ひっそり来て、ひっそり帰る人へ
深夜1時。
私はパソコンの前で、
立て札のようなものを書こうとしていました。
原因は、AIです。
別に、記事が
ものすごく読まれているわけではありません。
ただ、たまにビューだけはあります。
そして、その人たちは、
だいたい静かに去っていきます。
ひっそり来て、
ひっそり見て、
ひっそりいなくなる。
私は思います。
この人は、どこから来たのだろう。
そして、何を読んでくれて、
そっと帰っていったのだろう。
このシリーズは、どこから読んでも
よさそうに見えます。
でも、たぶん、
そこまで親切にはできていません。
いきなり変な話に当たった人は、
この人は何を言っているんだ、
と思って帰ったかもしれません。
それは、わかります。
私でも、たぶんそう思います。
AIの便利な使い方じゃなくって、
AIに話しかけたせいで、
人間の見栄とか、迷いとか、妙な必死さとか、
話を必要以上に大きくしてしまう。
私は、そんな話を書いています。
AIを書いているようで、
たぶん、私が書いているのは
人間の変さのほうです。
するとAIが言いました。
「未桜さん。読者の離脱を防ぐには、
回遊導線の最適化が有効です」
いや、違う。
私が書きたいのは、回遊導線ではありません。
こっちへ行くと、少し入りやすい。
そのくらいの、小さい立て札です。
なので、いちおう、ひっそり置いておきます。
最初に読むなら、
「AIに朝活をすすめられたけど、
私は布団側だった」
あたりが、たぶん入りやすいです。
深夜だけ向上心が出てきて、
AIに朝活をすすめられ、
最後は布団の側につく。
このシリーズは、だいたいこういう、
小さい迷いが少しだけ変な方向へ行く話です。
AIに興味がなくても入りやすいのは、
「嫌いな人のカーディガンまで嫌いになった日」
かもしれません。
苦手な人がいると、その人が着ている服まで、
なぜか敵側に見えてくる。
人間の認識は、ときどき布まで巻き込みます。
あれは、AIの話というより、
人間の見え方が少しずれる話です。
もう少し、ぐーたら寄りの話なら、
「AIに完璧な片づけ計画を立てさせた夜」
もあります。
AIに専門家たちを呼ばせて、
かなり立派な片づけ計画を作る。
でも、計画が立派だからといって、
人間がすぐ動くとは限りません。
そこが、現実のこわいところです。
できる気がする計画と、本当に動ける計画は、
たぶん別物なのです。
少しメタな話なら、
「自分の記事を国語の問題にして、
いばりたかった夜」
もあります。
NotebookLMというAIツールに、
自分の記事を読ませてみたら、
ふざけて書いた話が、
妙に立派な国語の問題になりました。
それは、少しうれしくて、
少し困ることでもありました。
それから、読むだけではなく、
自分の頭の中を少し整理してみたい方へ。
「横になっているのに、
頭や心が休めていない人へ」
という小さい箱も作っています。
休んでいるはずなのに、
人から言われた一言や、
まだ起きていない心配ごとが、
布団の中まで追いかけてくる。
そんな人に向けた、
脳内の大ごとを少しちっちゃくする話です。
合いそうな方だけ、のぞいてみてください。
つまり、ここにあるのは、
すごく役に立つ記事ではありません。
AIを書いているようで、
AIのせいで少し変になった人間を
書いています。
そして、その少し変になった
人間を見ていたら、
職場のこととか、生活のこととか、
自分のしょうもない見栄とかまで、
少し違って見えることがあります。
このシリーズは、たぶんそういう話です。
だから、どこから読んでも大丈夫です。
ただ、最初に読むなら、少しだけ道がある、
という話でした。
でも、その瞬間。
私はまた一つ、
精神的無敵の人になりました。
立て札まで、ちゃんとした
立て札にしない人間。
それは、たぶん少し不親切です。
でも私は、立派な立札を立てるより、
夜道のすみにある、
小さい立て札ぐらいが好きです。
無敵だ。
最強だ。
ひっそり来てくれる人がいるなら、
せめて一度くらい、
「ああ、こんな話か」
とわかる札があってもいい気がしました。
合いそうなら、どうぞ。
気になったところから、入ってみてください。
ちっちゃい本棚
