だから、冒頭の通り、イスラエルにおいては人も家畜も初子は聖別されたものと見なされる。

人の初子の贖い:生後30日の規定と代金


 まず、人の初子について簡単に解説する。人の初子は並行する動物と同じく、母親にとって「最初に胎を開いた」男子に限られ、女子は対象外である。

 ただし生後30日間生存した子が、律法上の正式な「人の初子」と見なされる。もしも30日以内に亡くなった場合は、贖いの義務は発生しない。

 贖いの方法だが、基本的に父親が息子の為に代金を支払う。具体的には銀5シェケルを祭司に支払うことによって果たすものとされる。

 しかし人の初子の贖いについては、以前の記事で詳しく解説している。不安な方は下のリンクから確認して欲しい。

◉ルカによる福音書2章の『問題』を解く――ミシュナが明かすイエスの奉献と、出産後の清めの真実

https://note.com/mishnah/n/n71b71f92a1f8

 今回は祭司に与えられる4つ目のものとして、動物の初子について扱う。

動物の初子とkosher(コーシャ)の厳格な適用


 まず「カナン人の土地にあなたを導き入れ、それをあなたに与えられるとき」(11節)とあることから、初子(bechor;ベホール)の掟はカナンの土地に入り、土地の分配を受けた後の掟になる。

 「あなたの家畜の初子のうち、雄はすべて主のものである」とある通り、対象になるのは雄に限られる。

 「ただし、ろばの初子の場合はすべて、小羊をもって贖わねばならない。もし、贖わない場合は、その首を折らねばならない」とある。

 このろばに関する規定の背景については、kosher(コーシャ)について理解する必要がある。旧約聖書の最高権威であるトーラ(モーセ五書)には次のように書かれている。

 2地上のあらゆる動物のうちで、あなたたちの食べてよい生き物は、 3ひづめが分かれ、完全に割れており、しかも反すうするものである。

(レビ11:2~3)

 この「食べてよい」ものがkosherと呼ばれる。条件は以下の2つである。

①蹄が完全に割れている。

②反すうする。

 これに該当するのは牛、羊、山羊等である。動物の中で初子として献げなくてはならないのは、基本的にkosherであるものに限られる。しかしろばに関しては、kosherでないのだが、トーラから特別に指示されているので、献げなくてはならない。

 ただし、kosherである家畜の初子と、kosherでないろばの初子では、贖いの方法が異なっている。ろばの方法については、上記引用のトーラの中で明記されている。

ろばの初子の特殊性:kosherでない動物に対する「贖い」と「断首」の法

 ろばの初子の場合はすべて、小羊をもって贖わねばならない。もし、贖わない場合は、その首を折らねばならない。

(再掲出13:13)

 これによると、ろばの初子は基本的に小羊をもって贖う。しかしここには翻訳の壁があり、実際は山羊でもよい。

 原文で使われている単語は羊だけでなく、山羊をも含む語だからである。雄でも雌でも構わない。

 日本語で「小羊」と訳されている通り、この単語には若いことも意味として含むが、ここではどの年齢でも、傷があっても可とされている。

 贖いの後、羊か山羊は祭司の所有になる。その後、ろばは所有者が自由に使ってよい。贖いに先立っては、所有者は如何なる利益もろばから受けてはならない。

 この辺りの事情については、口伝律法ミシュナ「bechorot」1章を見てみよう。

 異邦人所有のろばの子を買う者、または売る者は、たとえそれが許されないものであっても 、あるいは彼と共同所有者になるなら、または彼からろばを預かるなら、または預けるなら、bechorの掟から免除される。次のように書かれている、「イスラエルにおいて」(民3:13)、―他の者たちではない。

(Bechorot 1:1)

 分かりにくい表現が並んでいるが、言っていることは「異邦人と『大きな家畜』(牛や羊など)の取引は認められていない。しかし既に行われてしまったのなら、事後的に有効となる」という事である。

