この庭には、小さなパン工房がありました
「食べられる気づき。」
最近、ヘッダー画像を一新しました。
自分で書いておいて、
ちょっと笑ってしまう言葉です。
でも最近、
この表現がいちばんしっくりくるようになりました。
どうしてこんなキャッチコピーになったのか、
今日は少しだけ、その話を書いてみようと思います。
最初は「休める場所」でした
noteを始めた頃は、
「休める場所」という意味で、
この庭の名前をつけました。
私には特別なものもないし、
提供できるものもない。
でも、場所ならつくれる。
もし疲れていたら、
ここで少し休んでいってください。
そんな気持ちで作ったのが、
「“ちょうどいい”を編む庭」でした。
ベンチがあって、
日陰があって、
ふらっと立ち寄れる場所。
誰かが来てもいいし、
ただ通り過ぎてもいい。
小さな私の庭に、人が来る。
そんなイメージでした。
でも、ある日気づきました
発信しながら、
気づいたことがあります。
「あれ?
そういえば、私、パンを焼いてるな」って。
暮らしの中で感じた違和感を言葉にして、
考えて、つなげて、また寝かせて、
気づきとして記事にしている。
その過程が、なんだか
パン作りに似ているなと思ったんです。
粉と水、砂糖に塩とドライイースト、
そしてバター。
別々の材料が
こねていくうちにまとまって、時間をかけて膨らんで、オーブンで焼くと、ひとつのパンになる。
私はパン作りが好きで、
よく家でも焼くのですが、
あの発酵していく時間がとても好きです。
ただ、放っておいているようで、
見えないところで、ゆっくり変化していく時間。
考えも、それに似ているなと思います。
思考にも「発酵」がある
私が発信の参考にしている本に、
『思考の整理学』という本があります。
その中で語られていたのが、
“思考の発酵”という考え方です。
(本の中では、“醗酵”表記ですが)
考えは、すぐに答えを出すより、
時間をおいて寝かせることで
新しいつながりが生まれる。
私はこのnoteを書きながら、
まさにそれを体感していました。
暮らしの中の違和感があって、
それを考えて記事を書いて、
読んでくれた人の言葉をもらって、また考えて。
そうしているうちに、
気づきが少しずつ形になっていく。
だから最近は、
こんなふうに思うようになりました。
私、パンが焼けました。
半分発酵したパンを出している
でも私は、綺麗な完成品を売っている
パン屋というよりは、
どちらかというと、
発酵途中のパン生地を置いているパン屋に
近い気がしています。
暮らしの中で感じた違和感をこねて、
少し寝かせて、言葉としてここに置いておく。
それを読んだ人の中で、
「そういえば私も…」とか
「これ、こういうことかも」って、
また考えがふくらんでいく。
そしてその人の中で、
ゆっくりパンが焼き上がる。
食べるように、
自分の一部になっていく。
いつのまにかここは、
小さなパン工房のある庭に育っていました。
ガーデンパーティみたいな場所
私にとって庭は、
ただ休む場所というより
遊ぶ場所みたいです。
お茶を飲んだり、
ピクニックしたり、
季節の花を眺めたり。
そういえば、
私の結婚式もガーデンをイメージしたものでした。
鉢植えやガーランドを飾って、
お日さまの光の中で
みんなが食べたり飲んだりして、
知っている人も、
はじめましての人も、
自然に混ざってゆったり過ごしている。
わいわい騒ぐわけじゃないけど、
それぞれが好きな時間を過ごして、
帰るころにはなんだか満足している。
そんな空気。
この庭も、
そんな場所になったらいいなと思っています。
私のパンは、ちょっと形がいびつだったり、
ときどき生焼けだったりします。
でも、それも含めて
笑いながら楽しめる場所。
そんなあたたかい庭に
育っていったらいいなと思います。
暮らしの違和感をゆっくり発酵させて、
ときどきパンのように焼き上げる。
ここは、そんな小さなパン工房のある庭です。
今日も、
ちょうどいいを探してる🪴
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