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MVP ARCHIVE HISTORY | Economic : Bretton Woods System 1944-1970初頭 / ブレトン・ウッズ体制 大戦後の新しい通貨金融の仕組み

Bretton Woods System 1944-1970初頭 / ブレトン・ウッズ体制 大戦後の新しい通貨金融の仕組み

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ブレトン・ウッズ体制 大戦後の新しい通貨金融の仕組み

1944年7月、第二次世界大戦 が終結へ向かうなか、44か国の代表がアメリカ・ニューハンプシャー州 Bretton Woods に集まった。
世界はすでに、第一次世界大戦 による 金本位制 の混乱、1929年以降の世界恐慌、通貨切り下げ、貿易制限、経済圏の分断を経験していた。

そこで構築されたのが Bretton Woods System( ブレトン・ウッズ体制 )であり、金、米ドル、各国通貨、固定相場、そして国際機関を接続し、戦後世界の経済活動を支える共通ルールをつくる試みだった。

金本位制の後に何を置くのか

19世紀後半から 第一次世界大戦 以前、多くの国では Gold Standard( 金本位制 )が採用されており、各国通貨を一定量の金と交換できるようにすることで、通貨間の交換比率も安定しやすくなる。

しかし 第一次世界大戦 によって各国の財政と金融は大きく変化し、従来の 金本位制 は崩れ、戦後には復帰が試みられたものの、1929年以降の 世界恐慌 によって再び大きな問題に直面する。

金との交換を維持するためには、金準備を守る必要があるため、深刻な不況の中でも、国内景気を支える金融政策より通貨と金の関係維持が制約となる場合があった。

1930年代には多くの国が 金本位制 から離脱した。
しかし、各国通貨の価値を何によって結びつけるのかという問題が残る。

Bretton Woods Conference

1944年7月、44か国の代表が参加する United Nations Monetary and Financial Conference が開催された。

会議では英国の経済学者 John Maynard Keynes と、アメリカ財務省のHarry Dexter White らが中心的な役割を担った。
Keynes は国際決済単位「 Bancor 」を中心とする構想を提示した。
一方、White 案では米ドルを中心とする制度が想定されていた。

最終的に成立した制度では、第二次世界大戦 末期に巨大な経済力と金準備を持っていたアメリカと、その通貨である US Dollar が中心に置かれた。
ここから戦後のドル中心国際通貨体制が形成されていく。

Gold → Dollar → Currency

Bretton Woods 体制 の基本構造「 Gold → US Dollar → 各国通貨 」

アメリカは外国政府や中央銀行などの公的機関に対して、1トロイオンスの金=35 US Dollar という交換比率を維持し、一方で、各国は自国通貨とドルとの為替レートを設定し、その価格を一定範囲に保った。

ドルを金へ結び、各国通貨をドルへ結ぶ。
ドルが金と世界の通貨を接続する中心に置かれたのである。

固定相場制

現在の主要通貨は、外国為替市場で価格が日々変化する Floating Exchange Rate System( 変動相場制 )を基本としている。
Bretton Woods 体制 では、各国は自国通貨とドルの交換比率を決め、中央銀行が為替市場へ介入するなどして、そのレートを一定範囲に維持した。

日本では1949年以降、1 US Dollar=360 Yen ( 固定相場 )

輸出入、投資、国際決済を拡大するための重要な条件だった。
Bretton Woods は、古典的金本位制 より調整余地を持たせた 固定相場制度 だった。

IMFとWorld Bank

国際収支が悪化して外貨不足に陥った国が、自国通貨を守るため急激な金融引き締めや貿易制限を行えば、その影響は他国にも及ぶ。
そこで Bretton Woods 会議から誕生したのが International Monetary Fund( IMF )である。

IMF は加盟国の国際収支問題に対して資金を供給し、国際通貨制度 の安定を支える役割を担っうと同時に、同時に International Bank for Reconstruction and Development( IBRD )も設立された。

後の World Bank Group の中心となる機関で、当初は戦争からの復興と経済開発への資金供給を重要な目的としていた。
つまり Bretton Woods は、
通貨のルール +固定相場 +資金支援 +国際機関
を組み合わせた制度だった。

