見出し画像

読書日記『授業づくりの深め方』~「教科する」授業で探究の面白さを味わう~

『授業づくりの深め方』(著者:石井英真、出版社:ミネルヴァ書房、出版年:2020年)を読んでの教育行政・学校経営の視点からの読書日記です。

授業をデザインする「5つのツボ」

本書は、授業づくりにおける判断の節目を「目的・目標」「教材・学習課題」「学習の流れと場の構造」「技とテクノロジー」「評価」の5つのツボとして整理している。これらは単なる指導の手順ではなく、実践の過程で行きつ戻りつしながら判断を深めるためのフレームワークである。例えば、目的・目標を考える上で、単元や領域を超えた長期的なゴールを意識し、知識の習得だけでなく「見方・考え方」に焦点を当てること。学習の流れと場の構造においては、黒板中心のレイアウトを問い直し、子供同士の創発的なコミュニケーションが生まれるような空間づくりをすることなど、多角的な視点が示されている。管理職の立場から見ると、若手教師が増加する中、教師間の共通言語としてこのツボは極めて有効である。指導案の形式を整えることよりも、これらのツボを意識して授業をリアルに想像し、子供の姿から授業を構想する力を育むことが、教師の専門性を高める鍵となる。

「わかる」を超えて「教科する」授業へ

最も印象深いのは、教科内容を豊かに学ぶ「わかる」授業の先にある、「教科する」授業への視座である。教科書を絶対的なものとせず、一次資料や現実の問題に向き合い、専門家の探究プロセスを追体験させる。算数において、教科書にある綺麗な図形の面積を求めるだけでなく、実際の地図を使って学校周辺の公園の面積を求めるような、ノイズを含んだ現実の課題を数学化する試みが紹介されている。また理科の授業では、チョウなどの典型例で昆虫の特徴を学んだ後、「ではカブトムシはどうだろうか」と問いかけ、子供たちの理解をゆさぶる。結論を急いで教え込むのではなく、子供自身が予想し、議論し、対象と深く対話する余白をデザインすることで、新たな問いが生まれる「もやもやするけど楽しい授業」が実現する。こうした授業の創造は、子供の学力を高めるだけでなく、世界の見方や生き方そのものを揺さぶる力を持っている。

パフォーマンス評価を学習の改善に生かす

評価についても、示唆に富む内容が提示されている。知識や技能が実生活で生かされている場面を想定したパフォーマンス評価の重要性が説かれている。例えば、ハンバーガー店の店長として駅前のどこに出店すべきかを考える社会科の課題など、現実の文脈で知識を総合的に活用する「使えるレベル」の課題設定である。同時に、ルーブリックを子供と共有し、自己評価や相互評価に生かす「学習としての評価」が強調されている。評価を単なる成績づけの手段にとどめず、子供自身が学びを振り返り、教師が指導を調整するための機能を持つことへの共感は大きい。こうした評価のサイクルを、学校全体の教育計画にどう位置づけるかが、教育行政の課題として浮かび上がる。

実践記録と対話が育む教師の成長

教師の力量形成については、日本の伝統的な「授業研究」の文化が再評価されている。日々の授業を淡々とこなすのではなく、事実に基づいた実践記録を書き、それを同僚と批評し合うことの意義は大きい。例えば、文学作品の解釈において教師間で意見が分かれた際、その議論のプロセスそのものを子供に投げかけるような、教師が「先行研究者」として共に学び直す姿勢が求められている。事後検討会が単なる指導技術のあら探しや儀式的な場に陥るのを防ぐためには、教え方ではなく「子供の学習の事実」を話題の中心に据える必要がある。指導案どおりに進んだかではなく、子供がどこでつまずき、どう思考したかを見取る目を肥やしていく。そのためには、教師自身が対象世界と深く対話し、同僚と教材を「研究」する楽しさを味わう場が不可欠である。

学校組織のあり方を問い直す

本書は、目の前の子供に誠実に向き合い、授業の質を追求する教師のロマンを支える実践の書である。学校経営層に求められるのは、管理や統制によって授業を形式化するのではなく、教師がそうしたロマンを持ち続けられる環境を整えることである。多忙化が進む教育現場において、ただ新しい手法やツールを導入するのではなく、教師同士が授業について語り合い、探究する時間をどう生み出すかが問われている。教育活動が実践研究のサイクルとして機能し、教師の哲学や理論が洗練されるダブル・ループの省察を促す組織づくりが不可欠である。「働き方改革」の真の目的は、業務削減そのものではなく、教師が本来の教育活動に専念し、余裕を持って教材や子供と向き合う時間を取り戻すことにある。教師自身が学びの主体として探究を楽しむ姿を見せることが、結果として子供たちの深く豊かな学びにつながる。教育行政や学校経営の役割は、そうした知的で創造的な組織文化を現場に根付かせるための条件整備にある。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集