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女子会に「要するに」は要らない

前回は、女子会が女子会なのは何故かについて、述べました。

女子会が性別で制限されているのは何故か。
女子会が人間会になれないのは何故か。
そして、人間会が見られないのは何故か。

私はそんな疑問に対して、男性の相槌の問題か、それとも、女性の偏見の問題か、分かりかねるということまで、前回では述べています。

今回は、もう少し女子会について述べていこうと思います。

男性の相槌と女性の偏見

私は女子会の意義について、女子会は好き放題に喋ることにこそ意義があると見ています。

ゆえに、相槌が下手な男性が混ざってしまうのを避けるため、性別によって限定されていると見ているのです。

これは、相槌が下手かもしれない男性が混ざってしまったら困る、という女性からの偏見もあると思います。

しかしながら、相槌の巧拙は性別を問いません。

男性であろうが女性であろうが、性別を問わず、上手い人は上手いし、下手な人は下手です。

しかしながら現実として、女子会は多く見られ、人間会を見かけることは多くありません。

では何故、性別で決まっているのでしょうか。

解決でなく共感

そんなことを考えている時に、目にとまったのが下記です。

上記にはこうあります。

「よかれ」と思ったアドバイス、実は部下の心を遠ざけていませんか? 相談に対し先回りして解決策を出すのは、相手を萎縮させる「言葉のドッジボール」です。部下が本当に求めているのは正解ではなく「共感」。信頼関係が壊れ、大切な報連相が途絶えてしまう前に、部下の自発性を引き出す「言葉のキャッチボール」の極意を学んでみませんか?

上記より筆者引用。

上記は女子会について、何故女子のみで開かれているかを尋ねた時に、女性から出る答えの一つに近いものがあります。

解決より共感。
だから女子会は女子だけで行われる。

そういう答えが返ってきたことがあるのです。
ゆえに私は、上記に何らかのヒントがあるだろうと思いました。

ドッチボールでなくキャッチボール

上記にはこうあります。

共感を深めるためのコミュニケーションは、あくまで「キャッチボール」であって、「ドッジボール」ではありません。
私自身、かつて上司に悩みを打ち明けた際、「わかったわかった、要するにこういうことでしょ。だったらこうすればいいよ」と一方的に話をまとめられ、苦々しい思いをしたことがあります。こちらの気持ちや状況などお構いなしに、勝手な解釈と結論で話を終えられてしまったのです。
――『伝え方ひとつで部下が動き出す 上司の「コミュ力」大全』より

同上。

ドッジボールでなくキャッチボール。

確かにこれは女子会に求められていそうな感じのコミュニケーションスタイルであると思います。

言葉のキャッチボールが出来ない男性は体感的に多いので、言葉のキャッチボールをしたい女性が男性を排除して女子会を開催するのには合理的な理由があるように思います。

嫌がられそうな言葉は「要するに」

私の予想ですが、女子会で嫌がられそうな言葉は「要するに」であろうと思います。

発言中の本人の言葉を差し置き、「要するに」と本人でない人間が解釈と結論を提示する。

これは女子会で嫌がられそうだと思います。

本人が饒舌になれる機会である女子会において、本人でない人間が、本人の言葉を遮って、解釈と結論を提示するのがよろしくない。

何故なら、本人がそこにいるからです。

本人が結論を提示できるのに、他人が結論づけるようでは、女子会の意義に反しています。

ということは、「要するに」と言いがちな傾向を有する性別である男性を排除するのは、女子会の意義に即して言うなら、合理的ということです。

結論は唯一絶対ではない

私がここで言いたいのは、男性を排除することが合理的であるということではありません。

「要するに」と言いがちな人間を排除するのが、合理的になるということ。

「要するに」と言いがちな人間には共通している傾向があるからなんです。

それは本人の結論よりも、自分の結論の方が端的であるという自信があるということです。

この自信は、極めて有害な自信です。

ただの他人なのに本人よりも本人を分かっているとしてしまっているからです。

そして何よりも有害なのは、その結論を唯一絶対の正解であると、ゴリ押しし始めかねないこと。

女子会に唯一絶対の正解はあってはなりません。

女子会は楽しく雑談をするための会であるため、正解なんてものはあってはならないのです。

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