あのとき守れなかった命を、わたしは忘れていない
皆さんこんにちは。
生きづらさ研究家、春野ましゃこです。
先日、紬羽(つむは)さんの、こちらの記事を読んだんです。
紬羽さん、勝手にご紹介してごめんなさい。
都合が悪ければ削除しますので、こそっと教えてくださいね。
読み終わってから、しばらく涙が止まらなくて。
紬羽さんが、柴犬の「柴さん」と過ごしてきた、10年間の歩みが語られています。
紬羽さんは、柴さんを飼い始めた当時、フルタイムのお仕事をされていたそうです。
でも、柴さんのお世話をするために、夜の仕事へ転職されたとか。
ご主人もフルタイムで働かれていて、紬羽さんは、昼間はずっと柴さんのお世話。
友だちのお誘いがあっても、それをときどき断ってまで、柴さんと一緒に過ごしたそうです。
その間の葛藤が、この記事では綴られているんですよね。
実はわたしも昔、犬を飼っていたことがあるんです。
柴犬ではなく、ポメラニアンでしたけど。
紬羽さんとは大違いで、わたしは全然お世話をしませんでした。
当時うつががひどくて、誰かのお世話をしようなんて思えなかったんです。
「犬と一緒に暮らせば、生きていく力が芽生えるかもしれない」
両親は、そういう願いを込めて、わたしに犬をプレゼントしてくれたんですけど。
実はその時、過食もひどかったんです。
隠れてお菓子を食べていると、当たり前ですけど、犬がキャンキャン吠えるんですよね。
愚かなわたしは、犬に
「シーッ!」
と、黙らせようとしていました。
わたしがあまりにもお世話をしないものだから、両親はいつのまにか、里子に出してしまったんです。
まったくそのことを知らず、その後しばらく落ち込んでいました。
今振り返ると、未熟だったなと思います。
紬羽さんの記事を読んで、そんな過去の自分を思い出したんです。
紬羽さんは、わたしとは比べものにならないくらい、 柴さんに愛情を注いでいる。
なかなかここまでは、お世話できないと思うんです。
「仕事だから、犬を置いて留守にするのは、仕方がない」
と、思う人も多いでしょうし。
紬羽さんは記事の最後で、こう書かれています。
今までも、これからも、
わたしの願いは、使命は、ただひとつだけ。
君が、うちに来てよかったと思ってもらえること。
わたしが、もしまたペットを飼うことがあったら、
「この子を、絶対に幸せにする」
これを、大前提にします。
あのとき守れなかった命を、わたしは忘れていないから。
記事の最後には、紬羽さんと柴さんの可愛い2ショットも。
2人の絆を、改めて感じます。
紬羽さん、本当に素敵な記事をありがとうございました!
こんなことを考えたのは、こちらの本がきっかけでもありました。
(Amazonアソシエイトプログラムに参加しています)
この本を読んでもらえれば、なぜわたしがこの記事を書いたのか、ちゃんと伝わると思います。
犬を飼っている人も、飼っていない人も、ぜひ。
「生きづらさ 研究家」の始まりは、こちら。
今年の目標は、こちらです。
いいなと思ったら応援しよう!
いつもありがとうございます。いただいたお金は書籍代やノート類等、執筆のために使わせていただきます。そして、たまーにおいしいもの食べます!