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#3|生まれる、ということ|彼女が母になるまで、僕は何を知らなかったか

Episode1|第3話「分娩室で、僕は何もできなかった。」

分娩室に入った瞬間、僕は立ち尽くした。

空気が、まったく違った。

想像していた“出産”は、そこにはなかった。

そして僕は、
何もできないまま、その場にいた。


タクシーの運転手さんに「子どもが生まれるので最短でお願いします!!」と伝え、病院へ向かった。

妻の無事を祈りながらも、
その瞬間に立ち会えるのかという焦りでいっぱいだった。

病院に着くと、僕は小走りで分娩室へ向かった。

扉を開けた瞬間、空気が違った。

荒い呼吸。
漏れる声。
助産師さんの優しくも力強い声。
機械音。

僕は、立ち尽くした。

たぶん30秒くらい。
何もできず、ただ見ていた。

命を迎える現場の緊張感の中で、
鞄を持ったスーツ姿の自分が、ひどく場違いに思えた。

「旦那さん来ましたよ!」

その声に妻は少しうなずいたように見えた

ふと我に返り、
鞄を置き、ジャケットを脱ぎ、
タオルとペットボトルを持って妻のそばに行った。

本当は、やりたいことがあった。

水を飲ませる。
背中をさする。
手を握る。

そのために、準備もしてきた。

漫画『コウノドリ』を読んで、
パパ友からも話を聞いて、
知識も、イメージも持っていた。

でも、何もできなかった。

汗も出ていないのに拭こうとする。
ストローもうまく刺さらない。

結局、僕ができたのは、
「頑張って!!!」と祈るような気持ちで心の中で応援しながら
ずれた酸素マスクを戻すことくらいだった。

完全にパニックだった。

何をすればいいのか分からないまま、
ただ邪魔にならないようにすることしかできなかった。

思えば、頭の中には悪いイメージばかりが浮かんでいた。

知識を得たことで、
起こりうることを知りすぎていた。
だから余計に、怖くなっていたのかもしれない。

後から妻に言われた。

「あのとき、あなた何の役にも立たなかったよ(笑)」

そして、誕生。

その瞬間、僕の頭に浮かんだのは、喜びではなかった。

妻の体は大丈夫なのか。
赤ちゃんは無事なのか。
何か問題はないか。

不安ばかりだった。

しばらくして、赤ちゃんが妻の胸に抱かれた。

「母子ともに元気ですよ」

その言葉で、ようやく力が抜けた。

二人で我が子の顔を見て、ほっとした。
苦しそうだった妻の表情は、笑顔に変わっていた。

そのとき、ようやく実感した。

——生まれたんだ。

でも正直に言うと、
初めて見た我が子は、思っていたよりしわくちゃで、

これが普通なのか分からず、
何かあるんじゃないかと、不安になるほどだった。

これも後から妻に笑われた。

「みんなそんなもんでしょ(笑)」と。

僕は、知識を得ていた。
準備もしていた。

それでも、分からないことだらけだった。

あの瞬間、僕は初めて知った。

——何もできない自分がいる、ということを。

—— 第3話 おわり

▶ 第1話「その日、すべてが予定外になった」はこちら

▶ 次回|第4話「それでも、父になっていく」はこちら

#出産 #立ち合い出産 #パパ #赤ちゃん   

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