女子会が女子会なのは何故か
前回は、その場凌ぎの言葉が生じるのは何故かについて述べました。
意見を求められている際、言って良いか悪いかの判断がつきかねる時に、その場凌ぎの言葉が出てきやすくなります。
これは意見を求められているようでいて、実際は発言が求められているだけなので、その場凌ぎの言葉で凌げるからそうなるということです。
翻して言えば、言って良いか悪いかの判断がつく場合や、そんな判断が挟まらない場合は、誰でも饒舌になれるということなんですね。
どんなに大人しそうな女性でも女子会では饒舌になっているようにです。
今回は、前回少し取り上げた女子会について掘り下げていこうと思います。
女子会の意義とは何か
そもそも女子会の意義とは何か。
私の持論としては、女子会の意義とは、誰かから口を挟まれずに饒舌になれることである、です。
けれども、この持論に関する考察を深めたくても女性から口を挟まれることがあります。
女子会だけじゃない。
男子会でもそうかもしれない。
私は喫茶店などで男子会を見たことが一度もないので、女子会と言っています。
けれども、口を挟む女性からすれば、男子会でもそうかもしれないじゃないか、と言いたいということなんですね。
そうであるかどうかは、私にはわかりません。
そうかもしれないじゃないか、という仮説で口を挟んでくる時点で、男子会がどんなものであるかなんて、誰にも分かっていないですね。
そんなふうに口が挟まれると、本題でないことに話がずれていくことが多いです。
誰かから口を挟まれずに饒舌になれることには、やっぱり意義があるんじゃないか、と見るのが、女性の反論からも明らかであるように思います。
女子会は好き放題喋るためにある
女子会は、誰かから口を挟まれずに饒舌になれることに意義があります。
女子会は好き放題に喋るためにあるのです。
そんな女子会に男性が混ざることはありません。
男性に口を挟まれて、饒舌になれなくなる女性が一定数いるからであろうと思います。
これは相槌が下手な男性が多いということもありますが、そもそも相槌が下手かもしれない人間を排除した場で喋りたいという、女性的な欲求でもあるように私には思えます。
男性であろうが女性であろうが、好き放題に喋るという目的達成の障壁になる人間を排除して開催されるのが、女子会であるということです。
女子会が女子会なのは何故か
では、女子会が女子会なのは何故か。
好き放題に喋るという目的達成が為されるならば性別を限定する必要は本来は無いはずです。
別に女子会である必要がない。
男性が入ろうと目的達成が為されるなら構わないわけですから。
けれども、実際にはそうなっていません。
男性が入ると、好き放題に喋るという目的が達成されないのではないか、といった仮説や偏見が、女性の側にあるからです。
もしそんな仮説や偏見が払底され、誰でも喋れる会が多く見られるようになれば、おそらくはこう言われることになるでしょう。
人間会。
女子の会ではないからです。
参加者が女性だけに限定されていない会ならば、女子会ではなく、人間会と呼ぶのが適切になってきます。
人間会が見られないのは、男性の相槌の問題か、それとも、女性の偏見の問題か。
私には分からないことなんですが、皆さんはどう思われますでしょうか。
