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自分の記事を国語の問題にして、いばりたかった夜

深夜1時。
私はパソコンの前で、自分の記事を
国語の問題にしていました。

原因は、AIです。
いや、もっと正確に言うと、
いばりたかったからです。

遠藤周作は、
自分の作品をもとにした国語の問題を
やってみたら、全然解けなかった、
という話を茶化して書いていました。

清水義範は、
そういう国語の問題を、
パロディとして茶化していました。

要するに、二人とも、
国語の問題のばかばかしい部分を、
いじっていたのです。

だから、私もやってみたくなりました。
なぜかというと、
大作家とパロディの名手と同じことをやって、
いばりたかったからです。

私は自分の記事を、
全部NotebookLMのソースに入れました。

そして、中学生向けと高校生向けの
読解問題と回答を、それぞれ10問ずつ
作ってもらいました。

私はその時点で、かなりいい気分でした。
まだ何も起きていないのに、
少し文学寄りのところへ足を
踏み入れたような気がしていたからです。

最初に来たのは、刀の話でした。
物置から刀が出てきて、
私が勝手に一攫千金の夢を始め、
勝手に失望した、あの話です。

NotebookLMは、
それをこう解釈していました。

「存在しない財産を失った喪失感を、
自作自演として客観視し、
滑稽さを笑いに変えることで
精神的ダメージをやわらげている
心理である。」

待ってほしい。

急にこちらが、かなり傷ついた
繊細な人みたいになっています。

違うのです。

私はあの時、もっとこう、
部屋のすみで勝手に盛り上がって、
勝手にしょんぼりしただけです。
宝くじに当たったと思ったら、
当たってなかったぐらいのテンションです。
確かに、結構がっかりはしました。
でも、それを喪失感とか
精神的ダメージとか言われると
全然違います。

次は、欠勤理由の話でした。

AIに会社を休む言い訳を出させていたら、
言い訳の世界は広い、人類はまだまだ休める、
という妙な元気が出てきた、あの話です。

NotebookLMは、
それをこう解釈していました。

「自分で理由を制限していただけだと気づき、
まだ見ぬ可能性が無数に存在すると発見した。」

やめてほしい。

急にこちらが、可能性に目覚めた人
みたいになっています。

でも、違うのです。

私はそんなに明るく前を向いていません。
アップルパイでは休みにくいが、
旅行なら休みやすい。
職場のそういう妙な空気を見て、
少しおちょけてみたくなっただけなのです。

そう。
まるで、NotebookLMの解釈は、
教育番組みたいでした。

私が半分ふざけて書いたものを、
きちんと受け止めて、
立派な答えにしてくれる。

NotebookLMは、国語の問題の
ばかばかしい部分まで、
ちゃんと再現してくれたのです。

でも、その瞬間。
私はまた一つ、
精神的無敵の人になりました。

ついに私は、
読解問題にいい感じに解釈されて
困る側の人間になりました。

無敵だ。
最強だ。

たぶん、私がやりたかったのは、
これだったのです。
茶化して書いたのに、あとから誰かに、
生真面目に読まれて、きれいに解釈されて、
少し困る。

人間の気持ちは、
そんなに一つではありません。
勝手に盛り上がりながら、
どこかで冷めてもいる。
がっかりしながら、
少しおもしろがってもいる。
ばかにしながら、少し救われてもいる。

そういう、ごちゃごちゃしたものを、
国語の問題とNotebookLMは、
きれいに一本にしてきます。

私はその夜、
自分の記事をNotebookLMに読ませながら、
大作家やパロディの名手の文才には
遥か遠く及ばないけれど、少なくとも、
国語の問題に妙に立派に読まれて困る側へは、
少しだけ近づけた気がしました。

かなり変な方向ですが、
私はかなり満足しました。

いばれる。

そう思ったからです。


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