「食べられる気づき」が、“糧”になった日
皆さんは、ご自身のアカウント名に
どんな思いを込めましたか?
直感で選んだ人。
なんとなく思い浮かんだ言葉を選んだ人。
もしかしたら、「こうなりたい」思いを込めて
名付けた方もいるかもしれません。
今回は、最初は直感で選んだだけだったこの庭の言葉が、
さらなる深い意味を持ち始めた気づきの話です。
「意味」が発酵するまで
この庭のキャッチコピーは、
「食べられる気づき」です。
*
最初は、パンのイメージから生まれた言葉でした。
考えをこねて、寝かせて、ふくらませる。
『思考の整理学』で語られていた、
考えが発酵するその過程が、
「パン」みたいだなと感じて。
気に入ってしばらく使っていたら、私の中で、
なぜか“糧(かて)”という言葉がふくらみ始めたんです。
「パン」って、「糧(かて)」とも
表現されるよなぁ、って。
そのとき連想したのが、
国語の教科書で読んだ『永訣の朝』。
宮沢賢治の詩に出てくる、「糧」という言葉。
込められた意味に、無性に触れてみたくなって。
GWに宮沢賢治の童話集を借りて、
『銀河鉄道の夜』や『注文の多い料理店』を読みました。
不思議な世界観の中で、
「何を表現しているんだろう」と
考えながら読む時間が心地よくて。
今は作家本人が意図を語ることも多いけれど、
宮沢賢治の作品には、そういう“答え合わせ”がない。
自分の感覚で読む物語。
そんな作品を書いた宮沢賢治という人物に、
私はすごく興味が湧きました。
宮沢賢治という人
宮沢賢治は、
『銀河鉄道の夜』や
『注文の多い料理店』で知られる、
童話作家であり詩人です。
そして、
誰よりも「みんなの幸せ」を願った人でした。
有名な言葉があります。
「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」
私はこの言葉を見たとき、
なんだか他人事に思えませんでした。
私も、
「調和」や「みんなが幸せであること」に
強く惹かれて生きてきたからです。
代表作『注文の多い料理店』の序文に、
こんな言葉があります。
「これらのちいさなものが、あなたのすききらいの間に、正しくすきとおったほんとうのたべものになることを、私はどんなにねがうかわかりません。」
この一節を読んだ時、
私は「つながった」と思いました。
ああ、わたしがやりたかったのは、
一瞬で答えを渡すことじゃなくて、
読んだあとに「私の場合はどうだろう?」と
考えが始まるような気づきを
差し出すことだったんだ。
賢治さんは、
物語をたべものとして差し出していた。
心の「糧」として。
私が「食べられる気づき」という言葉を使っていたのも、同じ感覚でした。
私の中で生まれた気づきが、
読んでくれた人の中で、
食べるように、
自分の一部になっていく。
そんな景色を夢見て、名付けたものでした。
だから私は、
宮沢賢治に惹かれたのかもしれません。
私が大切にしていることは、
賢治さんが目指した場所と、
どこか深いところでつながっている気がします。
そして、宮沢賢治は、
生前ほとんど無名のまま終わった人でもあります。
もしかしたら、私の言葉も、
広く届くことなく終わるのかもしれない。
そんな虚しさを感じる日もあります。
それでも。
誰かの中で、
そっと“糧”のように残るものがあるなら。
極端に囚われている誰かの
世界の見え方を、少しだけ変えられるなら。
きっと、意味はあるんじゃないかと思います。
だからこれからも、書いていきます。
今日も、“ちょうどいい”を探してる🪴
最後まで読んでくださって
ありがとうございます🌿
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私の大切な宝物たちです。
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