#8-9 「1+1+1+1……」|追憶のオリジン~氷の女王の眠る街
(前回までの話)
一行は山頂から内部の螺旋階段を階下へ降りていた。レイは階段がループしているのに気づき、上階へ自分の刻んだ印を確かめに戻る。イオは、時空の歪みで計算が混乱し、レイをアンカーにするため同行するが、エラーが続き――。

#8-9 「1+1+1+1……」
レイの足音が、規則的に階段に響く。
カツ、カツ、カツ、カツ……
その単純な音だけが、イオにとって、この歪んだ世界で唯一の安定だった。
イオは視界の端に流れ続ける警告を黙殺する。
計算は何度も試行され、そして破棄された。
やがて、緩やかな螺旋階段の途中で、レイが足を止めた。
白い息が視界を揺らす。
「……112だ」
レイが杖で指し示したのは、三度目の「112」の刻印。
一度目は、初めて通過し打刻した時。
二度目は、「降りている」最中に。
そして三度目は、タトたちを階下に残して「上がってきた」今。
刻印のそばには、掴みやすい氷の突起。その先にある三連のつらら。下に残してきた景色とまったく同じものがある。
レイは顎をつまんで、確かめるように言葉に出した。
「ふむ…、112は三回目だね」
頂上から氷山を降りる際に、レイは一周毎にカウントの刻印をつけていた。
それが、階下へ進んでも112がループする。
戻っても、本来なら111があるはずなのに、112の印がある。
螺旋階段はドーム状の壁に沿って一周しており、歩数から換算すると数時間程度を要していた。
イオも無言で刻印された数字を見つめていた。
(記録照合)
内部ログが呼び出される。
(一回目)
印112
→ 螺旋階段
→ レイ停止
→ 発言
次のログを開く。
(二回目)
印112
→ 螺旋階段
→ レイ停止
→ 発言
全く同じ並び。
だが、世界は微かに違う表情を見せていた。
レイが思考を巡らしながら呟く。
「このまま降りて『本来の』113を目指しても…タト達がいる112には辿り着けない。
三人は、こことは違う112にいるんだ」
まだ小柄な少年レイの態度は、一貫して変わらず淡々としている。
しかし、その目はキラキラと輝き、ともすると、迷路を楽しんでいる子どものようにも見えた。
イオは計算を続けている。
(現在地……不明)
(体内時計……信頼性欠如)
(空間座標……定義不能)
世界基準は崩壊している――。
その横で、レイの呟きは止まらない。
「違う時空を『進んで』いると考えて間違いないだろう…。
景色は繰り返していても、僕たちの歩数も疲労も、減っていないんだから。」
――『歩数』。
チカッ。
印112
→ 階段
→ 氷壁
→ レイ停止
同じ出来事。
同じ順序。
イオの内部で、スイッチが切り替わった。
散乱していたログが一列に並ぶ。
(モデル変更)
イオの視界から、いくつかの警告が消える。
(処理方針、更新)
時間座標:破棄
空間座標:補助情報
主基準——
『イベント順序』
レイの足音が、一段登る。
カツ。
その音を、イオは静かに記録した。
(この順序は、確定している)
仮面の奥の光が、徐々に強くなる。
「レイさん」
イオが呼ぶ。
「進行を継続してください」
氷壁をそっと手でなぞっていたレイが振り返った。
「うん。この地点をA1とする」
カツン!
レイは杖を大きく振り上げて打刻すると、階段の上を指さしてニヤリと笑った。
「僕たちは、タト達に会うために『登ろう』」
一拍おいて、イオは頷いた。
(新基準確定)
二人はまた、同じように一段ずつ、上り始めた。
カツ、カツ、カツ…
足音が静かに響く。
仮面の奥の光は、完全に輝きを取り戻していた。
そしてそれは、これまでとは違った光り方をしていた。
(つづく)


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〇第八章マガジン
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