#6-1 冷たい分岐|追憶のオリジン~氷の女王の眠る街
ここまでのあらすじ↓

第六章 空白と境界
第1話 冷たい分岐
冬の森は、息を飲むほど静かだった。
降り続ける雪が音を吸い込み、世界を真っ白に沈めていく。
タトは野営が上手かった。
歩きながら素材や食料を集め、地形をみて場所を決める。
木を数本切り倒し木材にし、針葉樹の枝で手際よく屋根と壁を作った。イオも加わり、日替わりの設営はあっという間だ。
そこにミミの火が灯され、夜はルリの歌で癒された。
朝。ルリがいつものようにミミの怪我を診ると、明るい声で言った。
「傷もすっかりふさがって、体もよく動くわね。……完治したようね!」
「うん! ほら、爪も生えたよー!」
その小さな爪を見て、一行の間にふっと安堵の気配が広がった。
「ルリのおかげだよ、ありがとう」
タトが礼を言うと、ルリは微笑んだ。
「ふふ。当然のことをしただけよ。氷山に着くまでに治ってよかったわ。
ミミの炎があれば、女王なんて一瞬で倒せるわね!」
何気なく発したその言葉に、
タトの表情が凍りついた。
「倒す……?」
その瞬間、枝の雪がドサリと落ちて、小動物が走っていった。
レイも、焚き火越しにルリを見つめる。
「ええ、そうよ?」
ルリは不思議そうに目を瞬かせた。
「女王が氷の魔法を使うなら、ミミがいればイチコロよ」
ミミもきょとんと皆の顔を見回している。
タトはうろたえながら、ようやく口を開いた。
「ルリ……女王は、この世界の王だよ?そんな……」
ルリは不思議そうに尋ねた。
「あら。でも…私たちは長い間、女王の氷山に苦しめられてきたわ」
その声は落ち着いていたが、芯が強い。
「女王が変わらないのなら、私たちが変えるべきだと思わない?
私たちにはその力があるんでしょう?考える余地はあると思うわ」
レイが湯気の立つカップを横に置いた。
炎を映した灰色の瞳が、まっすぐとルリへ向く。
「僕は、タトに賛成だよ。
この世界は、女王あってこそだ」
いつも穏やかなルリの眉が、わずかに険しくなった。
「私たちは、ただ穏やかに暮らしたいだけよ。
でも何百年も、その願いは叶っていないわ」
レイはそっと息を吸った。
そして、言葉を絞り出した。
「君が……もしも君が、どうしようもなくなったとき。君は、倒されるべきなのか?
手を差し伸べてほしいと思わないのかい?」
「私はそうならないわよ。みんながいるもの」
レイはゆっくりと首を横に振った。
「女王のそばにいるのは、『僕たち』だよ。
僕たちは女王を『排除』しに行くんじゃない。
……『助けに』行くんだ、ルリ」
その静かな真剣さに、ルリは短く息を呑んだ。
「……それでも、どうにもならなかったら?」
「力を尽くしてもダメなら、運命を共にするしかない。
でも僕は、まだその時じゃないと思っている」
冬の朝日が風を運んで、枝の雪をキラキラと落とした。
やがてルリが、ゆっくり口を開いた。
「……合理的なレイが、そんなことを言うなんてね。
この世界が何百年も変わらなかったの、知っているでしょう?」
タトとミミが不安そうに彼女を見つめた。
ルリはその視線から目をそらし、深く息を吐いた。
「…分かったわ。議論の余地は、ないということね。
私は、ここまでね」
立ち上がり、荷物をまとめ始める。
「ルリ!どうするつもり?!」
タトが慌てて立ち上がる。
ルリはタトに横目だけ向けて、短く言った。
「あなた達が悪いんじゃないのよ。
ただ、私は私のやり方で動くわ」
荷物をまとめ、その足でミミのもとへ行くと、そっとその赤毛に触れ、小さく微笑んだ。
「元気になって、本当に良かったわ。……じゃあね」
触れた手を、すっと離す。
次にイオへ向けた顔は、決意の表情だった。
「イオ、私をラーフェへ送ってくれるわね?」
イオの仮面の奥が光る。
「わかりました」
「待って、ルリ、イオ!」
タトが手を伸ばす。
その肩に、レイが静かに触れた。
「タト……誰もが、わかりあえるわけじゃないよ」
灰色の瞳は静かだったが、深い影が宿っていた。
ミミがタトに身を寄せて、その手をぎゅっと握った。
タトは、ルリとイオが森の奥へ消えていくのを、ただ黙って見送るしかなかった。

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