「病気未満のしんどさ」は、心が弱いからではない
研修講師、手話通訳士の横山熊太郎です。
AIを活用しながら、シニア向けの情報や、書籍やガジェットの紹介などをしています。
職場にいると、ふとした瞬間に心が重くなることがあります。
上司がため息をついた。
同僚の返信がそっけなかった。
会議で自分の発言に反応が薄かった。
誰かが小声で話しているのを見て、自分のことではないかと思ってしまった。
冷静に考えれば、たいしたことではないのかもしれません。
それでも、頭の中ではすぐに悪い方向へ話が進んでいきます。
「自分が何か失敗したのではないか」
「嫌われているのではないか」
「やっぱり自分はダメなのではないか」
こうした思考がぐるぐる回り始めると、仕事そのものよりも、心の疲れのほうが大きくなってしまいます。
今回紹介するダイヤモンド・オンラインの記事では、こうした状態を「病気未満のしんどさ」として取り上げています。
とても大切なのは、このしんどさを「心が弱いから」と片づけていないことです。
むしろ、ネガティブな考えが瞬時に浮かぶのは、脳の自然な働きでもある。
そう考えると、少し見え方が変わってきます。(ダイヤモンド・オンライン)
ネガティブ思考は「脳の速報テロップ」
記事の中で印象的だったのは、自動思考を「ニュースの速報テロップ」のように説明している点です。
何か出来事が起きた瞬間、頭の中にパッと考えが浮かぶ。
「怒らせたかもしれない」
「自分のせいかもしれない」
「また失敗するかもしれない」
「どうせうまくいかない」
このような考えは、じっくり考えた結論ではありません。
反射的に浮かんだ、いわば速報です。
ところが、私たちはその速報を、つい確定情報のように扱ってしまいます。
上司がため息をついた。
速報「自分のせいだ」
返信が遅い。
速報「嫌われた」
会議で反応が薄い。
速報「自分の意見は価値がない」
でも、速報は速報です。
事実とは限りません。
上司は単に疲れていただけかもしれません。
返信が遅いのは、相手が忙しいだけかもしれません。
会議で反応が薄いのは、全員が考え込んでいただけかもしれません。
つまり、心がしんどくなる原因は、出来事そのものではなく、その出来事に対して瞬時に浮かんだ解釈を、事実だと思い込んでしまうことにあるのです。
しんどさは「考えすぎ」ではなく「自動運転」かもしれない
ネガティブな考えが止まらないとき、多くの人は自分を責めます。
「また考えすぎている」
「どうして自分はこんなに弱いのか」
「もっと前向きにならなければ」
でも、ここでさらに自分を責めると、しんどさは二重になります。
最初のしんどさに加えて、
「しんどくなっている自分はダメだ」
という二つ目のしんどさが生まれてしまうからです。
記事では、自動思考は脳の省エネ機能だと紹介されています。
人間の脳は、毎回すべてを一から考えているわけではありません。過去の経験や記憶をもとに、すばやく判断しようとします。
これは本来、悪いことではありません。
危険を避ける。
失敗を減らす。
早く判断する。
無駄なエネルギーを使わない。
そのための機能でもあります。
ただし、この自動運転が強く働きすぎると、まだ事実が確認できていない段階で、悪い方向へ走り出してしまいます。
だから必要なのは、自動思考をなくすことではありません。
自動思考に気づくことです。
「これは確定ではない」と言えるだけで、心は少し戻ってくる
ネガティブな考えが浮かんだとき、いきなり前向きになる必要はありません。
「大丈夫、大丈夫」と無理に明るくする必要もありません。
「気にしない、気にしない」と押し込める必要もありません。
まずは、こう考えてみるだけで十分です。
「これは、いま浮かんだ考えであって、事実とは限らない」
この一言が入るだけで、頭の中に少し余白ができます。
上司がため息をついた。
自分のせいかもしれない。
でも、そうとは限らない。
返信が遅い。
嫌われたのかもしれない。
でも、そうとは限らない。
会議で反応が薄い。
伝わらなかったのかもしれない。
でも、そうとは限らない。
この「そうとは限らない」が大事です。
人は、しんどいときほど視野が狭くなります。ひとつの解釈にしがみつき、それ以外の可能性が見えなくなります。
そこに別の可能性をひとつ置くだけで、心は少しだけ戻ってきます。
手話通訳の現場にも通じる話
この話は、職場だけでなく、手話通訳の現場にも通じるものがあります。
通訳の現場では、反応がすぐに返ってこないことがあります。
聞こえない方の表情が硬い。
聞こえる方が首をかしげる。
会場の空気が少し重い。
自分の表現が伝わったのか不安になる。
そんなとき、頭の中ではすぐに速報テロップが流れます。
「今の通訳、失敗したかもしれない」
「わかりにくかったかもしれない」
「自分はまだ力不足だ」
「やっぱり向いていないのではないか」
もちろん、振り返りは必要です。
通訳者は、自分の表現を点検しなければなりません。
でも、現場の最中に自分責めの速報テロップに飲み込まれてしまうと、次の通訳に影響します。
通訳中に必要なのは、落ち込むことではなく、修正することです。
反応を見る。
表現を変える。
速度を調整する。
