次に選挙があったら、その時はどの党や候補者も勝たせてはいけない。——勝つべきは、候補者や政党ではなく『私たち』であるべき。
マスコミの選挙報道に、煽られてはいないか?
選挙が近づくと、テレビやネットは「どの党が議席を伸ばすか」「どの候補者が勝つか負けるか」という話題で持ち切りになります。まるでスポーツの試合や、ギャンブルの予想を見ているかのようです。
しかし、ここで立ち止まって考えてみてください。
特定の政党や候補者が「勝つ」ことが、そのまま私たちの暮らしの「勝ち」に直結しているでしょうか?
政治家が「勝つ」と、国は彼ら彼女らの私物になる。
もし私たちが「あの党を勝たせよう」「あの人を勝たせよう」という思いだけで一票を投じ、彼ら彼女らを勝たせてしまったら、どうなるでしょうか。
当選した瞬間、彼ら彼女らは「選ばれた特権階級」だと勘違いし、国会も、税金も、法律も、歳費も、自分たちの利権や主張のために使い始めてしまうことになりかねません。本来、主権者であるはずの私たちが、いつの間にか「お願いする側」に回ってしまう。そんな歪な構造が、今の日本にはないでしょうか。
私たちが求めるべきは「支持」ではなく「利用」だ。
私はここで、新しい視点を提案したいと思います。
それは、「どの党も、どの候補者も支持はしない(する必要はない)。ただ、彼ら彼女らを徹底的に利用するのだ」という視点であり姿勢です。

私たちは、自分たちの代わりに国民の代表として従事してくれる「質の高い使用人」を探しているのです。
憲法を尊重擁護し、国民の側に立ち、私たちが手にしたい未来のために、その権限と能力を振るう人。
高額と言われる議員報酬・歳費も、文書通信交通滞在費も、さまざまな議員特権と呼ばれるものも、すべては「国民のために有効活用させるための軍資金であり手段」として、彼ら彼女らに預けるのです。
そして、「議員報酬・歳費が高すぎ!」と思えるような存在の議員・居眠り議員などは、私たちが、特に今まで投票に行っていなかった方々こそ率先して次は投票に行って、そんな議員報酬・歳費を与えるのがもったいない議員には落選してもらい、その議員報酬・歳費以上に値打ちのある候補者こそ当選してもらえるようにして行くべきなのです。
本当の「万歳」は、任期を終えた時に。
当選した瞬間の万歳三唱は、彼ら彼女らの「就職祝い」に過ぎません。
本来の勝利とは、本当の万歳三唱とは、その議員が任期中、私たちの「道具」としてしっかりと働き、国民の生活を向上させ、憲法を尊重擁護し守り抜き、任期を全うしたその時にこそ、私たち有権者と共に交わすものではないでしょうか。
当選した時に「当選おめでとう」と言うのではなく、その任期中を通じて「さあ、私たちのために働いてもらいましょう」という厳しい目。
それこそが、主権者としての正しい姿勢です。
次の選挙、主権者の私たちこそが勝者になろう。
次の国政選挙では、誰かのファンになるのはやめましょう。
どの党の勢力争いにも加担しなくていい。
ただ、「誰を、どの党を使えば、私の声が一番国会に届くか?」というような、冷徹なまでの「利用者」の視点を持ってください。
勝たせるべきは、特定の団体や誰かではない。
この国に生きるあなたや私、国民自身です。
「私たち自身が勝者になる選挙」を、この次からはじめませんか?

