製造業向け|「はい」と返事をしても、理解できているとは限らない
「分かりました」
そう返事があると、教えた側は少し安心します。
こちらは説明した。
相手も返事をした。
だから、分かっているはず。
現場では、どうしてもそう考えてしまいます。
でも実際に作業を始めると、思っていたやり方と違う。
注意したはずのところを見ていない。
危ないから止めてほしい場面で、そのまま進めようとしている。
そこで出てくるのが、
「さっき説明したよね」
「はいって言ったよね」
「なんで分かってないの?」
という言葉です。
言いたくなる気持ちは分かります。
教える側にも、自分の仕事があります。
一日中、横について見ていられるわけではありません。
ただ、ここで一度考えたいのです。
その「はい」は、本当に理解した返事だったのでしょうか。
「はい」と言われると、教えた側は安心してしまう
現場では、返事をすることが当たり前になっています。
上司や先輩に説明されたら、まず「はい」と言う。
分からない顔をすると、空気が少し重くなる。
何度も聞き返すと、「さっき言った」と言われる。
そういう空気の中では、完全に理解していなくても返事をしてしまうことがあります。
これは新人だけの話ではありません。
初めて入る工程なら、ベテランでも分からないことはあります。
異動してきた人も同じです。
外国人作業者がいる職場なら、言葉の壁もあります。
「返事はするけど、分かっていない」
「はいと言ったのに、違うことをする」
「言葉が通じないから難しい」
こういう話は、現場でよく聞きます。
たしかに、言葉の問題はあります。
文化の違いもあるでしょう。
細かいニュアンスが伝わらないこともあります。
でも、それだけで片づけると、現場はあまり変わりません。
もし自分が、言葉の通じない国で働くことになったらどうでしょうか。
説明されていることは分かる。
でも、細かい意味までは分からない。
分からないと言いたいけれど、何をどう聞けばいいかも分からない。
周りは忙しそうで、何度も止めるのも申し訳ない。
そんな状態で「分かりましたか」と聞かれたら、返事をしてしまうかもしれません。
仕事を雑にやりたいわけではない。
失敗して怒られたいわけでもない。
やり直しを増やして、周りに迷惑をかけたいわけでもない。
それでも失敗するのは、理解できていないからです。
そして、理解できていない理由を本人だけに押し付けると、同じミスはまた起きます。
教える人も、自分の仕事を抱えている
もちろん、教える側にも余裕があるわけではありません。
新人や慣れていない人に、ずっと付きっきりで教えるのは難しいです。
自分の担当作業もある。
納期もある。
後工程から急かされることもある。
現場では、教える人も作業者です。
教育係という名前がついていたとしても、自分の仕事が消えるわけではありません。
誰かに説明している間、自分の手は止まります。
その遅れは、あとで自分に返ってくることもあります。
だから、返事があれば先に進めたくなります。
「分かったなら、もうやってほしい」
「何度も同じ説明をする時間はない」
「分からないなら、最初に聞いてほしい」
そう思うのは自然です。
ただ、分かっていないまま進められる方が、あとで怖い。
手直しで済めば、まだいいかもしれません。
材料を無駄にする。
工程が遅れる。
納期が詰まる。
それだけでも痛いですが、本当に怖いのは事故です。
機械の使い方を間違える。
重量物の扱いを誤る。
刃物や電動工具の危険を理解していない。
安全確認をしないまま作業に入る。
大きな事故になれば、「分かっていると思った」では済みません。
本人が傷つく。
教えた側も責任を感じる。
現場全体が止まる。
場合によっては、会社全体の問題にもなります。
教育は面倒です。
でも、面倒を見る時間を削った結果、もっと大きな損失になることがあります。
返事ではなく、もう一度できるかを見る
理解しているかどうかは、返事だけでは分かりません。
見るべきなのは、同じ作業をもう一度できるかどうかです。
説明を聞いたあとに、実際にやってもらう。
どこを見て判断するのかを確認する。
良品と不良品の違いを一緒に見る。
危ない作業だけは、作業前に必ず止めて確認する。
それだけでも、返事だけで進めるより安全です。
最初から立派なマニュアルを作る必要はありません。
よく間違えるところだけ写真を撮る。
毎回同じ説明をしている部分だけメモにする。
危険な作業だけ動画にする。
言葉で伝わりにくい部分だけ、見本を置いておく。
このくらいなら、現場でも始めやすいはずです。
もちろん、それでも手間はかかります。
写真を撮るのも、手順を書くのも、忙しい時には面倒です。
でも、毎回同じ説明をしているなら、そこだけでも残した方が早いことがあります。
人が変わるたびに同じ説明をする。
教える人によって言うことが少し変わる。
聞いた側は、何を基準にしていいか分からなくなる。
そういう状態が続くくらいなら、一度残してしまった方がいい。
教育資料は、作る時だけを見ると手間です。
でも、使い回せるようになると、現場を助ける道具になります。
教育資料は、その人だけのためではない
資料を作るというと、大げさに聞こえるかもしれません。
きれいなマニュアル。
整った手順書。
誰が見ても分かる完璧な資料。
そういうものを最初から作ろうとすると、ほとんどの現場では続きません。
最初は、もっと小さくていいと思います。
この向きで取り付ける。
ここに傷があったら止める。
この寸法は必ず確認する。
この機械は、ここに手を入れない。
この状態になったら、必ず上司を呼ぶ。
そういう「ここだけは間違えると困る」という部分を残すだけでも違います。
一度作った資料は、その人だけのためには終わりません。
次に新人が入ってきた時にも使えます。
異動してきた人にも使えます。
外国人作業者にも、写真や図があれば伝えやすくなります。
教える人が変わっても、最低限伝える内容をそろえられます。
もちろん、一度作ったら完成ではありません。
使ってみると、不足しているところが出てきます。
この写真では分かりにくい。
この説明だと勘違いされる。
ここでよく間違える。
この順番で教えた方が伝わりやすい。
そういう部分は、あとから直せばいい。
教育資料は、最初から完成品として作るものではありません。
現場で使いながら、足りないところを足していくものです。
教育は、今の負担だけで見ない方がいい
教育は本当に大変です。
自分の仕事を止めなければならない。
思ったように伝わらない。
何度も同じことを言う。
失敗すれば、教えた側にも負担が返ってくる。
だから、面倒を見る時間を取りにくいのも分かります。
それでも、そこで向き合った人が、いつか職場の力になることがあります。
最初は何度も確認していた人が、少しずつ自分で判断できるようになる。
作業の意味を理解して、後工程のことまで考えられるようになる。
気づけば、次に入ってきた人へ教える側に回っている。
そこまで育てば、その人はもう「手のかかる人」ではありません。
職場にとって必要な人になります。
もちろん、全員が思った通りに育つわけではありません。
教えれば必ず伸びる、という簡単な話でもありません。
それでも、返事だけを見て「分かっているはず」と進めるよりは、理解できる状態を作った方がいい。
それは本人のためだけではありません。
教える側を守るためでもあります。
事故を防ぐためでもあります。
次に入ってくる人を助けるためでもあります。
「はい」と返事をしたかどうかではなく、本当に理解できているか。
同じ作業を、次も正しくできるか。
危ない場面で、自分から止まれるか。
そこを見ることが、現場の教育だと思います。
返事を確認するだけでは、現場は守れません。
守るべきなのは、返事ではなく、同じ作業をもう一度正しくできる状態です。
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