【ショートショート】眠れぬ夜の物語 第二夜 #163 ひとりぐらしのはずなのに
ひとりぐらしのはずなのに、二人分の光熱費を払っていた。
最初に気づいたのは、水道代とガス代だ。
高い。
風呂は二日に一回。
自炊も、ほとんどしない。
請求書を見て、思わず二度見した。
翌月は、電気代まで上がった。
「……なんで?」
誰もいない部屋で、つい声が出た。
*
管理会社に電話した。
メーターの異常や故障ではないと言われた。
気味が悪くなって、アプリを入れた。
時間ごとの使用量が見られるやつだ。
その夜。
ベッドの中で画面を見て、目を見張った。
俺がいない時間に、決まって使用量が増えている。
朝。
水道。
朝のあと。
ガス。
夕方。
玄関の照明。
夜。
風呂。
全部、俺が部屋にいない時間だった。
*
怖くなって、会社を早退した。
部屋の前で息を殺す。
中は静かだった。
鍵を開けて入る。
誰もいない。
なのに、シンクには濡れたコップが一つ置いてあった。
洗面所のタオルも湿っている。
浴室の鏡には、ついさっきまで湯気があったみたいに白い跡が残っていた。
逃げるように部屋を出た。
その晩、はじめて実家に電話した。
「……母さん」
『どうしたの』
「変なこと言うけどさ、今の部屋、誰かいるかもしれない」
しばらく黙ったあと、母が小さく言った。
『お父さんかねえ』
「へ?」
『お父さん、あんたがひとりぐらしするの、ずいぶん心配してたの』
息が止まった。
『亡くなる直前まで、あいつ一人でやっていけるかなって』
スマホを持つ手が震える。
『最初だけは、一緒にいてやらなきゃいけないかなって、お母さんに何度も言ってたよ』
「……なんで、今それ言うんだよ」
『言ったら、嫌がると思ったから』
母の声は、少しだけ笑っていた。
『それに、お父さん、あんたの邪魔はしちゃいけないって、ずっと言ってたの』
請求書の数字が、頭の中で静かにつながった。
*
次の日、俺は会社を休んだ。
朝七時前に起きて、キッチンに立つ。
やかんに水を入れ、火をつける。
七時半に、目玉焼きを焼いた。
誰もいない部屋で、一人分だけ皿を並べる。
「おやじ、いただきます」
声に出してみたら、少しだけ気まずかった。
でも、その夜からだった。
午後六時の照明も、
七時の風呂の水音も、
ぴたりと止んだ。
*
月末。
ポストに入っていた請求書を見て、俺は立ち止まった。
水道代も、電気代も、ガス代も、きれいに一人分になっていた。
その代わり、封筒の中に、小さなメモが一枚だけ混じっていた。
ちゃんと食え。
夜ふかしするな。
父の字だった。
思わず笑って、
それから少しだけ泣いた。
ひとりぐらしのはずなのに、二人分の時間が流れていた。
(おしまい)
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いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語があなたの癒しになれば幸いです。
チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。