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【ショートショート】眠れぬ夜の物語 第二夜 #163 ひとりぐらしのはずなのに

ひとりぐらしのはずなのに、二人分の光熱費を払っていた。

最初に気づいたのは、水道代とガス代だ。

高い。

風呂は二日に一回。
自炊も、ほとんどしない。

請求書を見て、思わず二度見した。

翌月は、電気代まで上がった。

「……なんで?」

誰もいない部屋で、つい声が出た。

管理会社に電話した。
メーターの異常や故障ではないと言われた。

気味が悪くなって、アプリを入れた。
時間ごとの使用量が見られるやつだ。

その夜。

ベッドの中で画面を見て、目を見張った。

俺がいない時間に、決まって使用量が増えている。

朝。
水道。

朝のあと。
ガス。

夕方。
玄関の照明。

夜。
風呂。

全部、俺が部屋にいない時間だった。

怖くなって、会社を早退した。

部屋の前で息を殺す。
中は静かだった。

鍵を開けて入る。

誰もいない。

なのに、シンクには濡れたコップが一つ置いてあった。

洗面所のタオルも湿っている。
浴室の鏡には、ついさっきまで湯気があったみたいに白い跡が残っていた。

逃げるように部屋を出た。

その晩、はじめて実家に電話した。

「……母さん」

『どうしたの』

「変なこと言うけどさ、今の部屋、誰かいるかもしれない」

しばらく黙ったあと、母が小さく言った。

『お父さんかねえ』

「へ?」

『お父さん、あんたがひとりぐらしするの、ずいぶん心配してたの』

息が止まった。

『亡くなる直前まで、あいつ一人でやっていけるかなって』

スマホを持つ手が震える。

『最初だけは、一緒にいてやらなきゃいけないかなって、お母さんに何度も言ってたよ』

「……なんで、今それ言うんだよ」

『言ったら、嫌がると思ったから』

母の声は、少しだけ笑っていた。

『それに、お父さん、あんたの邪魔はしちゃいけないって、ずっと言ってたの』

請求書の数字が、頭の中で静かにつながった。

次の日、俺は会社を休んだ。

朝七時前に起きて、キッチンに立つ。

やかんに水を入れ、火をつける。
七時半に、目玉焼きを焼いた。

誰もいない部屋で、一人分だけ皿を並べる。

「おやじ、いただきます」

声に出してみたら、少しだけ気まずかった。

でも、その夜からだった。

午後六時の照明も、
七時の風呂の水音も、
ぴたりと止んだ。

月末。

ポストに入っていた請求書を見て、俺は立ち止まった。

水道代も、電気代も、ガス代も、きれいに一人分になっていた。

その代わり、封筒の中に、小さなメモが一枚だけ混じっていた。

ちゃんと食え。

夜ふかしするな。

父の字だった。

思わず笑って、
それから少しだけ泣いた。

ひとりぐらしのはずなのに、二人分の時間が流れていた。

(おしまい)

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一条 詩紋 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 物語があなたの癒しになれば幸いです。 チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。