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「昔の子育ては良かった」の違和感。三世代同居から考えたい、大人と子どもの“ちょうどいい”距離

「祖父母を巻き込めば楽になる」
その言葉に、どこか息苦しさを感じてきた人へ。

今は核家族での子育てが主流ですが、
わたしは三世代同居で育ちました。

多忙な両親に代わって、祖父母が面倒を見てくれる。
昔ながらの子育て環境で育ったわたし。

現代の孤独な子育てに対して、
「祖父母を巻き込む昔の子育ては良かった」と語られることも増えてきていますよね。

でも、その両方を経験したわたしは、
その評価には大賛成できなくて、
大事なのは「ちょうどいい距離感」だと感じています。

私は、三世代同居と、核家族、
どちらが正解かを決めたいわけではありません。

ただ、子どもだった私の体感として、
「距離」が心に与える影響は、
想像以上に大きいものでした。

今回は、わたしが感じている、
「大人と子どものちょうどいい距離」について書いてみます。


距離が遠すぎた両親、近すぎた祖父母

わたしの場合、母に代わって育児を担当していたのは祖父母です。

産後数ヶ月で仕事復帰した母は、朝から晩まで働き、両親ともに帰宅は19時頃。

食事作りやトイレトレーニングなどは祖母が、
保育園の送り迎えなどは祖父の担当でした。

小学校に入っても、祖母がいるので
留守番などの心配は全くありませんでした。

両親も安心して働けていたと思います。
小さい時はそれで良かったんです。

でも、わたしは、大人になるまで
「放っておかれる」という経験を、
ほとんどしませんでした。


恵まれていたといえば、それまでだけど…

でも、私は「恵まれている」という外からの評価と、
子ども自身の安心感は、必ずしも一致しないように感じています。

離れている時間が長い両親は、
土日にその空白を埋めようと必死で関わろうとする。

買い物に行ったり、旅行に連れて行ってもらったり。
物もたくさん買ってもらえたと思います。

逆に、小さい時から近くで見てきた祖父母は、
いつまでも私を赤ちゃんだと思って気にしている。

中学生になっても、高校生になっても、
どこにいるのか、何をしているのかが気になって、
部屋を覗きにくる。

何かしてやらねばと世話を焼く。
いつ部屋に入ってこられるかわからない。

境界線が薄く、
何度頼んでもノックなしにドアが開く。

一人の時間で回復するHSP気質の私にとって、
それは常に気が抜けない環境でした。


小さい頃は安心だったこの近さが、
成長するにつれて、少しずつ息苦しさに変わっていきました。

ここからは、
親になった今だからこそ見えてきた感覚と、
そんな経験を経て、
私が“ちょうどいい”を探しながら選んだ、
子育て環境について書いています。

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