生きてるだけで加害を生き抜く。【令和言語化サバイバルガイド】
悩み、迷い、自意識と踊るすべての言語化難民たちへ――。
いまを生き抜くための「令和言語化サバイバルガイド」をここに記す。
「大きくなったねぇ」
親戚の子の成長は早い。
あまりに早すぎて、いつもすんなり飲み込めない。
「嘘でしょ!?」「最後に会ったのいつだっけ……?」「ほんとに?」「精神と時の部屋いってない??」と、時間の流れを疑うが、いつだってちゃんと考えてみると……ピタリと一致する。おかしい。不可思議がすぎる。この感覚はクレジットカードの請求額に似ている。
「今月、絶対こんなに使ってない!」
そう息巻いて、いざ明細を一つひとつ調べていくとすべてにしっかり覚えがある。なぜだ。おかしい。不可思議がすぎる。ぜんぶ足すと増えるのか?そりゃそうか。……と、毎月こんな調子である。
なるほどね。時は金なり。時も足すと増えるし、まとまると急に事実を飲み込めなくなる。どっちもいつの間にか大きくなる類の奴らだ。
親戚の子や友人の子。たまにニュースでしか見ない子役やタレント。ときどき断面でだけ観測するキッズたちは、ことごとく同じ現象を引き起こす。わたしたちは、時の流れに目眩がする日々をくらくらと漂っている。
そんなとき、つい口に出る「大きくなったねぇ」は、びたびたに浸かった常套句だけど、どんな相手も使えるありがたい万能ワードである。「大きくなったねぇ」スタートで明細をチェックしていくと、一つひとつに思い出があるからちゃんと思い出話に花が咲く。クレカと違って、答え合わせがたのしい。
しかし、この万能ワードもほんの少し変えるだけで時を止めることができる。
「胸、大きくなったねぇ」
ピシッ。はい、通報です。
二文字足すだけで明確な加害である。吐き気をもよおす邪悪ッ。気持ち悪いですね。お帰りください。
子ども相手は論外。どんな相手でも、初手で身長、体重、身体の部位を褒める(もしくは指摘する)のは即BAN級だ。絶対にやめましょう。
凍った時は戻らず、閉店ガラガラ。今後のお付き合い、こころのシャッターそっ閉じである。
しかし、時代を遡るとどうだろう?17世紀のヨーロッパではこんな褒め言葉があったらしい。時を戻そう。
「ああ、そびえ立つ二つの堂々たる白い丘!」
当時の美意識では、女性の豊かな胸は富の象徴であり、「風景」や「建築物」になぞらえて称賛することが非常に高尚で知的な行為だったそうな。ほんとに?でも、たしかにシェイクスピアみがある。舞台とかオペラで出てきそう。
しかし、もし令和で同じように唱えたら「は?……なに、謎??」となるか、教養溢れる相手であれば、やはりハイコンテキストな通報待ったなしである。逆・月が綺麗ですね事案なのでやめましょう。
もちろん、時代背景や当時の社会構造から言葉は紡がれるので、その良し悪しを問うわけではない。(繰り返しになるけど令和でもふつうにNGだと思うし)ここでお伝えしたいのは、「同じ言葉でも、時代や世界で文脈や受け取り方が変容する」ということだ。
多様性をサバイブしていく(いかなくてはならない)現代。言語化が持て囃され、インターネッツやSNSによって一つひとつの言葉の威力は高まっているわけで。
鋭利な言葉と、即死の地雷原。
さながら世は、難易度マックスのマインスイーパー時代なのかもしれない。ピーキーすぎるぞ。あらためて、言葉を紡ぐのはすごく難しい。
……なに話せばええねん。
+
数年来おじさんとして生きているので、生きてるだけで加害を自覚している。日々申し訳なさを抱えつつ、サバイブする毎日だ。
例えば、ちょっと遅刻ギリギリで飛び込んだエレベーターで異性とふたりになってしまったとき。狭い空間はまずい。すみませんすみませんわたしは無害です……と繰り返し念じながら、手癖でそっとX(旧Twitter)を開いたりする。読むべくもなく眺める文字の流れは常に荒れていて、目的の階に到着するまでの長い時間をなんとかやり過ごし、小走りで降りる。そこで、やっと息をする。
住宅街の夜道もそう。回り道したり、できないときはなるべく無害を纏ってスッと追い越したりする。でも、このドキドキなんて物理的な怖さに比べたらどう考えても屁みたいなものだから、できるだけやれるだけはなんとかしたい。知らぬ間に、誰かの安心を奪っていたくないのだ。
こういうなるべく避けたいシチュエーションになるたびに、大学時代に「飲み放題なんか楽しめない」と言っていた先輩を思い出す。
「やっと安心して飲めるわー」
二次会でやっと見知った顔だけになったとき、不意に漏らしたひと言。いつもの透き通った笑顔が、その時は鉛のように重く淀んでいた。
女性性のリスク。その場の「ノリ」で塗りつぶされた緩やかな加害の数々。2時間3,000円で得られる楽しみ程度には、まったく見合わない搾取。僕らのアホの裏で、あり得ないつらさを抱える人がいる。
無自覚のバカは、そこでようやく雷に打たれたのだった。見えてるものや、生きてる世界が違いすぎる。自分は、なんて無知なんだろう……。なんか、ごめんなさい。ほんと、すみません。
そんなハッとした瞬間が蘇ってきて、申し訳なさにこころの底がきゅうっと冷えるのです。
先輩の世界は、少しでも安全になっただろうか。
+
「髪切ったら幼く見られてー」
ある日、打ち合わせ前の雑談で同僚から言われたひと言。もちろん言葉以上の他意はなく、ただのアイスブレイク。雑談の話し出しなのはわかっている前提で、思考回路はショート寸前まで突き進んでいく。
……なにが正解ですか?
