手羽先、命と向き合う
6月14日、今日は手羽先記念日。名古屋名物「世界の山ちゃん」が創業した日にちなんでいるそうです。
手羽先というのは、よく考えると不思議な食べ物だと思う。可食部はそんなに多くないのに、なぜか手が止まらない。骨と骨のあいだ、関節のあたりに残ったわずかな身を、人はなぜあんなに必死でしゃぶるのか。指はテラテラに光り、唇には黒胡椒がこびりつき、それでももう一本、もう一本と手が伸びる。
そこにキンキンのビールがあれば、もう優勝は約束されたようなものです。わが家のたまも、揚げたてを一口かじってはビールをぐいっとやり、上機嫌そのものでした。
ところが、ふと気づくと皿の上には骨の山ができている。あんなに賑やかだった食卓が、急にしんとする。骨を前にすると、人はなぜか哲学者になるらしい。たまも例にもれず、しみじみと手を合わせていました。手羽先で一杯のはずが、いつのまにか命と向き合っている。
ビルビルは今日も、丸メガネの奥でそっと目を伏せて、小声でなにか呟いていました。
窓の外では、長崎の港がゆっくり暮れていきます。みなさんは今夜、手羽先で一杯いかがですか。
漫画は宇佐美式で描きました

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