#9-8 小さな鼓動|追憶のオリジン~氷の女王の眠る街
第8話 小さな鼓動
広大な世界をはるか下に、レイのマントが白鷹の上でバタバタとはためく。
(ああ、僕は見ているしかないのか…。
せめて……、せめて最後まで見届けよう)
その時、赤く燃え上がる女王のそばに、ひとつの影が近づいていくのが見えた。
イオだった。
「イオ!!君までも焼けてしまう!逃げるんだ!!」
小さなその姿は、巨大な鳳凰の女王に、寄り添うように並んだ。
「イオ…?なにをするつもりだ…?」
「女王……」
「なにを言うんだ…、まさか…!?」
レイの声が震える。
「やめろ!何も言うな!!もう、女王の好きにさせてやってくれ!!」
イオは平坦でよく通る声で言った。
「女王…私はあなたの、記録であり、模倣」
「あなたが心を壊してまで愛を叫ぶのなら――その手を取るために、ここに存在している」
「イオ……!!」
「あなたは決して一人ではありません。私があなたのそばにいます」
「……!」
レイは言葉を失った。
「どこまでも、共にいましょう」
『……わらわは…』
ミミが、いや女王が口を開く。しかし、後が続かない。
――イオが隣にいた。
遠くにレイも見える。
(レイ、あんなにボロボロになって…泣かないで…)
(タトとルリは…?)
『ここだよ』
声が、胸の奥から響いた。
(ああ、ここにいるんだね…)
さっきまで胸を焼いていたあの痛みは、もうない。
(みんなの言葉……伝わったよ)
女王は、ぐちゃぐちゃになっている世界を見渡した。
それはいつかの美しい世界ではなかった。
無秩序に広がった暗い森、立ち込める霧と瘴気。塔は失われ、街は今にも消えそうで、人々は疲れ果て…。
いま、大地は裂け、パレスも氷山も焼かれ、水が押し寄せている。
けれど、
知識の塔が小さく光っていた。それは、かつての高い塔ではなかったが、丁寧に再建されていた。
友情の塔の北では、沈んだ湿地の上に真新しい木道が作られている。
希望の塔では、森を管理し人々が慎ましく暮らしをつないでいる。
自信の塔はなない。だが、歌が聞こえる。
愛の塔は…そして…ああ、大地が歪んで、水のなかに空白の塔が横たわっている…
壊れたはずの世界に、
まだ、残っているものがある。
まだ、生きている者たちが、いる。
『イオフィリア……』
女王が口を開いた。
『わらわが、この壊れかけた世界をわが国とするならば…
そなたは、力を貸すか?』
イオは迷いなく答える。
「もちろんです。私は、そのために存在します。」
『そうか……』
女王は静かに目を閉じた。
熱い胸の鼓動を感じる。
それは、タトの、ルリの、そしてここまで歩んできたミミの鼓動だった。
小さい。
でも確かな、つないできた命。
女王は胸に手を当てて言った。
『……もう少し、信じてみようと思うぞ…』
イオは仮面の下から語りかけた。
「あなたは、世界を壊すほどに愛していた。ならば私は、壊れた世界ごと支えていきます。この記録がついえる時まで」
女王は、胸元の三人を見つめた。
ミミの口と重なった女王から出た言葉は、空の上から降るように、世界へと響いた。
『すべてを赦そう』
『悲しみも、憎しみも、抱えることを』
『怒りも、絶望も、後悔も――その過ちも』
『この歪な形のまま、赦そう』
それは、かつて感じたことのない安堵。温かい、光のような声の響き。
『目覚めるのなら、なお赦そう』
『目覚めるたびに、赦そうではないか』
その言葉は、ミミの全身に染み渡るように広がっていく。
(一人ぼっちじゃない。
怒っても、叫んでも、弱くても、情けなくても…みんなここに一緒だね…)
途端に、身体がひどく重たく感じた。
女王の翼が、静かにたたまれてゆく。
そのまま地上へと、
一直線に、落ちていった。
(つづく)

胸に取り込まれたルリとタト

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