いや、ふつうに似合ってるが?別に幼くは見えないし、ファッションズボラ民のわたしから見てもとてもスマートだと思うが??幼く見られたのが嫌だったのかも。というか「幼くなったね」とか言えるやつやばくない??わたし絶対言えないけどーーー。
人が会話の順番(ターンテイキング)に要する時間は、なんと0.2秒らしい。ならば、体感ここまでは0.1秒くらいだろうか。くっ……!残り0.1秒しかない……!!
ぐむぅ……!どうする……!?
いったい、なにが……。
どれが、正解なんだ?!!
ポクポクポク、チーン。
困ったわたしは、取り急ぎ脳内にマナー講師を召喚する。先生、お願いします!返答までに残された時間は少ないぞ。急げ!
ええと……「たしかに印象変わりましたね」で、どうですか??先生ーーー??!
そうですね。いいと思います。
でも、なるべくスッと伝えましょう。
「たしかに、印象変わりましたね」はダメです。「、」の時間に、相手を評価しているような間が内包されてしまうのです。「たしかに印象変わりましたねぇ↗」もNG。褒めの成分が多いとルッキズムに触れてしまいます。配慮、考慮、思慮。慮るの三点活用が大事です。
なるほどー!脳内マナー講師先生が姿勢よく教壇に立ち、指示棒でホワイトボードをピシピシと叩く。配慮、考慮、思慮。指差し確認大事です。
わかりました!チェックチェック、オーケー、たぶん。まあ、こういうのはできれば遠慮したいシチュエーションですけどーーー。
「たしかに印象変わりましたね」……で合ってるだろうか??やばい。ほら、あまり時間をかけすぎると、それはそれでハラスメント意識し過ぎムーブにもなりかねない。「あなたを意識しています」は、それ自体が相手にストレスを与える可能性がある。コミュニケーションはラリーで、キャッチボールで、同じだけの速度を出さねばたちまち事故る。会話の遅延は、これまたこれで意識し過ぎ感が出ちゃうしさ。令和言語化サバイバルガイド、第一条「 会話の速度は合わせるべし」。はぁ……むず〜〜〜!!!
……もう、貝になりたい。
こんな日は、窓から望むビル群を眺めながら、摩擦のない世界に憧れる。高層ビルの間をすり抜け、東京湾岸に沿って滑空し、どこかの浜辺にぽちゃん。
水面からゆっくりゆらゆらと揺れ落ち、着底の振動で泥砂をほんの少しだけ巻き上げて、そのまま海の底で物言わぬ貝になりたい。でも、最近は血圧も気になるので塩分がダメだった。ああ、妄想世界も塩対応で世知辛い。
……なにを……話せば……。
だが、それでも。
それでもわたしは、思いを言語化する。会話を諦めない。話して、しゃべって、受け取って。想像しながら、お互いを知ろうとする。そして、それこそが少しずつ世界をよい方向へ進めていく。そう、信じているからだ。だから、「誰かを傷つけている(いた)」と気付くためのアンテナは、多いほうがいいに決まってる。
結局のところ、言葉は記号でしかない。その並びにどんな意味が投影されるかは、時代で変化してしまう。言葉を紡ぐのって難しすぎるけれど、それでも誰かを傷つけないように思いやる気持ちは不変なのだ。そして、人間はそれでも言葉で伝える生きものなのだ。例え間違えるとしても。地雷を踏み抜くとしても。それでも、伝えたい。伝える勇気を持っていたい。
あなただって、そうでしょう?
腹を、括るのだ。
……0.1秒。さあ、息を吸って。バレないように深呼吸。呼吸を整えて。意識せずを意識して。噛むなよ〜〜〜。脳内三点、指差し確認。……0.05秒。OKオーケー。あとは胆力だけだ。よし、いくぞ。
「(スッ)たしかに印象変わりましたね」
ターンエンド。
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待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ
あ、ああ……あー!ありがとうございます!!