 異邦人から買ったろばが初子であった、または売ったものが初子であったなら、その個体についてはbechorの掟の遵守は求められない。贖う義務は消滅する。

 これは共同所有者になった場合や、貸与した場合等も同様とされている。

 同じ「bechorot」1章1節には、続きとして次のように書かれている。

祭司とレビ人の免除規定:kal vahomer(類推の適用)による法理

 祭司とレビ人のろばは免除される、kal vahomerによって。もし彼らが荒野においてイスラエルの人たちを免除したのなら、彼らが自分自身を免除するべきなのは適切なことであるから。

(Bechorot 1:1)

 まず「kal vahomer」についてだが、これは簡単に言うと類推することを意味する。

 ここでは祭司とレビ人の存在によって、その他のイスラエルの民に成し遂げられたことを元にして、祭司とレビ人所有の家畜にも類推して理解するという事である。

 これだけでは分からないと思われる。トーラから引用する。

 12見よ、わたしはイスラエルの人々の中からレビ人を取って、イスラエルの人々のうちで初めに胎を開くすべての初子の身代わりとする。レビ人はわたしのものである。 13すべての初子はわたしのものだからである。エジプトの国ですべての初子を打ったとき、わたしはイスラエルの初子を人間から家畜に至るまでことごとく聖別して、わたしのものとした。わたしは主である。

(民3:12~13)

 これに先立つ長い間、献げ物を献げる奉仕(avodah)は初子によって行われてきた。アダムからモーセに至るまでである。

 レビ族だけは金の子牛の罪に関わらなかったので、幕屋の建設の後には、初子に代わって彼らが献げ物の奉仕avodahに携わることになった。

 このように、レビ族(祭司とレビ人)はイスラエルの初子の聖性を解消し、自ら引き受けたものである。その彼らであるから、自分たちの家畜の初子の聖性についても、解消したと考えられるという事である。

 それが上記の「kal vahomer」(類推の適用)である。具体的には、祭司とレビ人に関しては、bechorotを献げる義務はない。しかしその他のイスラエルの民はbechorを献げる。

 先の節に進む。次のように書かれている。

事実確定不能時の所有権:挙証責任のhalachah(ハラハー)

 もしまだ生んだことのないろばが2頭の雄を生んだなら、―彼は1匹の羊を祭司に与えなくてはならない。もし雄と雌を生んだなら、―彼は1匹の雄羊を自分の為に取っておく。

(Bechorot 1:3)

 母のろばが2匹の雄を生んだなら、必ず1匹はbechorである。その1匹の分について贖いをしなくてはならない。具体的には、本文の通り羊であるか、山羊で贖う。

 しかしもしも雄と雌を生み、どちらが先に生まれたか分からないなら、初子である可能性が残るその雄ろばの使用は禁止される。初子でない可能性もあるのだが、ろばの初子を贖う掟は旧約聖書の最高権威であるトーラの命令である。

 許容されない可能性があるのなら、厳しい基準で対応しなくてはならない。

 ただ、bechorでない可能性もあるので、所有者が保持し続けることになる。

 正しい事実が確定出来ない場合、他者から利益を得る側の方に、挙証責任があるという原則がある。ここでは、祭司においてそのろばの子が初子であると証明されるなら、祭司の利益である。

 従って祭司がそのろばの子に関して、初子であることを証明しない限り、所有者の元に留まる。

 次である。

 もし彼がそれを贖うことを望まないなら、彼は後ろから大きなナイフで首を切らなくてはならないし、埋めなくてはならない。
 贖いの掟は首切りに先行する、次のように書かれている、「もし、贖わない場合は、その首を折らねばならない。」(出13:13)

(Bechorot 1:7)

 これは本文の通りである。羊か山羊で贖うのが原則だが、それが叶わない場合、首を切る。トーラの本文では首の骨を折るだけに読めるが、実際は小型の斧のようなナイフで、切るのである。

 その後所有者はろばの子を埋める。誰も食べてはならないからである。

 今回の解説は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉聖別と奉納の法理:ミシュナが解き明かす「祭司の取り分(matanot kehunah:マタノット・ケフナ)」と聖なる生活秩序の全貌

https://note.com/mishnah/n/nb10ab99a02a4

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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