歩くこととは「無心になる」ことである。
まんぷくビールのたかくら研究員です。前回の続き、なぜ歩くことが好きなのか、の続き。
前回のnoteで歩くこととは人の気配を感じることである、と書いておいて何なんだけれども、歩くことで「無心」になれることも、僕が歩くことが好きな理由のひとつである。
無心と言っても何も考ないで、ということではなく、「歩く」ということに集中できて、それ以外のことを考えなくても良い状況になる、ということである。
歩きながらスマホを見ることもできないので(道や時間なんかを確認したりはするが、じっと画面を覗き込むわけにもいかないという意味で)今風に言うとデジタルデトックス的な、ただじっと歩くことだけを考える時間を過ごせることが良い。
普段歩くときはどこかに向かっていることが多い。家の周りの散歩であっても家を出たら、家に帰ってくるまで歩かないといけないし、街道歩きであれば、その日の目的地を目指して歩く。
そうなると家に帰ってくるまで、目的地に着くまでは歩かなくてはならない。まさにこれが大事で歩かなくてはならないのであれば歩くしかない。この覚悟で歩くことを楽しめるようになることが非常に重要なのである。
僕が昔仕事でパンパンに大変になった時に、たまに家の最寄り駅ではなく、ひとつかふたつ前の駅で降りて歩いて帰宅するようにしていた。
忙しい時期が続くと会社を出てから電車に乗って家に着くまでずっと「あーでもない、こうしたほうがいいかも、どう伝えるべきか、ぐぬぬ」なんて考えているし、なんなら朝から晩まで毎日毎日仕事のことを考え続けていたのだけど、こりゃだめだ、ということで電車を降りて歩いて帰ることにした。
一旦区切りをつけたかったし、「あぁ、ちょっと歩きたい」と思って歩き始めたらやはり最初は悶々と仕事のことを考えているのだけど、しばらくすると、歩くことに集中して仕事のことを忘れスッキリした気持ちで家に帰れることがあった。もちろんいつもそんなにあっさりと仕事を忘れて歩けることばかりではないのだけれど、それでも歩くしかない時間があることで無心に歩くことだけを考えられるのはともてよいものであった。その当時は本当に歩くことで随分救われたと思っている。
いま頃の時期には、どこからともなく香る春の匂いに心がきゅんとしてしまうことも良いなと思っています。(あの春の匂いは本当に良いものです)あと寒い冬の日の鼻がツンとする深呼吸とか、なんだか開放的だけど何かがまとわりつくような夏の夜とか。
夜に歩くのもいいですよね。

それと自分のペースで歩ける、ということも無心で歩くことの良さのひとつである。速く歩くとかゆっくり歩くとか、ひとりで歩いていると誰に合わせる訳でもなく、自分の歩きたい速度で歩ける。
自分のペースで、好きなように何かをできることって少ない。会社にお勤めの方ならチームやグループで仕事しているでしょうし、そうでない方も何らかの納品や締切や約束などがあるでしょう。チームメンバーと共労しながら、締切を意識しながらとかどこか自分とはちがうペースに合わせているはずである。
ひとりで食事していても、温かいうちに食べたほうが美味しいし、ビールは冷たいうちに飲み干したいし、そう考えると自分のペースでできることって以外に少ない(と思っている。異論はもちろん認めます。はい。)
好きなように無心で歩く。まさに歩くことのいいところである。
ということで、みなさんもぜひ無心で好きなペースで歩きましょう。「THE FIVE HIGHWAYS GOOD WALKING CLUB」でお待ちしています。
にしてももっと歩道を造って欲しいなと思う。思いませんか?ちゃんとした普通の歩道。
人が3人ぐらいは余裕で横に連なって歩けるぐらいの歩道。なんなら2人分でも良いので、ちゃんと車道と別れている歩道、一段高くなってるとか、ガードレールがついているとか、明らかに安全に安心に歩ける歩道。
昔の街道って今でも生活のメインの道になっていたり、あるいは抜け道として重宝されていたりするところも少なくなく、地元の車がバンバンと往来している。でもって街道の両脇は建物が建っちゃっているし、昔の街道の道幅はそんなに広くないし、今の車はどんどん大きくなるし、となると自ずと歩くためのスペースも狭く、常に前から後ろからの車に気を取られていて、たまに歩く人の横スレスレをかなりのスピードですり抜けている車なんかがあって結構ビクビクすることがある。あれは本当に怖い。
そんなときにはもう無心で歩くなんてできなくて、やばいやばい早く抜けないとなんて感じになる。せっかく歩いているのにね。なのでこれから造る新しい道にはどうかできるだけちゃんとした歩道を設置してほしいと思います。お願いします。

まんぷくビール たかくら研究員でした。
( … つづく)
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