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「食べられる気づき」が、“糧”になった日

皆さんは、ご自身のアカウント名に
どんな思いを込めましたか?


直感で選んだ人。
なんとなく思い浮かんだ言葉を選んだ人。

もしかしたら、「こうなりたい」思いを込めて
名付けた方もいるかもしれません。

今回は、最初は直感で選んだだけだったこの庭の言葉が、
さらなる深い意味を持ち始めた気づきの話です。


「意味」が発酵するまで

この庭のキャッチコピーは、
「食べられる気づき」です。

最初は、パンのイメージから生まれた言葉でした。

考えをこねて、寝かせて、ふくらませる。

『思考の整理学』で語られていた、
考えが発酵するその過程が、
「パン」みたいだなと感じて。

気に入ってしばらく使っていたら、私の中で、
なぜか“糧(かて)”という言葉がふくらみ始めたんです。

「パン」って、「糧(かて)」とも
表現されるよなぁ、って。

そのとき連想したのが、
国語の教科書で読んだ『永訣の朝』。

宮沢賢治の詩に出てくる、「糧」という言葉。
込められた意味に、無性に触れてみたくなって。

GWに宮沢賢治の童話集を借りて、
『銀河鉄道の夜』や『注文の多い料理店』を読みました。

不思議な世界観の中で、
「何を表現しているんだろう」と
考えながら読む時間が心地よくて。

今は作家本人が意図を語ることも多いけれど、
宮沢賢治の作品には、そういう“答え合わせ”がない。

自分の感覚で読む物語。

そんな作品を書いた宮沢賢治という人物に、
私はすごく興味が湧きました。


宮沢賢治という人

宮沢賢治は、
『銀河鉄道の夜』や
『注文の多い料理店』で知られる、
童話作家であり詩人です。

そして、
誰よりも「みんなの幸せ」を願った人でした。

有名な言葉があります。

「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」

宮沢賢治『農民芸術概論綱要』より

私はこの言葉を見たとき、
なんだか他人事に思えませんでした。

私も、
「調和」や「みんなが幸せであること」に
強く惹かれて生きてきたから
です。


代表作『注文の多い料理店』の序文に、
こんな言葉があります。

「これらのちいさなものが、あなたのすききらいの間に、正しくすきとおったほんとうのたべものになることを、私はどんなにねがうかわかりません。」

宮沢賢治『注文の多い料理店』の序文より引用

この一節を読んだ時、
私は「つながった」と思いました。

ああ、わたしがやりたかったのは、
一瞬で答えを渡すことじゃなくて、

読んだあとに「私の場合はどうだろう?」と
考えが始まるような気づきを
差し出すことだったんだ。

賢治さんは、
物語をたべものとして差し出していた。

心の「糧」として。

私が「食べられる気づき」という言葉を使っていたのも、同じ感覚でした。

私の中で生まれた気づきが、
読んでくれた人の中で、

食べるように、
自分の一部になっていく。

そんな景色を夢見て、名付けたものでした。

だから私は、
宮沢賢治に惹かれたのかもしれません。

私が大切にしていることは、
賢治さんが目指した場所と、
どこか深いところでつながっている気がします。


そして、宮沢賢治は、
生前ほとんど無名のまま終わった人でもあります。

もしかしたら、私の言葉も、
広く届くことなく終わるのかもしれない。

そんな虚しさを感じる日もあります。

それでも。

誰かの中で、
そっと“糧”のように残るものがあるなら。

極端に囚われている誰かの
世界の見え方を、少しだけ変えられるなら。

きっと、意味はあるんじゃないかと思います。

だからこれからも、書いていきます。
今日も、“ちょうどいい”を探してる🪴


最後まで読んでくださって
ありがとうございます🌿

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普段はメンバーシップで綴っています🌿
私の大切な宝物たちです。


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