情報を整理する。
相手に伝わる形へ近づける。
そのためにも、「いま自分は不安になっているな」と気づくことが大切です。
感情が乱れない通訳者が強いのではありません。
乱れたことに気づいて、戻ってこられる通訳者が強いのです。
学習者にも起きる「自分はダメだ」の速報
手話学習者や資格試験の受験者にも、同じことが起きます。
読み取りができなかった。
速報「自分には才能がない」
単語が覚えられなかった。
速報「年齢的にもう無理」
講座でうまく表現できなかった。
速報「周りより遅れている」
模擬試験で点が伸びなかった。
速報「今年は受からない」
でも、それは本当に確定情報でしょうか。
読み取りができなかったのは、教材が難しかっただけかもしれません。
単語が覚えられなかったのは、復習のタイミングが合っていなかっただけかもしれません。
表現がうまくいかなかったのは、練習量ではなく、練習方法の問題かもしれません。
点が伸びなかったのは、まだ弱点が見えただけかもしれません。
「自分はダメだ」は、たいていの場合、事実ではなく解釈です。
しかも、かなり雑な解釈です。
脳の速報テロップ、少し言い方を変えれば、心のワイドショーです。盛りがちです。
だからこそ、いったん確認する必要があります。
本当にそうか。
別の可能性はないか。
今できる修正は何か。
この問いに戻れる人は、学習を続ける力を失いにくくなります。
「機嫌のよいふり」は、悪いことではない
記事では、期待されている人たちは、感情が乱れないわけではなく、乱れたことに気づいて整えることができる人たちだと紹介されています。
ここで出てくるのが、機嫌のよい「ふり」です。
これを聞くと、少し抵抗を感じる人もいるかもしれません。
本当はしんどいのに、明るいふりをするのか。
それは無理をすることではないのか。
本音を隠すことではないのか。
もちろん、深刻なしんどさを抱えているときに、無理に笑顔で乗り切ろうとするのは危険です。必要なときは、休むこと、相談すること、医療につながることが大切です。
ただ、日常の小さな感情の乱れに対しては、表情や姿勢を少し整えることが役に立つことがあります。
口角を少し上げる。
背中を少し伸ばす。
声のトーンを少し整える。
相手への返事を少しやわらかくする。
これは、感情を否定することではありません。
感情に支配されないための小さな技術です。
不機嫌になってはいけないのではありません。
不機嫌をそのまま周りに配達しない工夫をする、ということです。
心の宅配便も、たまには配達停止でいいのです。
しんどさを減らす三つの手順
今回の記事から、日常で使える手順を三つに整理してみます。
一つ目は、気づくことです。
「いま、自分の頭の中に速報テロップが流れている」
そう気づくだけで、自分と考えの間に距離ができます。
二つ目は、疑うことです。
「本当にそうだろうか」
「別の可能性はないだろうか」
「まだ確認していないことを、決めつけていないだろうか」
こう問い直すことで、思考の暴走を少し止めることができます。
三つ目は、整えることです。
深呼吸する。
口角を上げる。
少し席を立つ。
メモに書き出す。
誰かに相談する。
今日できる小さな行動に戻る。
大きく変えようとしなくていいのです。
まずは、いまの自分を少しだけ手動運転に戻す。
それだけで、しんどさは少し軽くなることがあります。
「病気未満」だからこそ、放置しない
病気未満という言葉は、少し注意が必要です。
病気ではないから大丈夫、という意味ではありません。
病気ではないから我慢しろ、という意味でもありません。
むしろ、深刻になる前に、自分のしんどさに気づくことが大切です。
眠れない日が続く。
食欲が落ちる。
涙が出る。
仕事や生活に支障が出る。
消えてしまいたいと思う。
そんな状態があるなら、自己流で抱え込まず、専門家や相談窓口につながることが必要です。
一方で、日常の中にある小さなしんどさについては、考え方の癖に気づくだけで変えられる部分もあります。
これは、心を強くする話ではありません。
心を雑に扱わない話です。
まとめ
今回の記事が教えてくれるのは、ネガティブな考えが浮かぶこと自体を責めなくていい、ということです。
それは、脳の自然な働きかもしれません。
ただし、その考えをそのまま事実だと信じ込む必要はありません。
頭に浮かんだ言葉は、速報であって、確定情報ではない。
まずはそう気づくこと。
そして、別の可能性を考えてみること。
必要なら、表情や姿勢を少し整えてみること。
しんどさが強いときは、ひとりで抱え込まないこと。
職場でも、学習でも、手話通訳の現場でも、心の速報テロップは流れます。
大事なのは、それを消すことではありません。
流れていることに気づき、必要なときに手動へ切り替えることです。
心が弱いからしんどいのではありません。
脳が一生懸命、省エネで判断しようとしているだけかもしれません。
だからこそ、少し立ち止まってこう言ってみたいのです。
「これは確定ではない」
その一言が、今日のしんどさを少し軽くしてくれるかもしれません。
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