「みんなのため」に疲れてしまったあなたへ。自分を消さない調和の話
わたしが「中庸」という言葉を知ったのは、
大人になってからです。
極端に偏らず、全体を見渡して
ちょうどいいバランスを保つこと。
でも知れば知るほど、
「これって……
私が、ずっとやってきたことじゃない?」
そんな感覚が湧いてきました。

ずっと「自分抜き」でバランスを取ってきた
わたしは三世代同居の家で、家族の間の「調整役」として育ちました。
不仲な両親と祖父母、癇癪持ちだった姉。
毎日のように小さないざこざやすれ違いが起きる家の中で、
わたしは自然と家族の間をつなぐ役割を担っていました。
みんながバラバラにならないように。
誰かが怒らないように。
誰かが傷つかないように。
子どもながらに、必死に「みんなの幸せ」のバランスを保とうとしていました。
でも、子どもの頃の調和の作り方って、
どうしても我慢や自己犠牲に偏ってしまう。
ひとりの子どもの努力では、
大人の関係性は変えられない。
それでもみんなが仲良くできる世界をつくりたい。
調和のために精一杯動いて、そして失望する。
そんな日々を、わたしは長く続けていました。
集団に出ても、調和優先がやめられなかった
学校でも、社会に出てからも、
わたしは「みんなに好かれたい」と思っていました。
それは単なる承認欲求ではなく、
みんなを理解して関係を結んでいたほうが、
場の調和を保ちやすいと知っていたからです。
でも、そんな気質はよく誤解されます。
「八方美人」
「媚びてるみたい」
「いい人ぶってる」
そんなふうに言われて、傷ついたことも多かった。
「みんなのために」動いているはずなのに、
なぜか自分だけがすり減っていく。
「中庸」が教えてくれた、本当の調和
そんなときに出会ったのが、中庸という言葉でした。
この言葉を通して、わたしは自分の過去を捉え直すことができました。
わたしは、媚びていたわけでも、
空気を読んでいただけでもなかった。
ただ、誰も嫌な思いをしないでほしかった。
みんなが安心していられる場所を作りたかった。
切実な“調和の願い”が、
わたしの行動の根っこにずっとあった。
そう気づいたとき、ずっと苦しかった自分の歴史に、やっと正しい名前をつけてもらったような気がしました。
自分も「幸せの輪」に入れてあげる
中庸は、わたしに新しい視点をくれました。
それは、「自分を消して作る調和」ではなく、
「自分も含めた調和」を目指していいということ。
中庸が指している調和は、
自分を削ってつくりだすものでは
ありませんでした。
自分も含めて、みんなが心地よくいられる
「ちょうどいいバランス」を、その都度編み直していくこと。
わたしにとって中庸との出会いは、
「自分も幸せの輪に入れてあげる旅」のはじまりでした。
もしあなたも、
「みんなのため」に生きてきたとしたら——
その中に、自分はいましたか?
今日も、ちょうどいいを探してる🪴
🪴最後まで読んでくださって、ありがとうございました✨
🪴「家族との関係」の気づきについて、こんな記事も書いています
いいなと思ったら応援しよう!
この庭で見つけた気づきが、あなたの日々にそっと寄り添えたなら。とても嬉しいです☺️いただいたチップは、次の「気づき」を育てるための執筆活動に大切に使わせていただきます。