見出し画像

MVP ARCHIVE HISTORY | Economic : Wall Street Crash of 1929 / ウォール街大暴落 - 繁栄の裏で積み上がった信用が数日で崩れた

Wall Street Crash of 1929 / ウォール街大暴落 - 繁栄の裏で積み上がった信用が数日で崩れた

MVP ARCHIVE HISTORY > Economic > Wall Street Crash of 1929 / ウォール街大暴落 - 繁栄の裏で積み上がった信用が数日で崩れた

ウォール街大暴落 - 繁栄の裏で積み上がった信用が数日で崩れた

1929年10月、ニューヨークの株式市場で株価が急落した。
10月24日の Black Thursday、10月28日のBlack Monday、そして10月29日の Black Tuesday、大量の売り注文が市場へ流れ込み、それまで上昇を続けてきた株価は急速に崩れた。

ウォール街大暴落 は、しばしば 世界恐慌 の「 始まり 」として描かれる。
しかし、株価暴落 そのものが 世界恐慌 のすべてを生み出したわけではない。

1920年代のアメリカでは、産業の成長、大量生産、大量消費、信用取引、銀行融資、株式投機が同時に拡大、その上に形成された巨大な金融市場が崩れ、その衝撃が銀行、企業、家庭、そして国際金融へ伝わっていった。

Wall Street Crash を見ることは、繁栄の中で積み上がった信用と期待が反転したとき、その影響が社会全体へどのように広がるのか。
その過程を見ることである。

1920年代のアメリカ

第一次世界大戦 後、アメリカは世界最大の経済大国の一つとして存在感を強め、自動車、電気製品、化学、通信、映画など新しい産業が成長し、大量生産によって多くの商品が市場へ供給された。

自動車では Ford などによる生産方式が普及し、ラジオ、冷蔵庫、掃除機などの耐久消費財も家庭へ広がっていった。
消費の拡大を支えたものの一つが信用だった。

商品の代金を分割して支払う割賦販売が普及し、将来の所得を前提として現在の商品を購入する生活が広がった。
企業も設備投資を拡大し、金融市場には大量の資金が流れ込んだ。
1920年代後半のアメリカには、急速な経済成長と新しい消費社会が存在していた。

株式市場への資金流入

経済成長への期待は株式市場にも向かった。
株価が上昇すれば、新たな投資家が市場へ参加し、株式への需要が増え、さらに株価が上昇、さらに投資を呼び込む。

1920年代後半には、この循環が大きくなった。
株式市場は企業の将来利益だけでなく、「 これからも株価は上がる 」という期待そのものによって動く部分を拡大していった。

Margin Buying - 借金で株を買う

当時の株式投資を拡大させた重要な仕組みが、Margin Buying( 証拠金取引 )で、投資家は株式購入額の全額を自分で用意する必要がなく、一部を自己資金として支払い、残りを証券会社などから借りて株式を購入することができた。

株価が上昇している間、この仕組みは利益を大きくする反面、株価が下落すると、同じ仕組みが逆方向へ働く。
信用によって拡大した市場は、下落局面では信用によって下落を加速させる構造を持っていた。

株価と経済の間に生まれた距離

1929年までに株価は大幅に上昇していた。
代表的な株価指数である Dow Jones Industrial Average は、1921年から1929年まで長期的な上昇を続け、1929年9月3日に381.17の高値を記録した。
一方、実体経済には変化が現れ始めていた。

農業部門は1920年代を通じて厳しい状況にあり、農産物価格の低迷と農家債務が問題となっており、1929年には工業生産にも減速が現れる。
それでも株式市場では高い成長期待が維持されていた。

1929年10月24日 ― Black Thursday

1929年秋、株価の下落が目立つようになる。
そして10月24日、大量の売り注文がニューヨーク証券取引所へ殺到した。
Black Thursdayである。
取引量は急増し、株価は大きく下落、市場の混乱を抑えるため、大手銀行家たちは資金を投入し、主要企業の株式を買い支え、一時的に市場は落ち着きを取り戻した。

10月28日・29日 ― 市場の崩壊

週末を挟んだ10月28日、株価は再び急落、Dow Jones Industrial Average はこの日約13%下落した。
翌10月29日、Black Tuesdayには売り注文がさらに集中、約1,600万株が取引され、当時としては記録的な取引量となった。

株式を売却しようとする人々が増える一方、買い手は不足した。
価格を下げても売れない株式が現れ、市場は急速に価値を失っていった。
数週間前まで資産として評価されていた株式が、短期間で巨大な損失へ変わった。

暴落は一日で終わらなかった

株価はその後も変動しながら長期的に下落を続け、Dow Jones Industrial Average は1932年7月に 約41% まで低下する。
1929年9月の高値から約89%の下落だった。

