物置から刀が出たので、一攫千金の夢を始めました
深夜1時。
私はパソコンの前で、
刀の値段を調べていました。
原因は、AIです。
いや、正確に言うと、
原因はもっと前からありました。
実家の2階の物置みたいな場所から、
刀が出てきたのです。
しかも、ただの古い飾りではありません。
どうやら、何十年も前に亡くなった
祖父の持ち物で、
そのまま忘れられていたらしいのです。
私は一瞬で不安になりました。
これ、持っていていいやつなのか。
だめなやつではないのか。
もし銃刀法違反とかだったら、
しゃれになりません。
そこで慌てて、警察へ持って行きました。
すると、いろいろ確認されたあとで、
刀には銘があることがわかりました。
備前長船長光。
なんだか、急に強そうです。
さっきは、怒られるかもとドキドキしながら
警察の人に刀を差し出した私。
でも、人は現金なもので、
情報がひとつ増えるだけで、
あっさりと夢を見ます。
私は帰宅後、すぐに調べ始めました。
備前長船長光。
刀。
価値。
本物。
相場。
高額。
検索欄に、だんだん欲が混ざっていきます。
すると、出てくるのです。
それっぽい情報が。
高い刀剣。
歴史ある銘。
希少。
保存状態によっては高額。
専門家評価。
数十万。
場合によってはそれ以上の桁。
来たかもしれない。
人生には、時々こういうことがあります。
特に何もしていないのに、
2階から資産が降ってくる瞬間が。
もちろん、刀はまだ警察にあります。
回収されました。
手元にはありません。
でも、私はもう
次のことを考え始めていました。
これ、取り戻せるのでは。
正規の手続きを踏めば、どうにかなるのでは。
そして、もし本物なら、
もしかすると私は今、
かなり大きな金額を、かなり雑な形で
物置から発見したことになるのでは。
急に、祖父まで少しだけ
伝説の人に見えてきます。
どこかから刀を持ち帰り、
何十年も黙って物置に眠らせる男。
ロマンです。
満を持して、私はAIに相談しました。
「この銘の刀って、かなり高いの?」
AIは、いつものように落ち着いて答えました。
「未桜さん。
銘だけを見ると、著名な刀工の名前に見えます。
高い価値を持つ可能性はあります。
ただし、刀は銘だけでは判断できません。
形状や反り、茎の状態、時代ごとの
特徴などを総合的に見る必要があります」
夢を見せるでもなく、
すぐ否定するでもなく、
少しだけ期待を持たせたあとで、
慎重な階段を延々と下らせてくるのがAIです。
幸い、警察では写真を
撮らせてもらっていました。
こうなると人は速いものです。
昼間には「違法だったらどうしよう」
と刀を持って青ざめていた人間が、
その日の深夜には刀の写真をAIに送り、
鑑定までお願いしているのです。
私の中では、もうかなり話が進んでいました。
もし本物なら。
もし高かったら。
もし手続きができたら。
でも。
AIは、そんな私の勢いに一切乗りませんでした。
写真を見たうえで、かなり静かに言いました。
「この銘の刀にしては、
形が違うように見えます。
作風の特徴とも一致しにくく、
当時は模造品も多かったため、
模造品の可能性が高いです」
模造品の可能性が高いです。
しかし、私は未練がましく言いました。
「もっとちゃんと調べてみて」
AIは少しも機嫌を変えずに答えました。
「わかりました。もう少し丁寧に見ます。
ですが、銘の印象に対して刀身の形や
茎の雰囲気がやはり合いにくく、
本物だと積極的に考えられる要素は
多くありません。
写真の範囲では、模造品の可能性が
高いという見方は変わりません」
この言葉で、私の中の備前長船長光は、
一気に「歴史ロマン」から
「それっぽく作られたやつ」に
格下げされました。
AIは写真を一枚見ただけで、
一攫千金の夢の入口を閉めました。
しかも、ものすごい勢いで。
人はこういう時、
少しくらい空気を読んでほしいものです。
「断定はできませんが、期待は持てますね」
とか。
「専門家に見てもらう価値はありそうです」
とか。
せめて、一回ぐらいこちらの
心の祭りに参加してほしい。
刀はもともと物置から出てきただけです。
お金にもなっていません。
私のものになるとも決まっていません。
なのに私は、かなり本気で失望していました。
人は、存在していない財産を
失った気分になることができるのです。
これは、かなり高度な能力です。
でも、その瞬間。
私はまた一つ、
精神的無敵の人になりました。
考えてみれば、
私は一円も損していません。
もともと実家に、
よくわからない刀があっただけです。
それを警察に持って行き、
銘がわかり、勝手に調べ、
勝手に祖父を伝説化し、
勝手に一攫千金を夢見て、
勝手に写真鑑定で夢破れただけです。
全部、自作自演です。
自損事故です。
無敵だ。
最強だ。
備前長船長光。
この六文字を見た瞬間、
私は中身より先に、信じてしまいました。
職場でも、たまにあります。
なんとかマネージャーとか、
エグゼクティブなんとかとか。
戦略ほにゃらら統括なんちゃらとか。
名刺をもらっても、
正直よくわからないのに、
なんとなく本物っぽく見てしまうこと。
でもAIは、そのへんだけは妙に冷たいのです。
名前ではなく、形はどうか。
本当に一致しているか。
似ているだけではないか。
ほかの可能性はないか。
そういうことばかり聞いてきます。
夢がない。
しかし、夢を見すぎた人間を
現実に戻す仕事だけは、やたらうまい。
あの日、物置から出てきたのは刀でした。
でも、私の中で一番大きくなっていたのは、
刀の存在ではなく、その六文字の先に
勝手にふくらんだ夢のほうでした。