世界経済の成長とドル

第二次世界大戦 後、西ヨーロッパと日本では復興が進み、世界貿易は拡大、国際取引ではドルが広く使用されるようになる。
世界経済が成長するほど、貿易や金融に必要なドルも増加、そのドルを世界へ供給できるのはアメリカだった。

海外投資、輸入、政府支出などを通じてアメリカからドルが国外へ流れ、それが世界経済を動かす国際流動性となった。
ところが、Bretton Woods 体制 そのものが新しい問題を生み出す。

ドルと金の矛盾

ドルは国際経済を動かすために必要だった、しかし同時に、
35 Dollar=1トロイオンスの金
という約束も維持しなければならない。

世界経済が拡大と合わせ、アメリカの金準備が同じ速度で増えるわけではないため、世界へドルを十分供給しなければ国際経済の拡大を支えにくい。
国際通貨としてドルを供給することと、ドルの金交換への信用を維持することが衝突する、 Triffin Dilemma( トリフィンのジレンマ )がある。
Bretton Woods 体制 は、世界経済が成長するほど自らの基盤へ圧力が加わる問題を抱えていた。

1960年代

1960年代になると、西ヨーロッパや日本の経済力が回復し、アメリカ以外の工業国の存在感が増し、海外で保有されるドルも増え続けた。
外国政府や中央銀行がドルを金へ交換すれば、アメリカの金準備は減少することになる。

金準備が減れば、ドルは本当に35ドルで金と交換され続けるのか
という信用問題がさらに大きくなり、Bretton Woods 体制 の中心に置かれたドルと金の接続が、次第に維持困難になっていった。

Nixon Shock

1971年8月15日、Richard Nixon 大統領 は新しい経済政策を発表した。
その中で国際通貨制度を決定的に変えたのが、ドルと金の交換停止だった。
いわゆる Nixon Shock( ニクソン・ショック )である。

Bretton Woods 体制 を支えていた、「 Gold ⇄ US Dollar 」
という接続が切れ、当初は一時的な措置として発表されたが、従来の金交換制度へ戻ることはなかった。

変動相場制へ

1971年12月、主要国は Smithsonian Agreement( スミソニアン協定 )によって固定相場制を再構築しようとした。

国際的な資金移動が拡大し、市場で形成される為替価格と政府が維持しようとする価格との差を中央銀行の介入だけで抑えることが難しくなった。
1973年、主要国は相次いで固定相場制から離脱、日本も同年2月に変動相場制へ移行した。

Gold Standard → Bretton Woods System → Nixon Shock → Smithsonian Agreement → Floating Exchange Rate System

Bretton Woodsは消えたのか

固定相場制 としての Bretton Woods 体制 は終了した。
しかし、IMF と World Bank は現在も活動している。
ドルは金との交換を失ったにもかかわらず国際金融の中心的通貨として残り、国際貿易、金融市場、外貨準備などでドルは広く利用され続けている。

金との交換可能性から、アメリカ経済の規模、金融市場、政府・中央銀行、法制度、国際的な利用と信用へ。
通貨を支える構造そのものが変化したのである。

Archive Point

Bretton Woods System( ブレトン・ウッズ体制 )は、第二次世界大戦 後の国際経済を安定させるため、1944年に設計された国際通貨制度である。
ドルを1トロイオンス=35ドルで金へ結び、各国通貨をドルへ固定することで、国際的な為替レートを安定させた。

同時に IMF と IBRD が設立され、通貨だけでなく国家間の金融協力を制度として構築した。
しかし世界経済の成長とともに海外のドルが増加すると、アメリカの金準備との交換関係を維持することが困難になり、1971年の Nixon Shock でドルと金の交換が停止され、1973年には主要国が変動相場制へ移行した。
Bretton Woods の重要性は、固定相場制が約四半世紀続いただけではない。

金本位制 が崩れた世界で、通貨・国家・国際機関を接続し、共通ルールによって世界経済を動かそうとし、その制度が限界を迎えたことで、世界は現在につながる変動相場と信用を中心とした通貨制度へ移っていった。

Bretton Woods は、金を基準とした通貨の時代と、現代の国際金融をつなぐ転換点だった。

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