市場が1929年の高値を再び上回るのは1954年になってからだった。
つまり1929年10月は、単なる数日間の市場パニックではなく、長期間続く資産価格下落の入口だった。

株価暴落から銀行へ

株価下落だけなら、直接損失を受けるのは主として株式を保有している人々であるが、当時の金融システムでは、株式市場と銀行が信用を通じて接続していた。

銀行自身が証券市場へ関与し、株式購入のための融資も行われていた。
株価が下落すると、担保価値が低下し、融資の回収が難しくなる。
さらに企業収益が悪化し、借入金を返済できない企業が増える。

銀行の経営状態への不安が広がれば、預金者は銀行から現金を引き出そうとし、多数の預金者が同時に引き出しを求める Bank Run( 取り付け騒ぎ )が発生すると、銀行は急速に資金を失う。

1930年以降、アメリカでは銀行破綻が相次いだ。
株式市場で始まった金融不安は、銀行制度へ広がっていった。

信用収縮

銀行が損失を抱えれば、新しい融資には慎重になり、企業は設備投資のための資金を借りにくくなり、家庭も住宅や商品の購入資金を得にくくなる。
企業の売上が減少すれば、生産を縮小し、雇用が減少、失業が増えれば、消費がさらに減少、消費が減れば、企業の売上が再び減る。

こうして、
金融不安 → 信用収縮 → 投資減少 → 生産減少 → 失業増加 → 消費減少
という循環が形成された。
株価の問題が、実体経済の問題へ変化していった。

世界へ広がる金融危機

第一次世界大戦 後の国際金融は、アメリカの資金と深く結びついていた。
ヨーロッパ諸国はアメリカへ戦時債務を抱えていた。

ドイツは連合国へ賠償金を支払い、そのドイツ経済をアメリカからの融資が支えるという資金循環が形成されていた。
アメリカ国内で金融危機が発生すると、海外への資金供給も縮小する。
アメリカ資本への依存度が高かった国々は大きな影響を受けた。

ウォール街で起きた 株価暴落 は、すでに存在していた国際金融の脆弱性と接続し、国境を越えて世界的な経済危機の一部となっていった。

Wall Street CrashとGreat Depression

Wall Street CrashGreat Depression は同じものではない。
株式市場の暴落は1929年10月に発生した。
Great Depression は、生産、雇用、銀行、貿易、物価、国際金融など広い範囲に及んだ長期的な経済危機である。
世界恐慌 には、金融政策、銀行制度、金本位制、国際債務、貿易政策、需要減少など複数の要因が関係した。

株価暴落という巨大なショックを吸収できない脆弱性が、金融と経済の複数の場所に存在していたことである。

金融制度の変化

危機は、その後の金融制度を変え、1933年、ルーズベルト政権 は全国的な Bank Holiday を実施し、銀行制度の再編を進めた。
同年成立した Banking Act によって Federal Deposit Insurance Corporation( FDIC )が設立、一定額までの銀行預金を保護する制度が導入された。

1933年のSecurities Act、1934年の Securities Exchange Act によって証券市場への規制も強化され、1934年には Securities and Exchange Commission( SEC )が設立された。

企業の情報開示、市場監視、証券取引のルールが整備されていく。
1929年以前の市場が前提としていた「 市場参加者自身による規律 」だけでは、金融システム全体の安定を守れないという経験が制度へ反映された。

繁栄の中にある脆弱性

危機は必ずしも、危機的な状態から始まるわけではない。
経済が成長しているときにも、借入、投機、資産価格、金融機関、国際資金などの内部には脆弱性が蓄積することがあり、上昇している間、その構造は問題として見えにくい。

信用は経済を拡大する力であると同時に、失われたときには危機を伝播させる経路にもなる。

Archive Point

Wall Street Crash of 1929 は、1929年10月にニューヨーク株式市場で発生した大規模な 株価暴落 である。

1920年代のアメリカでは経済成長とともに株式投資が拡大し、Margin Buying など信用を利用した投資も広がっていた。
株価が下落すると、信用によって拡大していた市場構造が逆方向へ作用し、大量売却とさらなる価格下落を引き起こした。

しかし、株価暴落 だけが Great Depression を生み出したわけではない。
銀行制度、信用、企業活動、国際金融、金本位制、貿易など複数の構造が接続することで、金融市場の衝撃はより大きな経済危機へ広がっていった。

1929年は、金融市場と社会全体がどれほど深く接続しているのかを示した出来事だった。

MVP ARCHIVE HISTORY > Economic > Wall Street Crash of 1929 / ウォール街大暴落 - 繁栄の裏で積み上がった信用が数日で崩れた


いいなと思ったら応援しよう!

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー