エッセイも企画力?この企画が面白いと感じた作品を紹介【創作大賞感想】
私は今、編集担当の岡本さんが提供するnoteのメンバーシップ「専属編集者」というサービスを利用している。
その中で岡本さんから、「エッセイも、企画が良いと面白い」というお話を受けたことがあった。
エッセイって視点とか。ネタの切り取り方が醍醐味だと思うんですけど。そこがみくまゆさん、抜群に上手い。
たとえば、note✖️Googleのコンテストで受賞された作品も、企画力に長けていました。エッセイを書くまでに『このネタで行こう』『この切り口で見せよう』という考えや、プロセスがあると思うんです。僕から見ると、それは企画でして
こちらの記事は、自著を出版するまでの過程を赤裸々に書いた記事を入れたマガジンに収録しているので、他の記事も気になる方は必見かも。
いろんな出版社を渡り歩いてきた岡本さんの台詞や、本を書くにあたり葛藤してきた私の体験談は、これから「本を出したい方」にとって、きっと役に立つと思う。
この出来事以来、私はエッセイに限らず、小説からインタビュー記事、「やってみた!」系の作品を読む時に「文章力」や「表現力」だけでなく、その裏にある「企画力」にも目を向けるようになった。
では、企画とは何か。
オールアバウトの記事では、以下のように紹介されている。
・なんらかのニーズを満たすこと
・なんらかの「目新しさ」があること
・実現するための方向性・具体的方法があること
記事によると、「ニーズを満たす」とは、その企画に価値があるかどうかを示す指標のことらしい。
確かに、誰かの役に立つ企画は、Googleでも検索上位に上がりやすいし、読み手の「よかった」「ありがとう」にもつながる。
さらに、「こんなの見たことない!」という目新しさも、誰かの目を引く要素に繋がる。そう考えると、人に読まれたり、思わずハッと目を引く作品には、このあたりの要素が備わっているのかもしれない。
とはいえ、noteの創作大賞・オールカテゴリ部門では、「一見無駄に見えることへ、狂気と情熱をもってとことん挑んだ作品」が評価されているようにも感じる。
実際、昨年度はセリアのドールハウスベースでシルバニア団地を作る【100均】企画が受賞していたし、
協賛メディアのコメントからも、その「興味のある物事へ、とことん狂気と本気を詰め込んで挑んでいるか」をしっかり評価している空気がひしひしと伝わってくる。
形式にとらわれない、自由な発想で綴られた、新たな「学び」のかたちに出会いたいです。(KADOKAWA教育編集部)
枠にとらわれない、想像力、知見、アイディアに出会えることを楽しみにしています。(文藝春秋)
類書のない本が好きです。日本で初めての企画と呼べるような本を出したいです。(ライツ社)
「枠や形式にとらわれない」「前例がない」これがオールカテゴリ部門に関してはキーワードかも。
この部分に関しては、今年の「メディア」が何を求めているかを踏まえた上で応募した方が良さそうだ。
では、どんな作品が「面白い企画」になるのか。私は創作大賞の審査員でもなんでもない、ただの一ユーザーではあるけれど。今回の記事では「これは企画が面白い」と感じた作品を紹介していきたい。
1.【シン2026年版】「料理本の料理全部作ってみた」と言いたくて「別冊付属本」の料理全部作ってみた①/ だら子さん
オールカテゴリ部門応募作品。
なんと、ESSE 2025年5月の付録「まるみキッチンさんの ずぼらおかず】に掲載されている料理を全部作っている。
実際に「やろうと思う」のと「本当にやる」のは、違う。noteには、「まさか本当にやるとは…」と思うようなことを、本当にやってしまう人たちが驚くほど多い。その覚悟と行動力には、ただただ頭が下がるばかりだ。
「本当にやってしまうのか……!」といえば、コッシ―さんの同期noterを調べた記事も凄かった。
料理の作り方で面白いのは「レシピ通り」ではなく、あくまでだら子さんのルールにのって、無理なく料理を作っているところ。
約束
1.つくる順序はめちゃくちゃでもとりあえず別冊付属本の料理全部つくる
2.高い食材は似てるものを代用して工夫する
3.普段使わない食材、調味料は買わない
4.日々の生活感を漂わせる(漂わせたいだけ)
私自身、レシピ本を見て料理を作ることはある。けど、どこかで
「調味料がないから、省いたらいっかぁ」
「にんにく?チューブじゃダメ??」
「酒がないから、酒かすをちぎって入れたらどうかな(よくない)」とか。
途中で自分ルールをねじ込んでは「そんなことを本当にしてもいいのか」と、自問自答することも多い。だら子さんの「レシピ試してみた」は、まさにそんな私のようなタイプに、きっと刺さりまくるはず。
2.当選品のさつまいも3種、自宅焼き芋で食べ比べてみた/やきいもさん
オールカテゴリ部門応募作品。パルシステム主催「さつまいも3種食べ比べセット」をおすそ分けで受け取ったやきいもさんは、届いてわずか2日で調理を始め、「食べ比べ」記事としてまとめ上げていました。
私ならそのまま食べて終わってしまうところですが、そこはさすが「やきいもさん」です。
名前も「やきいも」なだけに、芋の写真を丁寧に撮影し、さらに味の違いを一つひとつ確かめながら、まっすぐに「食べ比べ」という企画へと、真摯に向き合っていました。
焼き芋への愛情も伝わってくるのだけれど、それ以上に心をつかまれたのは、焼き芋メーカーをいろんな角度から撮影し、最後には
「焼き芋メーカーが悲しい顔に見える」
として、「無駄にしない使い方」まで考案してしまう、その優しさでした。
さらに、「同じものを使う方がいらっしゃったら、加熱しすぎにだけは気をつけてください」と、読者に注意を添える姿にも、読み手を思う気持ちが滲んでおり、胸がほっこりしました。
3.生きてるだけで加害を生き抜く。【令和言語化サバイバルガイド】/ 野やぎさん
エッセイ部門応募作品。
親戚の子に会うと、つい「大きくなったねぇ」と言ってしまう。けれど、子どもは決まって、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。もしかしたら、その一言が子どもにとっては少しだけ「嫌な気分」を呼ぶのかもしれない。
こちらは良かれと思っているだけなのに……。
しかも、言葉を少し変えただけで、さらに「やばい事態」に突入することだってある。そこまで考え尽くすと、最後に辿り着くのはいつも「……なに話せばええねん」である。そんな「なんとも言いようのない葛藤」について、野やぎさんのエッセイでは綴られていた。
私は今、40代。お仕事やnoteを通じて、20〜30代のナイスガイと話す場面も増えた。
何やってるんですか(笑)
かつて20代の頃なら許されていたキャピキャピした軽口も、今の私がやったら、流石にアウトだろうか。気にしすぎだと分かっていても、どうしても考えてしまうのだ。いや。でも、やっちゃうんだけどね。
それでも、人と話すことで開ける道があることも、今更ながらようやく実感しはじめた。他人の評価や顔色を気にしすぎないこと(もちろん、傷つけない範囲で)も、コミュニケーションには大事なのかもしれない。そんなことをぐるぐる考えさせられる、企画力の高いエッセイだった。
重いテーマを、あくまで軽やかに、さらりと書いてしまうところに、野やぎさんの凄みを感じた。
【完】
【告知】
自著「書く人生のはじめかた」好評発売中です。ライター向けの話が多いですが、書き続けるためのメンタル維持などにも触れています。(日本プロカウンセリング協会の心理カウンセラー2級も一応取得している私)
もしよかったら、ぜひ手にとっていただけると嬉しいです。
